琥珀色の戯言

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【読書感想】テレ東のつくり方 ☆☆☆☆

テレ東のつくり方 (日経プレミアシリーズ)

テレ東のつくり方 (日経プレミアシリーズ)


Kindle版もあります。

テレ東のつくり方

テレ東のつくり方

内容(「BOOK」データベースより)
独自の道を行くのは、報道番組だって同じです!ガイア、カンブリア、ジパング…おカネも人手も足りなかった逆境のテレ東・報道局は、なぜ名物番組を生み出せたのか。「番組タイトルをめぐる果てしなき闘い」「意外な出演者候補を、他局で出待ち」「ラテ欄マーケティングする」など、制作の舞台裏、奮闘の軌跡を、3番組すべてにかかわった著者が打ち明けます。


 制約を逆手にとって、個性的な番組をつくり続けているテレビ東京。『ガイアの夜明け』『カンブリア宮殿』『未来世紀ジパング』の3つのビジネス番組は、局の看板的な存在です。
 僕からみると、「同じようなビジネス番組が多いな」という感じではあるのですが、つくっている側からすると、ちゃんと差別化しなければならないので、けっこう大変みたいです。
 この本は、その3番組のすべてで、ディレクター・プロデューサーとして重要な役割を果たしてきた方が書いたものです。

 1991年1月17日、突如クウェートに侵攻したサダム・フセインイラクに対して、アメリカを主力とする多国籍軍がミサイル攻撃を始めました。今では教科書にも載っている「湾岸戦争」の勃発です。
 このとき、各局が戦争報道一色になる陰で、別の意味で注目を集めたのがテレビ東京でした。当時のチャンネルは12。世界的ニュースが起きた夜、ゴールデンタイムに日本のテレビ各局がこぞって報道特番を編成する中、テレ東は夜7時からレギュラー番組の「楽しいムーミン一家」を放送したのです。
 戦争の裏でアニメ、ムーミンです。期せずして高視聴率(18.1%)を取り、かなり話題となりましたが、当時の世間の評価は、数字とはちょっと違う、微妙なものでした。
「戦争という一大事にムーミンを流す放送局」「どんなに大ニュースがあっても我が道を行く(しかない)報道機関」「さすが番外地」……。
 半ば嘲笑とともに語られるようになる、「テレ東伝説」の誕生でした。当時大学4年生で、就職が内定していた私も、同好会の仲間が「テレ東らしい」と話題にするのを聞いてしまい、ちょっと複雑な思いでした。
 2ヵ月後、私は、そのテレビ東京に入社しました。さらに1年後には、「報道局」配属となりました。当時のテレビ東京報道局は、小池百合子さんがキャスターを務めるワールドビジネスサテライトWBS)も始まって3年、前向きな雰囲気がありました。
 しかし、「湾岸戦争ムーミン」の話題は、思っていたよりもタブー扱いになっていました。報道局にしてみれば、世界的ニュースの勃発は、その実力の真価が問われる舞台。実際、テレ東報道局も数名の記者を湾岸地域に派遣していました。
 ところが、開戦とともに各局が緊急報道特別番組を大展開する中、テレ東の報道局はゴールデンタイムでは出番がなく、アニメが流れるのをほぞを噛んで眺めるしかなかった、といったところでしょうか。


 僕はあの「湾岸戦争のときにムーミン」というテレビ東京の番組編成は、確信犯的というか、わざと狙ってやっているものだと思っていました。戦争報道特番を観たくない人たちもいるでしょうし。
 でも、テレビ東京の報道局にとっては、「屈辱」ではあったみたいです。まあ、そりゃそうだよね。全く報道番組をやっていない、というわけでもないのだから。
 ただ、こういう逆境が、のちに『ガイアの夜明け』をはじめとするビジネス番組でや選挙特番での「池上無双」といった「独自の切り口」を生み出していくことにもなったのです。
 他の局に比べて、予算も人も足りないことが、「どうやったら観てもらえるのか」を考え抜く習慣につながっていきました。
 

 番組開始直後は、なかなか視聴率が上がらずに苦しんでいた『ガイアの夜明け』なのですが、その後、独自の視点のビジネス番組としての地位を築いていきました。
 その一方で、2008年のリーマンショックの影響もあり、経済番組は軒並み視聴率が下がって苦戦していたそうです。『ガイアの夜明け』も、「激安」をテーマにして視聴者にアピールすることが多くなっていきました。

 リーマンショックの激震が収まらない2009年の年末に、帽子屋を営む妻の実家に帰省したときのことです。江戸時代から続く老舗で、問屋から仕入れた良質な帽子を販売し、根強いファンがいました。ところが大不況が直撃していました。切り盛りしていた義母が、目に涙を浮かべながら、こんな話を私にします。
「お客さんがそろいもそろって、『安くして』って言ってくるの。値段だけでするような商売をしてきたつもりはないから、本当に悔しい。本当はこう言い返したかったわ。『安く安くって、やっていったら、そのうちあなたの亭主の給料に跳ね返ってくるわよ』ってね」
 このとき、私はハッとしました。番組で激安を賞賛している面があったかもしれない。こう省みると同時に、地方の帽子屋のおばあさんが、経済の原理を見事に突いている、と思ったのです。
 義母が案じた通り、と言っては持ち上げすぎかもしれませんが、日本経済のデフレの連鎖=デフレスパイラルはその後も続き、アベノミクスでようやく脱したか、という状況なのはご存知の通りです。
 2010年、消費者は安いものを求め、供給側はそれに対応し、利益を減らして、結局、お父さんの給料が下がっていく……こんな状況が進行していきました。
 ガイアのラインアップも、消費者サイドと激安供給サイドに依拠した価格経済ネタがどうしても増えていきます。


 僕はこれを読んで、あの頃、消費者もマスメディアも、ひたすら目先の「激安」を追い求めていたことを思い出しました。
 安いものしか売れなくなれば、値は張るけれども質の高いものを生む技術は失われていくし、働いている人たちの給料も上がりません。そういうことをしっかりとメディアが伝えていけば、日本の経済は、今とは違う場所にたどり着いていたのではなかろうか。
 あくまでも、可能性の話だけれど。


 『カンブリア宮殿』での村上龍さんについて。

「想定質問」を練るために、インタビューする相手のことを徹底的に調べ上げる。これが村上龍さん流です。きめ細かく周到なのです。ここまでのメモをまとめている人は初めて見ましたし、もちろん自分が取材、インタビューするときに、ここまでは徹底できていませんでした。
 そのポイントは何か、村上さんがご自身で「聞く極意」をまとめた本(『カンブリア宮殿村上龍の質問術』、日経文芸文庫)から引用させていただきます。

 何よりも準備が必要だ。……著書があれば読み、ブログがあればそれも読んでおくのが望ましい。……その会社にとって、徹底的に資料を読み込んでおくことが必須となる。


 通常、龍さんをもとにした打ち合わせは、3時間近くみっちりやります。ゲストに「どう聞くか」を延々と練るのです。
 そして、収録当日も、それぞれの回で、今度は小池栄子さんも交えて、1時間近く打ち合わせを行います。村上さんは、前日の打ち合わせ後、ゲストへの質問を考え続け、当時地になって、「やっぱりこう聞きたいですけど、いいですか?」などと修正を加えていきます。聞き手としての責任感がなせる業だと思いますが、質問に対するこの執念、粘りはすごいです。
 さらに、村上さんに連れ添って10年以上の小池栄子さん。女優としてますます活躍中の彼女も、これまた鋭いのです。素朴な視点から制作陣に質問したり、村上さんが行きすぎていると思ったときには疑問を呈したりします。雰囲気を読む達人で、例えば私などが単刀直入に村上さんに疑問を呈すると気まずいだろうなといった場面で、先回りして、「龍さん、元の質問のほうがわかりやすいんじゃないですかね」などと、さり気なくフォローしてくれたりします。
 たかが質問、などと思うなかれ、画面に見えないところ、舞台裏で、このようにかなりの準備をし尽くしたところで、ようやくスタジオの近未来風宮殿セットにゲストを迎えるのです。


 忙しいだろうし、本番直前に台本を渡されて司会をやっているだけなのだろうと思い込んでいましたが、村上龍さんは、毎回、ここまできちんと準備段階から番組作りに参加しておられるんですね。
 小池栄子さん、この番組で、こんなに賢明な人だったのか、と僕も何度も感心したのです。あえて、村上龍さんが知り過ぎて、踏み込みすぎてしまっているところを、視聴者にもわかりやすく引き戻す役割を担っているのだなあ。


 「番外地」ならではの工夫が賞賛されることが多いテレビ東京なのですが、低予算、人手が少ないなかでヒットする番組をつくれるのは、アイデアだけでなく、タレントも含めて、それぞれのスタッフが丁寧に仕事をしているからでもあるのです。


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