琥珀色の戯言

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【読書感想】不合理だらけの日本スポーツ界 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
メダル数の差、それを生むシステム、メダリストたちのセカンドキャリア、どれを取っても、日本のスポーツはアメリカのスポーツに大きく水をあけられている。「警鐘を鳴らす」などというおこがましい表現はさけたいが、「アメリカのスポーツ」という日本人にとっては少し特殊な現場にいる私こそ、その役目を果たさなければならない1人ではないかと感じている。


 日本のプロ野球で、アメリカから来た選手が、アメリカで手術を受けたり、リハビリをするために帰国する、というのは「怪我をして不安もあるだろうし、地元で治療したいよね」ということで、すんなり理解できました。
 その一方で、日本人の選手まで「アメリカで手術やリハビリをしたい」というのは、腑に落ちなかったのです。
 いまの日本の医学のレベルは、アメリカとそんなに遜色ないはずだし、リハビリだって、母国語でコミュニケーションをとれるほうが、やりやすいんじゃないの?って。

 この本を読んでみると、スポーツ選手、とくに「お金を稼げるスポーツ選手」に対するアメリカでのサポート体制というのは、日本のそれとは比べものにならないくらいすごい、というのがわかりました。
 そりゃ、行けるものなら、アメリカに行きたくなるよね、と納得せざるをえなかったのです。

 2007年にスタンフォードで働き始めてからの11シーズン、衝撃を受けたことが数え切れないほどあると、今まで何度もお伝えしてきた。さらに一つ、「けが人が驚くほどのスピードで復帰してくること」を挙げたい。
 今までは、コーチという立場からトレーナーの報告を受けていただけで、「復帰が早いなぁ」という印象しか持っていなかった。しかし、図らずも自分がその「けがからの回復オペレーション」の中心に、患者というかたちで入ったことによって、その全容が明らかになった。
 たとえば、ここに不幸にも骨折をした学生アスリートがいるとする。
 すると、次のようなプロセスで、それぞれのメディカルスタッフが、関わっていくことになる。


1.「メディカル・ドクター」による診察・オペ
2.「フィジカルセラピスト」による初期リハビリ
3.「ストレングスコーチ」による競技に復帰するためのリハビリ


 これらのすべてに伴う痛みのコントロールや、体のメンテナンス、コーチへの報告などのマネジメントは、「メディカルトレーナー」が統括する。それぞれのプロがそれぞれのフィールドでプロフェッショナリズムを発揮する。完全かつ完璧な分業制と表現できるだろう。


 私は他の学校や団体に所属したこともないし、その手の調査をしたわけでもないので、一事が万事とは言い切りたくはないが、他の大学や高校から入学してくる学生たちの話を総合すれば、アメリカではあらゆるレベルで、このような、またこれに似たオペレーションが行われているとみて間違いない。
 変な表現になるが、蜜に群がる蟻のように、けがを負った一人の学生アスリートに対して「よって・たかって、いろいろなプロがケアをする」さまは、日本のスポーツ界で仕事をしていたときには想像もできなかった。
 私が選手として日本に暮らしたのは10年以上も前の話なので、現在は多少良い方向に変わってきているかもしれない。しかしここ数年、スポーツ関係者とのやり取りを通じて聞いた話からすると、日本のスポーツ衣料は、スタンフォードで行われているようなオペレーションにとうていおよばないだろう。


 日本のプロ野球をみていて、最近は、怪我をした選手が復帰してくるのが以前より早くなったと感じていたんですよね。
 おそらく、アメリカのこのようなシステムを日本も取り入れてているのだと思いますが、それでも、「本場」に比べると、ひとりのスポーツ選手にかけられているお金も時間もスタッフの数も、まだまだ大きな差がありそうです。
 ただ、これは日本が遅れているというだけではなくて、アメリカでのスポーツ選手は、桁違いのお金を稼げる存在だから、という理由もあるんですよね。
 お金になるから、それだけのコストをかけられるのも間違いないことなのでしょう(著者もそのことは指摘しています)。
 お金にもなり、競技のレベルが高く、こういうサポートシステムが進んでいるとなると、優秀なプレイヤーがアメリカを目指すのは当然です。
 市場規模からいえば、日本のプロスポーツは世界のなかで、かなり大きいほうだとは思うのですが、それでも、アメリカには到底かなわない。
 なんのかんの言っても、オリンピックでの獲得メダル数も、基本的には「国力」「経済力」がモノを言うのです。


 僕がこの本を読んでいて驚いたのは、「拝金主義」だと思い込んでいたアメリカの学生スポーツ界が、どんなに凄い選手に対しても、ある制約を設けている、ということでした。

 チームに帯同を許されて1シーズン。スタジアムやトレーニングルームなどのファリシティー、チャーター機での遠征や奨学金などの選手の待遇、シーズン中、特にゲームデイ(試合の日)に感じ見て取れるファンの熱狂ぶり、どの経験をピックアップしても、新しいスポーツに出会ったような、こんな表現をしたくはないのだが、日本での16年間のアメリカンフットボール人生を否定されるようなことばかりだった。


 しかし、その1年で最も驚いた、正しいニュアンスで伝えるとするなら「ショック」だったことは、ヘッドコーチの年俸が数億円だったことでも、試合前日に高級ホテルに泊まることでも、地元のお金持ちや卒業生が一度に数十億円を寄付することでもない。10万人もの観客を虜にする大学生アスリートたちが、「ふつうに勉強している」ことだ。ただ勉強していることにショックを受けたのではない。ある一定の成績を取らなければ、自分のライフワークともいえるスポーツの練習や試合に参加することが許されない。つまり、勉強せざるをえないシステムが存在することこそ、本当の衝撃だった。


 日本では、「勉強するよりも競技に集中しろ」というような指導者がプロ・アマ問わず多いのですが、アメリカでは、ほぼ強制的に「文武両道」であることが求められるのです。スタンフォード大学、じゃなくても。
 ちゃんと勉強しておくことは、プロとしてうまくいかなかったときのセカンドキャリアのためにも重要になってきます。
 とはいえ、人気プロスポーツ選手の引退後の人生が、必ずしもうまくいくわけではない、というのは、アメリカでも同じではあるんですけどね。
 破格の待遇であるがゆえに、引退後の落差も大きいのでしょうし。

 
 著者は、アメリカのスポーツ環境の体験から、日本でも「マルチスポーツ(複数の競技を掛け持ち、あるいはシーズン別に違う競技をやること)を勧めています。
 それでは、中途半端になってしまうのではないか、という批判に対して、著者はスタンフォード大学での子供たちと学生アスリートとのパネル・ディスカッションの様子を紹介しながら、答えています。

 パネリストは、アメリカンフットボール選手2名、フェンシングのオリンピックメダリスト、そして、ロンドン、リオと金メダルを獲得した水泳のケイティ・レデッキー選手である。ある子供が、ケイティに質問を投げかけた。

子供:オリンピックでメダルをとるには、どうしたらいいの?


ケイティ:一つだけじゃなく、いろいろなスポーツを経験することだよ。私の場合は水泳と、もう一つだけだったけど、若いときにもう二つくらいできたら、もっとメダルがとれていたかもしれないと思うわ


子供:どうしたら、スタンフォードに入れるの?


ケイティ:同じ答えになっちゃうかもしれないけど、勉強もスポーツも含め、いろんなことに一生懸命、そして同時に取り組むことかな、そうすると時間をマネージメントしなきゃいけないから、そのスキルが身につくよ。今、ちょうどテストと練習を両立しなきゃいけない時期なんだけど、若いときにそれを経験していて良かったと思っているよ。


子供:どうしたら、ケイティみたいになれるの?


ケイティ:とにかく、お父さんとお母さんの言うことを、よく聞くことね。あなたたちを愛している両親や家族は、いつも世界で一番良いアドバイスをくれるはずだから。


 社会人としての日本での生活経験、(日米両国で)アスリートを見てきた指導者としての経験、どちらを通しても、アメリカ人が日本人よりはるかに優っていることの一つは、優先順位のつけ方と、そのこなし方である。小さい頃から、習い事や、シーズンごとのスポーツ、つまり、マルチスポーツなど、多くのことを並行してやっていくことに慣れているアメリカ人のアスリートは、複数のことに優先順位をつけて取り組んでいくことに、非常にたけている。
 ともすると、その姿は「いい加減である」と、(特に、日本人には)見えてしまうが、彼らがしていることの何かがいい加減に見えた場合には、それは、彼らにとって優先順位の低いことだったということがほとんどだ。特に、小さなときからそれを高いレベルでこなしてきたであろうスタンフォードの学生は、学業とスポーツ、それ以外の活動も、完璧にこなしている印象がある。


 子供の頃にさまざまなことを並行してやっていく習慣が、物事に優先順位をつけたり、効率的に進めていったりするためのトレーニングになっているのではないか、と著者は指摘しているのです。
 なるほどなあ。
 「一つのことに集中させる」というのには、もしそれが向いていなかったり、嫌いになった場合に「つぶしがきかない」というデメリットもありますよね。


 実際に日米両方を体験した人でないと書けない、日本のスポーツ界への提言にあふれた本です。
 日大アメフト部って、この本に書かれているのと正反対のことをやっていたのだよなあ……


カンプノウの灯火 メッシになれなかった少年たち

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