琥珀色の戯言

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【読書感想】素人力~エンタメビジネスのトリック?!~ ☆☆☆☆

素人力 エンタメビジネスのトリック?! (光文社新書)

素人力 エンタメビジネスのトリック?! (光文社新書)


Kindle版もあります。

素人力?エンタメビジネスのトリック?!? (光文社新書)

素人力?エンタメビジネスのトリック?!? (光文社新書)

内容紹介
「40年近い付き合いになるが、長坂信人を嫌いだと言う人に会った事がない。この本を読んで、その理由がわかったような気がする」――秋元康氏/超個性的なメンバーを束ねる、制作会社オフィスクレッシェンド代表による摩訶不思議な仕事術、経営術、人心掌握術とは? 堤幸彦監督との対談も収録!


 「オフィスクレッシェンド」という会社をご存知でしょうか?
 僕は、この本を読むまで、「名前と、堤幸彦監督や大根仁監督が所属している制作会社」というくらいの知識しかありませんでした。
 この本の著者である、代表の長坂信人さんについては、名前も知らず……
 長坂さんは、1957年生まれで、1994年より、映像制作会社(株)オフィスクレッシェンド代表取締役/CEOを務めておられるそうです 同社には、堤幸彦さん、大根仁さん、平川雄一朗さんなどの監督と、演出家、プロデューサー、作家など総勢70名が所属しています。
 『クイズ赤恥青恥』『金田一少年の事件簿』『ケイゾク』『TRICK』『ピカンチ』『20世紀少年』『SPEC』『イニシエーション・ラブ』『モテキ』『バクマン。『SCOOP! 』『ROOKIES』『JIN-仁-』『僕だけがいない街』と、テレビ番組、映画など、数々のヒット作を手掛けてきているのです。

 実は、小さい頃から将来は医者になろうと思っていました。というか、実家が病院だったので、そうせざるをえない状況だったというのが正直なところです。
 要領が良かったせいか、なんと東京の医大に進学することができました。ただ、大学に通ってみて、医者には向いてないなあというのをしみじみ感じてしまったのです。情けない話ですが、人の命を預かる責任を自分なんかが負えないと怖くなってしまいました。 
 それで、これもまったく考えなしでしたが、親に「アメリカに行かせてくれ」と頼みました。医者に向いていないとなぜアメリカなのか、まったく意味不明なのですが、小さいころから「アメリカかっこいいなあ」という浅~い憧れがあったのと、心のどこかでモラトリアムを延長したいという気持ちもあったのでしょう。親とはかなり衝突しましたが、脛をかじりまくって南カリフォルニア大学に行かせてもらいました。
 ここまで、なんの志も計画もない、要領と恵まれた環境だけで生きてきた私の人生に呆れますよね。でも、この先もこんな感じです。


 南カリフォルニア大学留学中に秋元康さんと知り合い、のちに「ニューヨークに会社を作ったから来いよ」と誘われたのが、長坂さんがエンターテインメントビジネスの世界に足を踏み入れるきっかけでした。
 そのときには、全くショービジネスの世界に知識がなく、とくに興味もなかった長坂さんなのですが、秋元さんに強引に押し切られてしまいます。

 何になりたかと言われても、何もしたことがないので、言い淀んでいると、「英語話せるからプロデューサーでいいか」と。さすがに安直すぎます。
 しかも、一般的にプロデューサーになるまでには、ADやディレクターなど、現場で色々とステップを踏むものですが、現場経験なしでいきなりプロデューサーです。
 この時、秋元さんから教えていただいたことがあります。


「プロデューサーは、知らなくても『知らない』と言ってはいけない


 この世界、相手になめられてはいけない。どんなにトンチンカンな話でも、そこはブラフでも、知っています、理解していますと言わなければならない。知らない、わからないと言った瞬間にアウト、話がご破算になってしまうということでした。


 自分は医者に向いていないなあ、と思いつつも、結局医者になってしまった僕は、これを読んで、長坂さん本当にすごいなあ、と思ったのです。
 長坂さんは僕より干支一回りくらい年上なのですが、そのくらいの時代に、親が医者で、病院の跡継ぎになることを期待されていて、医学部に入ることができた人が「医者になりたくない」と主張し、それを親御さんや周囲に認めさせるのは、大変なことだと思います。
 よっぽど、危なっかしい感じにみえたのだろうか……その後の長坂さんのキャリアをみていくと、みんなに慕われ、かわいがられる人柄で、医者になっても、結局はうまくいったんじゃないか、という気もしますけど。
 こういう人をスカウトして、いきなりプロデューサーにしてしまった秋元康さんの人を見る目というのもすごい。

 もし私に「運」をつかむ資質があるのなら、その理由は、「最後まで人の話を聞く姿勢」に尽きると思います。
 これは人から言われるまで自分ではまったく自覚していませんでしたが、たしかに人の話を聞くのは好きですし、知りたがりです。そして業界的には、人の話を聞く人間は、友達の少ない人間から信頼されやすいという傾向があります(笑)。
 実はテレビ業界でけっこうなポジションの重鎮には、友達の少ない方が多いようです。生き馬の目を抜くこの世界を生きてきた彼らは、他人にあまり心を許さないからかもしれません。
 そこにきて私は、いきなりプロデューサーになって、いきなり代表になった、素人根性丸出しの男ですから、誰の話でも聞いてしまうし、すぐ相手を信用してしまいます。悪いところでもありますが、おだてられて育ったせいでお人好しすぎる。駆け引きをしない……というと聞こえがいいですが、要は駆け引きができるだけの能力がないからかも……しれませんね。
 オフィスクレッシェンドには、とても優秀なクリエイターが集まっていますが、彼らは良い意味で皆変わっていて、コントロールするのに一苦労です。でも、なぜか私を信用・信頼してくれているようで、社員は皆、不思議がります。
 それは、私が会社の代表だからではなく、私が彼らの話をちゃんと最後まで聞いているからでしょう。そうでなければ、たいした現場経験のない人間を信用するはずがありません。一流のクリエイターは、肩書きにひれ伏したりなどしないのです。


 長坂さんは、業界の偉い人にかわいがられ、気難しいクリエイターたちにも「代表がそう言うのなら、しょうがないな」と思わせるものを持っている人なんですよ。
 その理由が「聞く力」だというのは、興味深いところです。
 たしかに、生き馬の目を抜くような業界で、人の話をちゃんと最後まで聞く、駆け引きもしない、というのは、貴重な存在なのかもしれません。
 偉い人ほど孤独になりがちで、素直に自分の話を聞いてくれる人に飢えている、というのもありそうです。
 中途半端に、クリエイターとしての経験を積んでいないからこそ、他の監督たちに対して、余計なアドバイスをしない(できない)というのも、かえって良いところもあるんですよね。
 お金のことやキャスティング、テレビ局との交渉など、監督の言いなりになっていては赤字になっていく一方なわけで、クリエイターをうまく立てながらも、ちゃんと会社がやっていけるくらいの利益をあげる(ただし、長期的な利益が期待できるものに関しては、クオリティを高めるために、短期では赤字になることも厭わない)、というバランス感覚にもすぐれた人なのでしょう。
 理屈が正しいかどうかはさておき、「この人がそう言うんだったら、まあしょうがないな」って、つい納得してしまう人って、いますよね。
 長坂さんは、まさに、そういう人なのです。


 この新書には、長坂さんと、堤幸彦さんとの対談が収録されています。

長坂信人:当時は監督が上司でしたし、よく怒られました。でも30歳を超えると人はあまり人から怒られなくなるから、幸運だったと思います。監督はとにかく発想が突拍子もない。でも、それを自分で一個一個仕込んでいくことで、仕事ってこうやってやるんだと学ばせてもらいました。
 

堤幸彦最初は撮影の段取りなど、私はつまらないことで目くじら立てていました。代表、よく土下座してたもんね。


長坂:土下座は現場時代ではなく、むしろ代表に就任してからです(笑)。


堤:やっぱりどこからで、同郷の人間(愛知県)という安心感もあるんですよ。面と向かって言うのも変ですけど、ちょっと兄弟みたいな感じというか。


長坂:僕は代表を任された時、監督との関係性に悩みましたけどね。経験の浅い僕が代表で、監督が取締役ですから。


堤:長坂という人間に対する見方がいちばん変わったのは、やっぱりそこですよ。当時は相当なアゲインストというか、ひどい逆風の環境のなかで代表に「させられた」というのが正直なところだから。でも、蓋を開けてみれば適材適所でした。私はあんまりお金のことを考えないし、監督と言っても芸術監督じゃなくて商業監督しかできない。代表は逆に言うと社長しかできない。
 冷たく思われるかもしれないけれど、私は現場に貢献するかしないかでしか、人を判断したい。貢献しない人間は1メートル以内に近づかせない。反対に代表は、絶対に人を見捨てません。


 僕はこの話を読んでいて、漢の高祖・劉邦のことを思い出したのです。
 一般的に、社長になるような人は、社員として仕事ができて、社内政治や駆け引きにも長けていて、結果としてトップに上り詰める、というイメージがあるのですが、世の中には、「社長しかできない」というか、「社員としては平凡でも、社長という仕事には向いている人」がいるんですよね。
 ただ、そういう人が、実際に社長になることは、ほとんどないのです。
 もともと、課長や部長にも向いているわけではないので、社長に続く道のどこかで、挫折してしまう。
 長坂さんは、まさにカリスマというか、そういう器の大きな人なのだろうなあ。
 そして、その長坂さんを抜擢した秋元康さんの人を見る目にも驚かされるのです。


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