琥珀色の戯言

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【読書感想】『ロードス島戦記』とその時代 ☆☆☆☆

内容紹介
TRPGプレイヤーによる「リプレイ集」ともいうべき貴重な証言集!


ロードス島戦記』の作家水野良、創作集団代表安田均、編集の吉田隆、野崎岳彦らのインタビューによって明らかになる、TPRGとメディアミックスの実態がここに。『ロードス島戦記』関連年表も収載。


 この本、2014年の夏に東京大学大学院情報学環・角川文化振興財団メディア・コンテンツ研究寄付講座主催のサマープログラム内で行われた公開ヒアリング(第2部)とその事前リサーチとして行われたインタビュー(第1部)によって構成されています。
 日本のマンガ・アニメーション研究に関心を持つ英語圏の若手研究者が、このサマープログラムの参加者の多くを占めていたそうです。
 コーディネーターのメディアミックス研究者のマーク・スタインバーグさんは、海外のまんが・アニメ—ション研究では、資料よりも理論が先行しがちで、一次資料の調査の重要性が軽視されていると考え、このカリキュラムを組み込んだ、ということでした。
 これは、海外の研究者に限った話ではなく、日本でも、マンガ・アニメ・テレビゲームを研究対象とする場合、「資料よりも理論(あるいは自分の主観)が先行しがち」なのではないかと思うのです。
 対象への思い入れが深いがゆえに、自分の気持ちが、当時の制作者たちがやっていたことや考えていたことに優先してしまう、というのは、わかるような気もするんですけどね。


 大塚英志さんの「はじめに」より。

 本書で扱う水野良ロードス島戦記』もまた紛れもなく、その大きな水脈の始まりをなす作品である。『ロードス島戦記』が雑誌に登場したのは1986年、パソコン誌『コンプティーク』誌上でのTRPG(テーブルトークロールプレイングゲーム)の「リプレイ」としてであった。『D&D(ダンジョン&ドラゴンズ)』というTRPGシステムの啓蒙的なニュアンスが強く、プレイ中のプレイヤーの「会話」を再現する、という特異な形式だった。
 やがてD&Dからは切り離され、小説として『ロードス島戦記』は自立し、当時『青帯』と呼ばれていた角川文庫のレーベルの一冊として刊行、この青帯が「スニーカー文庫」となる。『ロードス島戦記』が特徴的なのは、このようにゲームから小説が生成され、そして自立していった点で、ラノベを「アニメのような」「まんがのような」「ゲームのような」といった印象論で比喩するのとは本質的に異なる。『ロードス島戦記』はゲームを小説に「トランス」したといえる。
 本書はそのような現場に立ち会った人々の証言集である。
 今、ぼくがここに記した程度のことは「知識」としては実はWikipediaあたりで容易に手に入る。だが「TRPGのリプレイで小説『ロードス島戦記』は生まれた」と一行で記すことのできる出来事の具体的な諸相は当然、そこからは読み取れない。本書は『ロードス島戦記』の作家である水野良水野良が当時所属していた創作集団・グループSNEの代表で翻訳家の安田均、そして雑誌『コンプティーク』の編集者だった吉田隆、さらに『ロードス島』以降を考える材料として谷川流涼宮ハルヒ」シリーズを手がけた編集者・野崎岳彦各氏のインタビューによって構成される。


 基本的には、証言者それぞれがみた『ロードス島戦記』について述べられているので、まったく『ロードス島戦記』を知らない人が読んでも、よくわからないのではないかと思います。
 というか、まさに「当時を知る人は研究者向けの『一次資料』」を目指したものなんですよね。値段も2200円(+税)と、けっこう高めですし。


 日本でRPG、とくにTRPGがこれだけ普及したのは、『コンプティーク』に連載されていた『ロードス島戦記』の「リプレイ」の効果が大きかったのですが、安田均さんは、「リプレイ」という形式について、こんな話をされています。

——ぼくも1986年の『コンプティーク』に水野さんが連載されていた最初の『ロードス島』のリプレイを読んで、TRPGとはこのようなものなのだということが大分連想できました。


安田均そうですね。事実どおりというより、いかにさりげなくゲームマスターとプレイヤー・キャラクターたちの関係にスポットライトを当てるかです。水野良は最初「陰のGMゲームマスター)」ということで、著者名は思いついたぼくの名で始め、第3部から水野良の名にしました。


——わかりました。では、TRPGの日本における市場の変化というものについて、もう少しお聞きしたいのです。


安田:TRPGの市場ですか。


——そうですね。どのような人たちに受容されていったのですか。


安田:最初はやはりホビージャパンの『タクティクス』のゲームファンからでしょう。


大塚英志ホビージャパンですか。


安田:はい、あそこが海外のRPGを最初に取り入れました。『トラベラー』というSFからで、日本の方も門倉直人が作った『ローズ・トゥ・ロード』(ツクダホビー社)が同時に出ました。ただその前からぼくが『SFマガジン』などで紹介を書いたりしていたので、期待感がかなりあったようです。『トラベラー』は1984年に出たのですけれども、これは大きな箱ものが3万個ほどいきなり売れたのでびっくりしました。当時、ウォーゲームなどでもそれなりにヒットしたものは出ていたのですけれども、いきなりロールプレイングゲームでそれほどいくとはホビージャパンも思っていなかったようです。1983年初頭にぼくに「翻訳や展開をしてほしい」と当時の佐藤光市社長から言ってもらったのはよく覚えています。85年に、『ダンジョンズ&ドラゴンズ』が新和から出たのですけれども、これは10万個ぐらいいきなり売れたそうです。こちらもみんなが期待していました。コンピュータゲームの『ドラクエ1』は1986年からですけれども、その前にテーブルトークの方が紹介されています。当時もう一つ、社会思想社ゲームブックが『火吹山の魔法使い』などでミリオンセラーになりました。これも実はRPGで、選択肢でパラグラフや番号を選んでいく1人遊びのゲームブックというスタイルだったのですけれども、みんなよくわからなくて、何かゲームと本の融合形と思われてましたね。ぼくはロールプレイングゲームを本の形にしたとすぐわかりましたが。

安田均ホビージャパンで『タクティクス』に『トラベラー』を紹介していましたが、「リプレイ」の人気が一回だけなのに異様に高かったのです。『タクティクス』18号(1984年)のときに『トラベラー』特集をやったら、それまで一番人気の記事が30%か40%の支持を得ていたものが、『トラベラー』のリプレイは読者の70%以上に支持されたとのことです。後で聞きましたけれども、当時の編集長が「これはまずい。『トラベラー』をあまりプッシュすると、ウォーゲームではなくRPGの雑誌になる」と覆ったというようなことがあったらしいです(退社後、ご本人から聞きました)。それで『タクティクス』では一回きりだったので、(角川)歴彦さんが「何でも」と言われたから、「じゃ、ファンタジーのリプレイを」と。TRPGを広げるためにはこれが一番だと、ぼくはそのときに直感しましたので。


 『タクティクス』や『トラベラー』『火吹山の魔法使い』という言葉を見るだけで、僕としては懐かしくて胸がいっぱいになります。
 そうか、『トラベラー』って、当時はそんなに売れていたのか。
 もし、ホビージャパンや安田さんが『トラベラー』にもっと肩入れしていたら、日本のTRPGの主流は『トラベラー』になり、もっとSFのアニメやゲームが増えていたかもしれませんね。


 『コンプティーク』の編集者だった吉田隆さんは、『ロードス島戦記』のメディアミックス戦略は、何もかもはじめてで、手探りで行っていったと証言されています。結果的には、できるもの、それほどコストがかからないものから進めていったことが、成功の理由だったのではないか、と仰っています。

——今回お話を伺うまでは、なぜメディアミックス的な手法が、角川という紙の本を扱う出版社から生まれていったのか不思議だったのですが、いろいろお話を伺って、少しわかってきたような気がしました。つまり文字といういちばんコストがかからないところからはじめて、そこから少し人気が出たらカセットやゲームなど、もう少しコストがかかるところに手を出していく。そして市場がさらに成熟していって、これはいけるぞという段階になったら今度はアニメなど、もっとコストのかかる方に手を出していくという流れを考えると、やはりいちばんコストがかからない文字を手掛ける出版社からこのようなメディアミックス的な手法が登場したということは必然的なことだったのかなと思いました。
 

吉田隆:いや、要は、情報量の問題だと思います。たとえば文字は情報量が少ないと思うのです。データとしては文字だけなので。そして、挿絵がつくと少しヴィジュアル情報が追加されるでしょう。まんがになるともっと情報量が多くなってくるでしょう。TRPGも言葉だけですから、情報量が少ないのです。カセットブックだと音だから情報量が少し重くなる。そして、アニメーションになると動く映像や声も出てくるから、情報量が大きくなってくるのです。情報量が少ないときは、それのおもしろさを支えるものは受け手側の想像力なのです。ですから、文字は想像力がたくさん要るのです。アニメを見る行為はそれほど、その行間にまで一生懸命自分の想像力を働かせなくても、一方的に与えられるものなので、ページをめくる力も必要なく、ずっと30分、画面の前にいればいいわけです。ですからアニメは想像力は少なくておもしろがれる商品です。でも、最初に想像力を必要とする原稿ものからスタートし、そこをファーストで切り出すと、そのファンは離れないのです。


 だからこそ、その「原稿もの」で人をひきつけるのは難しいし、これだけアニメやゲームが世の中に溢れていると、なおさら選んでもらうハードルは上がってしまう、ということなのでしょう。
 でも、これだけ「もっと受け取るのがラクなコンテンツ」がたくさんあっても、ネット上のテキストも含めて、活字メディアというのは生き残り続けているのですから、人間は、想像力を働かせるのがけっこう好きみたいです。
 

 TRPGの文化は廃れてしまったようにみえるけれど、実質的には『ロードス島戦記』からはじまった「リプレイを見せる」という行為は、いまのネットでの「ゲーム実況」にまで繋がっていて、「自分がプレイしなくても、見ている(読んでいる)だけで楽しい」という「観客としてのゲーム体験」は、どんどん広がってきている、ということでした。
 『ロードス島戦記』は、メディアミックスだけではなく、「新しい形でのゲームとの付き合い方」を創出した、とも言えるのではないでしょうか。


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