琥珀色の戯言

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【読書感想】ファーストラヴ ☆☆☆☆

ファーストラヴ

ファーストラヴ


Kindle版もあります。

ファーストラヴ (文春e-book)

ファーストラヴ (文春e-book)

内容紹介
父親を刺殺した女子大生は、警察の取り調べに「動機はそちらで見つけてください」と答えたという――。
「家族」という名の迷宮を描き尽くす傑作長編。

夏の日の夕方、多摩川沿いを血まみれで歩いていた女子大生・聖山環菜が逮捕された。
彼女は父親の勤務先である美術学校に立ち寄り、あらかじめ購入していた包丁で父親を刺殺した。
環菜は就職活動の最中で、その面接の帰りに凶行に及んだのだった。
環菜の美貌も相まって、この事件はマスコミで大きく取り上げられた。
なぜ彼女は父親を殺さなければならなかったのか?

臨床心理士の真壁由紀は、この事件を題材としたノンフィクションの執筆を依頼され、取材を始める。
自らも夫とその弟との微妙な関係に悩まされながら、環菜やその周辺の人々と面会を続ける由紀。
そこから浮かび上がってくる、環菜の過去とは?


 第159回直木賞受賞作。
 正直、僕はずっと島本理生さんの作品が苦手だったんですよね。
 最近映画化された、『ナラタージュ』とか、読んでいて、「これは僕に向けて書かれた小説じゃないな。イケメンに限る小説だな」と思っていました。


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 12年前に書いた感想を読み返してみると、記憶にあるよりずっと褒めている感じではあるのですけど。

 で、この『ファーストラヴ』。
 1983年生まれの島本理生さん的には、宇多田ヒカルさんの曲も頭に浮かべていたのではないかなあ、なんて思いながら読みました。
 女子アナ志望の美人女子大生は、なぜ、父親を刺殺したのか?
 そして、彼女のノンフィクション執筆を依頼された臨床心理士・真壁由紀が抱えていたトラウマと、ある男性との因縁とは?


 個人的には、登場人物の名前が覚えにくい小説だなあ、というのが序盤の印象でした。
 とくに、主人公の義弟の義弟の庵野迦葉(あんのかしょう)の「迦葉」が出て来るたびに、「あれ、これどう読むんだったっけ……」と引っかかってしまったのです。さっさと覚えろ、と自分を叱咤したいところなのですが、こんな難読人名にわざわざしなくても……と恨めしく感じてもおりました。

 この『ファーストラヴ』、ストーリーについてあれこれ書くとネタバレになってしまって面白くもないし、「動機はそちらで見つけてください」という容疑者の言葉こそが、この物語の肝だなんですよね。
 ただ、ミステリ、というほどすっきりできる「トリック」があるわけでもなく、背景にあるいろんなものがある程度明らかになった時点で、僕は正直、「えっ?」と思ったんですよ。


 「そのくらいで、こんなことになるの?」


 衝撃的な、読者が「これはそうなるよな……」というような理由や事件があるのではないかと僕は予測しながら、おそるおそる読んでいたんですよ。
 支配的な父親に服従せざるをえなかった娘。そして、娘による父親殺し……ああ、これはあれだよな、ああ、なんか読むのきついな……あれ、これで終わり?


 いろんな意味で、僕は拍子抜けしてしまいました。
 でも、あらためて考えてみると、これを「そのくらいのこと」だと思ってしまう自分が、なんだか恐ろしくなりました。
 人の心って、とくに、子どもとか若者の心って、ほんとうに、傷つきやすいのだけれど、そこで「自分は傷ついている」ということに気づき、それを表明するのは子どもには難しい。
 そして、多くの人は、大人になって、鈍感になってしまうと自分が子どもだった頃のことを忘れてしまい、子どもたちを傷つけてしまう。


 最初は、「このくらいのことで?」と思ったのだけれど、この物語は「このくらいのことで、子どもは傷つくというのを、丁寧に掬い上げて描いた作品」なんですよね。

 子どもに対して完璧に接することができる親というのはほとんどいないと思うし、そういうストレスへの耐性や反応も、子どもそれぞれ、ではあるのです。


 向田邦子さんや阿川佐和子さんがエッセイに書いている「父親のこと」を読んでいると、時代を考えれば「虐待」までは言えなくても、厳しいというより、独善的で支配的な父親であり、今の感覚でいえば、「毒親」に属するレベルでしょう。
 にもかかわらず、彼女たちは立派に成長し、すぐれた作品を生み出してきましたし、人間的にも、歪みは目立っていません。
 「ものを書きたくなる」という時点で、ある種の「歪み」を抱えていたのかもしれませんが、阿川さんには、お父さんの弘之さんが、ときどき「指導」もしていたそうです。
 良くも悪くも、親の影響を消すのは難しい。


 カウンセリングって、そんなにうまくいくものなのか?と疑問に感じるところはあったし、なんとなく「寸止め感」があるのですが、「そのくらいのことで、ここまでの結果になるものなのだろうか?」という「もどかしさ」こそが、たぶん、この小説の要所なのでしょうね。
 人が人を許すのは、本当に難しい。


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ナラタージュ (角川文庫)

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