琥珀色の戯言

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【読書感想】人口減少と鉄道 ☆☆☆☆

人口減少と鉄道 (朝日新書)

人口減少と鉄道 (朝日新書)


Kindle版もあります。

人口減少と鉄道 (朝日新書)

人口減少と鉄道 (朝日新書)

内容(「BOOK」データベースより)
全国の路線、鉄道会社を徹底分析。危ないのはどこか、生き残りの条件は?ついに日本が足を踏み入れた人口減少時代。需要が急減する未曾有の状況でも、打つ手はまだ残されている!国鉄改革に命がけで取り組み、構造的に赤字を免れない「三島会社」JR九州を率いること15年。多角経営への邁進で成長軌道に乗せた経営者が、画期的観光列車や新幹線物流はじめ、人口減少時代にも食べていける秘策を明かす!


 著者は、1987年、国鉄民営化の際に、JR九州の初代代表取締役社長に就任され、会長職を経て、2002年に退任されました。
 民営化の際に、黒字になるだろうと予測されていた、JR東海、東日本、西日本と比べて、JR九州、北海道、四国は、構造的に赤字が確実視され、「三島会社」と呼ばれていたのです。
 その「三島会社」のなかでは、もっとも人口や施設・環境に恵まれていたとはいえ、JR九州多角化経営で軌道に乗せた著者の手腕は高く評価されています。
 
 
 この本を読むと、堅実にみえる鉄道事業というのは、今後の日本では、衰退していくことが約束された産業だということがわかります。

 民営化後相次いで株式上場したJR本州3社より遅れること約20年。JR九州は2016年(平成28)年10月25日に東証1部上場を果たした。
 人口が増え続けて元気な福岡に住んでいると気づかなかったことだが、九州の人口は2001(平成13)年をピークにすでに減少を始めている。東京にいる人にはまだ実感が薄いかもしれないが、人口動態統計によると、2050年には日本の人口が2015年の1億2700万人台から9700万人へと24%も減少することがはっきりしてきた。
 鉄道の基礎需要が24%も減ったらどうなるか。30年前のJR九州の悲壮な先行き感と同じことが、本州JRでも起こることになる。全JRの鉄道事業が赤字に転落する恐れも出てくる。借金の金利で首が回らなくなった末期の国鉄は、国が借金を肩代わりしてくれた。しかし今度は基礎需要が減って赤字になるのだから、誰にも頼れない。全JRが一丸となって、自らの発想の転換と英知で衰退を克服しなければならない。


 人口が減れば、鉄道の乗客も少なくなる。
 考えてみれば、当たり前のことですよね。
 これは、鉄道会社だけの話ではないけれど、「人が少なくなる」というのは、一企業の力でどうこうできるようなものではないし、鉄道というインフラの性格上、企業努力でやれることにも限界があるのです。
 著者は「人口密度約350人/平方キロメートルを超えた旅客鉄道事業は黒字であり、それより下は赤字である」と述べています。
 要するに、人口密度が高いと鉄道事業は儲かるけれど、低いところでは、鉄道事業そのもので黒字にするのは難しい、ということなんですね。
 ちなみに、JR東海は1平方キロメートルあたり511人で、利益率が0.429(100円収入があれば、43円黒字が出る)、最も厳しいJR北海道では人口密度が68.2人で、利益率は、マイナス0.629(100円稼ぐたびに、63円赤字が出る)、その中間にあるJR九州は307人で、利益率はマイナス0.076(100円稼ぐたびに、8円くらい赤字)。
 このくらいの赤字幅のJR九州でも、不動産事業や飲食店、ゴルフ場経営などさまざまな多角経営に力を入れて、株式上場にたどり着くまで29年かかっているのです。
 それを考えると、JR北海道JR四国は、企業努力だけでどうこうできるレベルではなさそうです。
 そして、これから人口が減っていく日本列島では、鉄道事業だけでは、鉄道会社を維持するのが難しくなってきます。
 

 著者は、JR九州の社長になったとき、黒字化を成し遂げるために、職員の意識を変えることにつとめてきたのです。
 民営化直後のJR九州には、国鉄時代の感覚、関連事業は鉄道事業の「おまけ」「OBの救済事業」だというイメージが色濃く遺っていました。

 まず打った手が「出向」である。九州地場の中小企業、中規模のホテルやサービス業に一人、二人と2年間単位で「出向」させてもらった。
 出向人員の給与は全額JR九州が支払う。そのうえで出向先には「お役に立った分だけJR九州に下さい。場合によっては、タダでもいいです」とお願いした。
 結果的にこれはヒットだった。出向に行く社員の激励会、帰ってきたときのご苦労さん会には必ず社長以下経営陣が出席して多角経営の必要性を語り、社員の意識改革を期待した。出向先ではみな律儀に頑張って働き、評判はとても良かった。彼らはお客様マインドと民間経営の厳しさ、その業種のノウハウを学んで帰ってきた。うれしいことに、帰社組からは新規事業の提案が続々出てきた。
 

 並行して、多角経営に向けた社内の風土づくりに励んだ。従来の国鉄では、「そろそろ定年なので、本業の鉄道から移ることになりました」と言って、関連会社に行くのが普通だった。こんな意識では駄目だ。優秀な中堅幹部を鉄道事業だけで育てるのでなく、関連事業の社長などの責任者に配置した。「関連事業でちゃんと成果を出さないと偉くしない」という風土づくりだ。
 特に難しい仕事は、優秀な人材を持ってこないとうまくいかない。責任者が頑張れば、そこの社員のモチベーションがびっくりするくらいに上がり、もちろん本人も育つ。それが企業グループ全体の将来に大きく貢献する。一石四鳥だ。
 まさに仕事と企業は人なり、である。その典型が、船舶事業や外食事業を歩み、後に本当に民間会社らしい社長・会長となる唐池恒二氏だ。鉄道以外の事業を鉄道と同格の本業に位置付けできる会社になってきた。
 多角経営は経営基盤を支えるだけではない。JR九州の鉄道事業そのものに他の鉄道会社にはない独特のサービスやキャラクターを付加して、従来にない鉄道サービスにイメージチェンジすることにも大きな影響力を発揮した。さしずめ「ななつ星 in 九州」などは、「走る多角経営」だと言えた。
 人事では、「キャリア組」の新入社員を鉄道以外にも配置するようにした。大卒の若い人ほど、自分の一生につながると考えて会社のそんな風土を真剣に読んでいる。関連事業の評判が上がるにつれ、鉄道会社の就職人気が高くなっていった。最初から「マンションをやりたい」「飲食業をやりたい」「ビートル(後述する日韓連絡船)をやりたい」と目を輝かせて入ってくる新人も多くなった。彼らをがっかりさせてはならないと思った。


 九州に住んでいると、鉄道以外での「JR九州」のブランド力に驚かされるのです。
 僕も「JR九州のマンション」の内覧に行ったことがあるのですが、「なんで鉄道会社がマンション?」なんて思ったものです。
 鉄道会社というのは、駅や車両の設計やデザインなど、大規模な建物をつくったり、居住性を高めるノウハウを持っていて、マンション建設というのは、強みを活かせる事業なんですね。
 博多と釜山を結ぶ「高速船ビートル」も、JR九州が民営化以降に手がけたものだったのか……
 ちなみに、このビートル、最初はなかなか採算が取れなかったそうなのですが、突如巻き起こった韓流ブームのおかげで、一気に乗客が増えたそうです。
 このビートル、好天だった往路は本当に海の上なのだろうか、と思うくらいの快適さだったのですが、海が荒れた復路はかなりつらかった……たぶん、大概は往路のときのような乗り心地なのでしょうけど。

 JR九州民営化後に回復した鉄道のお客様は1996年(平成8)年度をピークに減っている。その後も鉄道は高速道路の開通のたびに多少下がったり、持ち直したりしながらも、全体としては横ばい状況だ。新幹線全通で収入は増えるが、経費も増える。
 グループ企業(ほとんどが連結決算対象)とJR九州単体を見ると、グループ企業の売上は創業以来ほぼ直線的に伸びている。年平均伸び率4%(25年間平均)、25年間で10倍になった。グループ企業と単体の売上高が逆転したのは2001(平成13)年度、開業14年目である。
 2015(平成27)年度決算で見ると、連結での売上は3779億円、営業利益208億円。このうち本体の鉄道運輸収入が1501億円、営業利益は旅行業などを含めても鉄道事業や115億円の赤字である。グループ企業の不動産・建設・外食といった多角経営部門が、鉄道運輸の赤字額の3倍近くの営業利益をたたき出し、それによって最終利益を残すことができるようになった。マンションなどはJR九州単体に入っている。鉄道以外の事業が世間並みの競争力を持って利益を上げるように、と精根傾けてきたJR九州の成果だった。


 JR九州、鉄道事業をやめたら、もっと儲かるんじゃない?
 これを読みながら、そんなことも考えてしまいました。
 実際には、JRが長年培ってきたノウハウや地縁、人脈、そしてブランド力があるから、関連事業もうまくいきやすいのでしょうけど、少なくとも、JR九州に関しては、「本業」だったはずの鉄道で儲かる時代ではないのです。
 

 著者は、トラックドライバー不足に対して、「新幹線宅配便」の可能性を提案したり、これから鉄道事業が盛り上がってくる海外への輸出にも言及したりしています。
 世界レベルでいえば、日本の鉄道技術を活かせる場所は、まだまだたくさんありそうです。


 JR九州が生まれてから、30年。
 民営化すればうまくいく、なんて思いがちだけれど、そんな単純な話ではなくて、内側には、こんな苦悩や試行錯誤があったんですね。


鉄客商売 JR九州大躍進の極意

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