琥珀色の戯言

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【映画感想】万引き家族 ☆☆☆☆

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治(リリー・フランキー)と息子の祥太(城桧吏)は万引きを終えた帰り道で、寒さに震えるじゅり(佐々木みゆ)を見掛け家に連れて帰る。見ず知らずの子供と帰ってきた夫に困惑する信代(安藤サクラ)は、傷だらけの彼女を見て世話をすることにする。信代の妹の亜紀(松岡茉優)を含めた一家は、初枝(樹木希林)の年金を頼りに生活していたが……。

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※音が出ます!


2018年、映画館での17作目。
観客は僕も含めて50人くらいでした。

第71回カンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールを受賞したことでかなり注目されているのですが、僕はやや寝不足だった影響もあったのか、前半はけっこう眠気におそわれたりもしました。

ああ、また「いかにもリリー・フランキーが演じそうな役をやっている、リリー・フランキーさん」に加えて、今回は「いかにも樹木希林さんが……」「いかにも安藤サクラさんが……」ということで、演技合戦的な独特の緊張感を孕みながらも、「まあ、上手いよね、そりゃそうだ」と、やや醒めた気持ちで観ていたところもあったんですよね。
むしろ、2人の子役や松岡茉優さんの危うい感じのほうに惹かれるところがありました。
松岡さんけっこう露出もしているし、頑張ってるよねえ、とか。

これまでの多くの是枝作品と同じように、観終えて「うーん、これで『終わり』なのか……」と、大変モヤモヤしたまま映画館を出てきました。

この映画で描かれているのは、「世の中には正解なんてない、よりマシな選択をしながら生き延びていくしかない」という人たちと、「社会には『正解』が存在していて、それに従わない(従えない)人たちは異物であり、悪なのだ」という人たちの絶望的なまでのすれ違いではないかと僕は感じました。

それは警察や福祉課に相談するべきだ、とか、生きるためとはいえ、万引き、とくに子どもが万引きなんてするのは間違っている、というのは簡単なんですよ。
でも、彼らは「万引きするか、家で温かい布団にくるまって、コンビニで買ってきたご飯を食べるか」という選択を迫られているわけではなく、「万引きするか、食べるものがなくて飢えに苦しむか」という世界で生きている。
子どもたちだけでも保護してもらえばいいのに、と言いたくなるけれど、そういう「公的機関にアクセスする方法」を知らない人たちも、少なからずいるのです。


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是枝監督は、「こういう家族や人間のつながり」の善悪ではなくて、「いまの日本にも、これと似たような生き方をしている家族がいる」ということを、まず知らしめたかったのではないかと思います。
そして、「善悪やどうするべきだったのかは観た人がそれぞれ考えてくれ」と、投げっぱなしにしているようにすらみえます。


この映画のなかには、女の子の「おねがいゆるして」という懇願など、あの目黒区の虐待事件を思い出さずにはいられない描写もたくさんあって、是枝監督は綿密な取材のもとにこの作品をつくりあげたのだな、と嘆息せずにはいられませんでした。
そして、あの目黒区の事件は、ひとつの典型例であり、まさに「氷山の一角」でしかないのだ、ということも理解したのです。


僕は正直、是枝監督の『そして父になる』や『三度目の殺人』って、「良い映画だとは思うけれど、ちょっと苦手」ではあったのです。
是枝監督は、僕からすると「弱者をイノセント(無垢)で情が厚く描き、経済力がある人を計算高く、情に乏しいとか家族に冷淡に描いている」ようにみえていたので。
そして父になる』とかは、まさにその典型でした(すごく良い映画で、大好きなんですが)。
実際は、貧しいから助け合って生きている、とか、純粋で家族愛にあふれている、なんてことばかりではないですよ、お金がなければ少ないカネに対して諍いが起こるのは珍しくもない。
お金があれば幸せ、というわけではないのもわかるけれども。


しかしながら、この『万引き家族』では、「弱者や貧しい人たちは、強く生きているのと同時に、厚かましさや非常識さを武器にしている場合がある」ことを冷徹に描いているのです。
「それしか生きる手段がない」とはいえ、子どもに万引き(泥棒)をさせるべきではない。
そこには「子どもにやらせたほうがバレにくいし、見つかってもごまかしやすい」という計算がある。
ただし、子どもにだってプライドもあれば「生活が苦しいのなら、自分もみんなの役に立ちたい」という気持ちもある。
彼らをワイドショーで観る立場からすれば「非常識な小悪党たちが子どもを利用していた」と感じるだろうし、この映画で、彼らの視点からみると「彼らの置かれた立場や状況では、これが考えつくいちばんマシな生き方だったのだろうな」と考え込まずにいられなくなるのです。
でもさ、理由はどうあれ、万引きが多くなれば店は潰れるし(書店では、万引きの被害がかなり経営に悪影響を及ぼしています)、貧しいからなんでもあり、というわけにもいかないですよね。


万引き家族』では、そういう「開き直った底辺の人々」が過剰に美化されていない。
彼らのズルさや利己的なところも、観ていて胸糞悪くなるくらい出てきます。


「それでも、あなたはこの家族に好感を抱き続けられますか?」
監督は、次から次へと観客を試してくるのです。
僕は、あの状況で逃げようとしているのをみて、さすがに「もう無理……」になりました。


感動したとかいうより、「いまも、こういう人たちが生きている」ということに唖然としたんですよ。
たぶん、彼らに、僕の「正しさ」は通用しない。
僕は、世の中は、彼らに何ができるのか、と考えずにはいられません。
そもそも、「何かができるのではないか」という考えそのものが傲慢で、彼らは「他人に何かをしてもらうことを期待していない」から、ああいうふうにして生きているのかもしれません。


彼らには勤労意欲の欠片もないわけではなくて、けっこう頑張って工事現場やクリーニング店で働いているにもかかわらず、それだけでは「食えない」環境にあるんですよね。
ワーキングプアとは、こういうことなのか。
優良企業の正規社員であれば社会保険も完備されており、何かトラブルが生じても、サポートしてくれる仕組みがある。
でも、そうでないところの非正規だと、労災は下りないし、すぐに干されてしまう。
いちど「底辺ループ」に入ってしまうと、そこから抜け出すのは難しいシステムなのです。
これが、日本の格差社会のわかりやすい暗黒面なんですよ。


「底辺」になってしまった人たちは、お互いに助け合ったり、自分が生き残るために同じ立場の人を蹴落としたりしているけれど、『万引き家族』をみていると、彼らがここから「中流」や「上流」に向って豊かになっていくチャンスは極めて乏しいと感じます。
正直、僕は「こういう世界」の存在は知っているつもりでも、実際の生活の様子を想像してみたことはありませんでした。
少なくとも、これを観たおかげで、僕は「これまで見ないでいた、世界の3分の1をのぞき見た」ような気がしています。


でも、彼らにとっての「正解」は、やっぱりよくわかりませんでした。
ただ、どこかで、この負の連鎖を断ちきるべきで、せめて、この映画に出てきた2人の子どもたちは、普通に生きて、幸せになってほしい。

……と書いてはみたのですが「普通に生きる」って、けっこうハードルが高いですよね。
世の中では、何かが欠けている人たちが、「普通」のフリをしながら生きている。


この家族は、ずっと「このまま」だったら、幸せでいられたのだろうか?
そんなのは幸せとは違う!と言い切れるほど、僕は自分の生きかたに自信が持てないのです。
こんなふうに美味しそうに缶ビールを飲めるのであれば、それで「幸せ」ではないのか。
自己実現や理想の家庭につねに追われているうちに、「何もできなかった」と後悔しながら生を終えていく人が多いのではないか。


「貧困とはどういうものか」を感覚的に理解するためにも、すごく有用な作品だと思います。
 正直、「わかったからといって、何ができるのだろう?」と自問するばかり、ではあるのだけれど。


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