琥珀色の戯言

【読書感想】と【映画感想】のブログです。

【読書感想】マーティン・ルーサー・キング――非暴力の闘士 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

内容紹介
リンチ、脅迫、放火、爆破。アメリカ南部社会を覆う、人種差別の凄まじい暴力。われわれ黒人はもう待てないのだ。人びとを直接行動による社会変革へと導いたキング牧師(1929─1968)。栄光の前半生だけでなく、差別と貧困のないアメリカを夢見た彼の後半生こそ忘れてはならない。武器をとらず非暴力で闘い抜いた苛烈な生涯をえがく。


 キング牧師といえば、「私には夢がある」(I Have a Dream)の演説を思い出す人が多いのではないでしょうか。


americancenterjapan.com


 僕もそのひとりなのですが、「それ以外で、キング牧師について知っていることを教えてください」と言われたら、「うーん、ノーベル平和賞を受賞していて、人種差別に対して、非暴力運動を貫きながら暗殺されてしまった人」というくらいの答えしか出せません。
 この新書では、そんなマーティン・ルーサー・キング牧師の生涯とその思想について、アメリカの人種差別の歴史や非暴力運動について詳しくない人にもついていけるように紹介されているのです。

 冒頭に「本書に登場するおもな団体名」がその略称とともに見やすく整理されていて、読む側にとってはとても助かりました。
 こういう略称って、似たものが多かったり、一度だけ詳しく説明されて、あとはずっとそのまま略称で書かれていると、「あれ、これは何の略だったっけ?」って、けっこう混乱して、ページを遡って確認する羽目になることがあるんですよね。


 アメリカ南部の人種差別が激しい地域の牧師の家庭に生まれ、大学卒業後に、自らも牧師の道を選んだマーティン・ルーサー・キング
 当時、1950年代半ばのアメリカ、とくに南部の諸州では、黒人(著者も、歴史的背景を踏まえて、この本のなかでは「アフリカ系アメリカ人」でなく、あえてこの言葉を使っています)に対する差別は続いていました。


 僕が習った「世界史」では、1861年から65年の南北戦争で、北部が勝利し、この戦争中にリンカーン大統領が「奴隷解放宣言」を出したことによって、アメリカでは人種差別が撤廃されたはずなのですが、実際は、そんなにうまくはいかなかったのです。

 南北戦争奴隷制の廃止は、「神は被抑圧者を解放する」という黒人のキリスト教信仰が成就された出来事であった。しかし、冒頭でも述べたように、南北戦争後の再建期が終わると、南部社会では白人の優位が復活し、黒人は「どん底」と呼ばれる境遇に置かれることとなった。南部白人はおもに二つの方法により、その優位性を確保していった。ひとつは、KKKなど白人至上主義団体をはじめとする集団的な暴力による威嚇である。もうひとつは、法的人種隔離制度(ジム・クロウ)の確立である。南部白人は、1896年の連邦最高裁判決(分離すれども平等)を逆手にとってこれを確立した。黒人の投票権は「合法的」に剥奪され、学校、交通機関、劇場、レストランなど、あらゆる施設で、黒人は法に基づいて人種的に隔離されたのである。


 実際は、第二次世界大戦が終わったあとでさえ、南部諸州では、人種差別が公然と行われ、学校やバスの座席も「隔離」されていたのです。

 そんな人種差別を撤廃するための活動に身を捧げたのが、マーティン・ルーサー・キングでした。
 彼はもともと暴力的な人間ではなかったのですが、自分の身を守るための銃を携帯していました。
 身の危険を感じることも多かったし、実際に刺されたこともありました。
 それでも非暴力を旗標にしたのは、情の面だけではなく、そのほうが有効だという判断もあったのです。
 この新書のなかで、著者は、ガンディーから直接学んだというグレッグが書いた『非暴力の力』という本に書かれている内容を紹介しています。

 非暴力は暴力を伴わない「戦争」であり、武力行使の場合と同様、勇気、忠誠、規律などの資質に依存し、訓練と戦略を必要とする。また犠牲者も出る。しかし、非暴力には固有のメカニズムがある。グレッグはそれを一種の「道徳的柔術」と比喩的に表現する。それは柔術のように敵側の物理的暴力の力を利用する。まず第一に、非暴力の抗議者は自らが苦しむことで自己の道徳的正しさを証明してみせる。そのうえで、非暴力の抗議者が受ける苦しみを見過ごしにできない第三者の人間心理に働きかけていく。
 敵も一枚岩ではなく、その権力基盤は多様な利益集団の集合体から成る。よって、重要なのは、その集合体をいかに切り崩すかである、非暴力の抗議者を敵が暴力で攻撃すると、敵の道徳的正当性は失われ、それを契機に内部分裂を起こす可能性が高まる。また、道徳的正当性を失った敵の暴力は逆効果を生み、抗議者を一層増やし結束させる。さらに、メディアが活用されると、世界の世論までも含めた第三者を味方につけることが可能になる。メディアの前では敵も無制限の暴力を慎む傾向が生まれる。こうした「柔術的メカニズム」が結果的に「自衛」へとつながる。非暴力は「自衛」を放棄しているのではなく、それを別の次元で捉え実現する方法なのである。


 この本を読んでいて驚いたのは「非暴力運動」を行っていくために、キング牧師らの組織は、ワークショップを開催するなどして、「訓練された非暴力運動の実行者」たちを養成していた、ということでした。
 僕は、とにかく、相手が暴力をふるってきても、逃げたり反撃しなかったりすれば「非暴力」なのだろう、と想像していたのですが、武器をもって襲ってきたり、脅してくる相手に対して「非暴力」を徹底するというのは、付け焼き刃でできることではないのです。
 社会運動には、情熱だけではなくて、テクニックやトレーニングが必要なんですね。

 さらに、メディアは諸刃の剣であると判明した。すなわち、メディアが見守るなかで、南部白人の暴力とデモ隊の非暴力の衝突というドラマが起これば運動側に有利に働くが、それが起こらない、あるいはその逆が起きた場合には、南部白人側に有利に働くのである。したがって、世論を味方につけ、ケネディ政権の介入を導き出したいなら、ドラマを起こせる場所を見つけ出し、デモを行う人員、ルート、時刻など、用意周到に準備する必要があることがわかった。とくに時刻は重要であった。新聞ならば記者が記事を入稿する締切り時間、テレビならばプライムタイムのニュースに載せるのに適した時間帯がある。それらの時間帯を見計らって行動するのである。


 これを読んだとき、その高度な戦略性に感心したのと同時に、なんだか「純粋なもの」じゃないような気もしたんですよね。
 でも、運動する側としては、犠牲を出すリスクもあるのだし、よりいっそう効果が期待できるようにメディアを利用するのは当然のことなのでしょう。
 当時のアメリカは「メディアを制するものが、世論を制する」時代だったのです。


 キング牧師の有名な演説「私には夢がある」(I Have a Dream)は、1963年8月28日の「ワシントン行進」の際に行われたものでした。

 後に「私には夢がある」I Have a Dream 演説として知られるキングの演説は、もし準備原稿通りに読んでいれば11分ほどで終わっていたはずで、他の演説者の内容と比較して、特段際立った演説とはならなかったであろう。ところが、キングは準備原稿を読み終えようというところで、ふと思い立ち、さらに五分間のアドリブを加えた。その五分間に及ぶアドリブが、この演説を歴史的演説に押し上げることになる。


(中略)


 キングの回想によれば、当日の聴衆の反応が素晴らしく、以前に何度か使用したことのある「私には夢がある」のフレーズを使いたくなり、原稿を離れたという。それからの五分間は、「呼びかけと応答」「リズムと反復」「音階的抑揚」の三つを特徴に持つ、演説というよりむしろ黒人教会における説教そのものであった。キングが描いたのは、未来において人々の魂が救済され、アメリカが自由の地として再生されるという「和解のヴィジョン」である。そして、キングの声と語りには、その和解のヴィジョンを聴衆すべてに疑似体験させるだけの力があった。


www.youtube.com


 いまこの動画をみると、僕が想像したほど熱狂の渦が巻き起こっていた、という感じでもないんですね。
 まあ、実際に歴史がつくられていく瞬間というのは、こういうものではあるのでしょう。


 著者は、キング牧師の南部公民権運動での成功だけでなく、その成功の後、ベトナム戦争で当時の世論に抗い、敢然と反戦を主張したことや人種間の問題だけではなく、人々の経済格差を埋める運動を行ったものの、なかなか受け入れられなかったことにも言及しています。
 そして、「アメリカという国のなかで、キング牧師は『公民権運動を指導した英雄』という、国家によって都合の良い部分だけが切り取られ、偶像化されてしまっている面がある」とも指摘しているのです。
 

 みんな、名前と"I Have a Dream"は知っている、マーティン・ルーサー・キング
 それはある意味、「権力者にとって危険な部分が取り除かれ、無害化された偶像」なのです。
 これだけですべてがわかるわけではないだろうけど、「教科書には書かれていない、キング牧師」を知ることができる新書だと思います。


キング牧師―人種の平等と人間愛を求めて (岩波ジュニア新書)

キング牧師―人種の平等と人間愛を求めて (岩波ジュニア新書)

グローリー/明日への行進 [DVD]

グローリー/明日への行進 [DVD]

キング牧師とマルコムX (講談社現代新書)

キング牧師とマルコムX (講談社現代新書)

 

アクセスカウンター