琥珀色の戯言

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【読書感想】発達障害と少年犯罪 ☆☆☆☆

発達障害と少年犯罪 (新潮新書)

発達障害と少年犯罪 (新潮新書)

内容(「BOOK」データベースより)
発達障害と犯罪に直接の関係はない。しかし、発達障害をもつ子どもの特性が、彼らを犯罪の世界に引き込んでしまう傾向があることは否めない。そんな負の連鎖を断ち切るためには何が必要なのか。矯正施設、加害者になってしまった少年たち、彼らを支援する精神科医特別支援教育の現場など、関係者を徹底取材。敢えてタブーに切り込み「見たくない事実」を正面から見据えて問題解決の方策を提示する。


 著者は1964年生まれのテレビプロデューサーで、自らも「幼少期に自閉症スペクトラム障害の特徴にあてはまるエピソードがたくさんあった」と告白しておられます。
 

 テレビを消した途端、メールの着信音が鳴りやまなかった。
 2016年5月15日、日曜日の深夜。丁度、「NNNドキュメント」の放送が終わったばかりだった。番組のタイトルは「障害プラスα~自閉症スペクトラムと少年事件の間に~」。発達障害と少年事件との関わりを検証した内容だった。
「こんな番組とは思わなかった」
「こんなことなら協力しなかった」 
 身近な知人や関係者からは、主にそんなメールが届いた。
 番組に寄せられた感想も、大半が苦情だった。
「なんて無神経な番組か。不愉快極まりない」
「事件性のみを取り上げた下らない番組だ。先入観を助長する視聴率主義の番組で、怒りがおさまらず殺意さえ覚える」
「障害と犯罪は関係ない。間違いなく差別が助長される。お前たちのせいで。間違いだらけの放送を今すぐ止めろ!」
 ネット上での批判も多かった。そのほとんどが、日本テレビに寄せられた苦情と同じように、「番組は発達障害への間違ったイメージを広げた」と述べ、「『自閉症スペクトラム障害をもつ者が虐待されて育つと犯罪行為に及ぶ』と断定しているのではないか」という内容であった。
 ただ、苦情と同時に寄せられた意見の中には、発達障害をもつ当事者や発達障害をもつ子どもの親族だという方からのものも多かった。彼ら当事者から寄せられた意見は、おおむね好意的なものだった。
「うちの子は5歳男児自閉症スペクトラム障害です。本当に育てにくいです。でも、可愛い自分の子どもに変わりはありません。まだまだ発達障害の認知度は低いためみんなにはすごく嫌な顔をされることがあります。私自身ももっともっと発達障害を知り、子どもを犯罪に走らせないような育て方としていきたいと番組を見て改めて思いました。いい番組をありがとうございました」
「私は自閉症スペクトラム障害をもつ者で、長年の周りからの迫害によって自分を傷つけ続けるなどの問題行動をしてきました。見せていただいた番組には『自閉症スペクトラム障害=犯罪ではない。そこまでに至るには+αの要因がある』とありました。私がずっと思い続けていたことです。そのことをはっきり言ってくださったことが本当に嬉しかったです」
自閉症スペクトラム障害をもつ者です。心的外傷を引き出しているお医者様の治療の様子を見て涙が出ました。社会で適応できる訓練の様子を見せていただき、それが広まることを願わずにはいられません」
 当時者たちからのこうした意見には、とても励まされた。


 著者のつくった番組は、「発達障害者=犯罪予備軍」というものではなくて、発達障害を抱える子どもに虐待などの+αの要因が重なると、犯罪や他者を傷つける行為に結びつきやすくなる、ということを指摘したものだったそうです(僕はそれを観ていないので)。
 そのなかでは、子どもの精神医療に取り組んでいる人たちの、さまざまな取り組みが紹介されていたのです。
 「関係ないんだ。そんなことを番組で言ったら、差別につながるから黙っていろ!」と外野が叫んでいる一方で、当事者には問題意識を抱えている人が少なくありません。
 彼らは、著者が指摘している関連性を経験上(あるいは手持ちのデータで)理解しているのと同時に、「発達障害を持つ子ども全体が犯罪にはしるわけではないし、それを起こしやすい状況を把握し、改善することによって、犯罪予防につながるのではないか」と考えているのです。

 日本では行政も医療も、子どもの精神疾患への対策を避け続けてきた。法務当局の対応も及び腰である。法務省は少年犯罪に関して徹底的な秘密主義を貫いてきた。都合が悪い時にはそれら全てを隠してきた。
 マスコミの責任も大きい。「精神鑑定」と聞いた瞬間潮が引くように報道規制をする。
 私が強く述べたいのは、発達障害が犯罪行為に結びついてしまったような事件や事例は、明らかに治療や教育の失敗が原因であるということだ。このあとの議論を進めるために、ここではっきりと断言しておきたい。未来を支える子どもたちが生きる日本が直面している問題は、児童精神医療の乏しさである。


 ここで著者が紹介している内容については、発達障害についての診断・治療そのものが、まだ未完成・未完成な分野でもあり、精神医学界全体のコンセンサスが得られているわけではなさそうです。少なくとも日本では、「まだ始まったばかり」の研究なんですよね。
 盲信してはいけない、と思いつつも、これを読んだかぎりでは、少なくとも「今後も検討していくべきこと」だと感じました。

 医学の現場にも「発達障害と虐待の関わり」について注目した人物がいた。あいち小児保健医療総合センター開設された心療科で子ども虐待専門の外来を設け、数千人に至る子どもとその家族の治療、臨床を行った精神科医杉山登志郎さんである。この診療科は「中3の1学期までの子どもの心の問題の診断と治療」を主な診療内容とし、「知的な障害を伴わない発達障害心身症不登校など」を主な対象疾患としているので、ここを受診する子どもは発達障害をもっている可能性が高い。
 外来を開いて杉山医師が驚いたのが、発達障害の診断が可能な子どもの中の数多くに、子ども虐待の症状があることだった。つまり、虐待を受けている子どもが多くいたというのである。そこで杉山医師は、このあいち小児保健医療総合センターで虐待に関する統計をとった。
 すると、虐待被害児231人、53%に何らかの発達障害が認められたという。その内訳は、注意欠陥・多動性障害が49人であったのに対し、自閉症スペクトラム障害は54人もいた。もちろん、重複診断があることは注意しなければならないが、この中で知的障害を伴う子どもは7人しかいなかった。「発達障害だけでは何も起きません」と前置きして、杉山さんはこう語った。
「発達の障害とか凸凹だけでは、触法とか問題行動になることは非常に少ないです。そこに『プラスαの要因』がないといかんのですね。それは何かと言いますと、迫害体験です。過剰な叱責もそうですし、学校でのいじめもそうですね。そういう子ども虐待のような迫害体験が加算された時に、発達の凸凹をもった人っていうのは、非常に調子がおかしくなるんですね」
 調査を行った当時、そのような「発達障害と虐待の関わり」について医学的な見地から指摘したのは杉山医師が初めてだったという。それ以前には誰も着目していなかったのだ。杉山さん自身、その事実に驚いた。

 発達障害をもつ子どもが親からの虐待を受けやすいと言われているのはなぜなのか。子どもが発達障害をもっていることに親が気づかない場合、その子どもは「手がかかる子」とみなされることが多い。自閉症スペクトラム障害の場合、知覚過敏性があるため特定の音や身体の触れ合いを嫌がったりして、「育てにくい子」「我儘な子」とされがりだからだ。また他人の感情を理解したり、共感したりするのが苦手なため、ごく当たり前と思われることがわからなかったり、できなかったりする。親にとって育てにくいだけではなく、親族や教師から「しつけがなっていない」と非難されたりすると、どうしても家庭内で厳しい言葉が出てしまう。そしてそれがエスカレートして身体的虐待に発展してしまうこともあるのだ。


 発達障害があっても、虐待やいじめなどの「プラスα」がなければ、犯罪にはつながらない(ことが多い)。
 でも、発達障害を持つ子どもは、一般的に「育てにくい」ことが多くて、親も苛立ちやすい。
 そして、親もまた発達障害的な素因を持っていることがあり、虐待が起こりやすくなってしまうのです。
 「育てにくいから、虐待していい」ということはありえないのだけれど、「虐待が起こりやすい状況にある」のは事実です。


 著者が取材をした、児童精神科医の宮口幸治さんは、医療少年院でこんな取り組みをしていました。

 宮口さんは、発達障害をもつ子どもは大体、小学2年生くらいからさまざまな不適応のサインを出し始めると言う。
「思いついたことを何でもポンポンと言ってしまうところなどは、1つの特徴ですね。そういうのは、学校教育の中でも学校の先生がすごく困っていることだと思います。授業中でも、私語がポンポン出てしまうという」
 宮口さんは、そんな「困っている子ども」の特徴を6つ挙げる。


1.認知機能の弱さ
2.感情理解の乏しさ
3.融通の利かなさ
4.不適切な自己評価
5.対人スキルの乏しさ
6.身体的不器用さ


(中略)


 宮口さんは、1.の「認知機能の弱さ」を改善することが、発達障害をもつ子どもの生きづらさを解消することになり、ひいては非行を防ぐことにも繋がると主張している。少年院の少年たちは認知機能という脳の働きが格段に弱いことがわかったからだ。人は通常、生活において「見る」「聞く」「触る」「嗅ぐ」「味わう」の五感を通して情報を得る。しかし、この行動の基盤がずれていたらどうなるだろうか。自分は皆から馬鹿にされていると思い込んでいる。自分だけ怒られて腹が立つ。これらの行動の背景には「見る力」(視覚認知)の弱さが考えられる。何度注意しても覚えられない。人の話をちゃんと聞けずにミスが多い。これらの行動の背景には「聞く力」(聴覚認知)の弱さがあることもある。自閉症スペクトラム障害の特徴の1つである「特定の感覚について過敏」という感覚過敏も認知機能の弱さから来ている。
 認知機能が正常に働いていると、五感による情報を正確に認知し正しい行動に移すことができる。しかし、認知機能が弱いと、五感から得る情報は正しく認識されず、自分では間違っていないと思っていても誤った行動に出てしまう。相手が別に睨んでいるつもりがなくても睨んでいるように見えてしまうとか、聞き間違いをして相手が悪口を行っているように思えてしまったりして、トラブルに発展することが多い。


 こういう「認知機能の弱さ(異常)」があると、本人にとっての正しいことが、周囲の正しさとは決定的にズレてしまうのです。
 いくら少年犯罪を厳罰化し、長い間少年院や刑務所に入れても、この認知機能のズレを修正しないかぎり、同じことを繰り返しやすい。
 本人は「正しいこと」をやっているのですから。
 著者は、この認知機能の弱さを改善するトレーニングがさまざまな施設で開発され、取り組みがはじまっていることを紹介しています。


 まだまだ、道のりは遠そうではあるけれど、「反省が足りない」と責めつづけるよりは、ずっと建設的ではあるし、おそらく、教育現場でも広まっていくのではないでしょうか。
 「教科書が読めない子どもたち」をどう教えて、社会に適応させていくのか、というのは、これからの重要な課題になるはずです。


AI vs. 教科書が読めない子どもたち

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