琥珀色の戯言

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【読書感想】偏差値好きな教育“後進国”ニッポン ☆☆☆


Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
海外の学校から、日本の教育の次の一手が見えてくる。必ずしも教科書を使わなくてもよいフィンランド、学校外の大人が「いじめ問題」にかかわるフランス。日本は世界を手本に、自分の頭で考え、行動できる、いわゆるアクティブ・ラーニングを掲げているが、あまり進んでいないのが実態だと言える。時代の変化に応じて求められる教育の姿を海外の現場から探り、次世代の教育のありようを考える。


 このタイトルをみて、「ああ、日本の教育はダメだ、外国の『子供たちに自分で考えさせる教育』を見習え!」という本なんだろうな、と思ったんですよ。
 しかしながら、この本の序章で、池上彰さんと増田ユリアさんは、こう仰っているのです。

増田ユリア:日本の教育は、教科をなんでもプログラム化してきっちり教えます。そしてそれが今の日本をつくり上げたとも言えるのです。日本に住む多くの人たちの平均的な学力を上げてきたわけですから。だから一瞬にどちらがいいとか悪いとは言えませんが、教育の向きにも得手不得手はあります。


池上彰私が小中学校に通っていたときに受けていた全国学力テストの結果は、都道府県や地域による差が大変大きかった。都会は学力が上で日本海側や東北は学力が低くて、格差がすごくあったんです。ところが最近は都道府県や地域による学力の差はほとんどない状態になっている。一億以上の人口がある国で全国津々浦々どこであっても子どもが一定の学力をつけることができたという点では、日本の教育は大成功ですよ。


増田:世界的に見たら、日本の教育は全然遜色ありません。


池上:日本の教育はおかしい、問題があると、日本では多くの人がよく言うのですけれど、そう思い込んでいるフシがあります。だから、日本の教育はすばらしいという本を出しても売れそうもない。危機だ、危機だと煽った方が評判になる(笑)。


増田:特に政治家が、自分の理想通りになっていないと嫌なのかもしれません。


 日本の教育には、良いところがたくさんあるし、外国の教育が、必ずしもすべて正解で、うまくいっているともかぎらない。
 この本では、フランスとフィンランドで増田さんが取材した教育の現状が紹介されています。
 

池上:海外の教育現場の取材をしていると、何か感じますか。


増田:どこの国も子どもは全然変わらないということです。


池上:それはそうですね。みんな、勉強より遊ぶ方がたのしいし、好きです。最初から勉強が好きなんて子がいるわけがない。


増田:そうなんです。だから私は取材をするようになって、学力が高いフィンランドの子たちはすごく勉強をしているんじゃないか、先生も特別な授業をしているんじゃないかと思っていたのですけど、それが全部幻想だっていうことがわかったんです。


池上:フィンランドを見ると、先生の授業自体は、日本の先生と大して変わりはないですね。ただ一番違うのは、クラブ活動や課外活動、そういうことは先生が担当しなくてもいい。その分、先生にゆとりがあるとは思いました。


増田:フィンランドの先生たちは授業に集中できるんですよね。でも、本当に日本の先生たちもよくやっていると思います。それでも差異も確かにあるんです。フィンランドは、教科書もマストアイテムではないわけですよね。使っても使わなくてもいい。あとは教師の裁量にまかせるということになっています。だから余計、教師の力量を試されるところがある。


池上:アメリカの教科書って分厚いですよね。要するに読んでいるだけで理解できるようになっている。それは先生を信用していないからなんです。アメリカの学校の先生は社会的に地位も低いし、給料も10か月分しか出ません。7月、8月は教えていないから給料がないんですよ。だからレベルの低い先生も多い。それで、そういう先生に教えられたとしても、教科書さえきちんとしていれば、生徒が読んで理解できるだろうと、厚くなっている。それに比べると、日本の教科書は薄いですね。教科書をもとに先生がいろいろ教えられるようにしてあるんです。日本の義務教育のレベルは世界トップレベルですから、もっと自信を持った方がいいと思います。


増田:そうなんですよ。海外の教育がすごいことをしているかというと、別に特別に優れたことをしているわけではないんです。最近、ドイツへ行って、政治の授業などを見ても、私と教え方はそんなに変わらないと思いました。教材が模擬選挙の結果だったりして、それはうらやましい思いで見ていましたけれど。しかし、そこで教えられていることはそんなに日本と変わりません。例えばドイツの選挙の仕組みはどうなっているのか。では、前回よりも議席が増える超過議席というのは何かと。それを生徒たちに発表させる。日本の授業と違いはないです。


 このあと、池上さんは、アメリカの超名門・ハーバード大学で日本の政治史の講義を聴いていたら、たいした内容じゃなくて驚いた、という話をされています。
 海外の教育が紹介される際には、そのなかでの上澄みというか、特にすぐれたものだけが紹介されがちで、平均的なレベルは日本も遜色ない、もしくは、日本のほうが良いところもたくさんあるのです。
 日本で行われている面白い授業を集めて採りあげれば、「こんなすごいことをやっているのか」とみんな感心すると思います。
 自分が子どもの親として小学校に30年ぶりくらいに行ってみて驚いたのは、もちろん、30年前と同じところもあるのだけれど、授業の内容は確実に進化しているし、学校も変わっている、ということなんですよね。
 「だから日本の学校教育は……」と批判する人は、自分が受けた授業の記憶と比較して語っていることが多いのです。
 日本国内でも、学校や先生による差が大きい、というのは、間違いないのですけど。


 第1章では、フランスの「いじめ問題」への取り組みについて紹介されています。
 「いじめ」は日本の専売特許ではないし、今、突然起こってきた問題でもない。
 この本のなかでは、日本のいじめが統計的には増加傾向にあるわけではないことも紹介されています。
 フランスでは、親や学校関係者の他に、警察官が直接子供たちに授業をしたり、地域の人たちが「監視員(というと、なんとなくイメージが悪いですが、子どもたちの日常を見守る地元の有志)」として参加していたり、ボランティアの若者たちが「人権」について、子どもたちに教えたりもしています。
 だからといって、いじめがなくなるわけではないのだけれど、より多くの大人が子どもたちに関わり、相談しやすい環境をつくろうとしているのです。日本では、学校は内向きになりがちで、親たちも「学校まかせ」になりやすいですよね。

 フランスでは、警察官と子どもたちがバカンスごとに一緒に遊ぶ機会がつくられているそうです。

——警察官と子どもたちが一緒に遊ぶ……、いったいどういう活動ですか。


 エムシアディ巡査「参加資格は8歳から17歳の子どもなら誰でもOK。季節ごとの短い休暇や7〜8月の夏のバカンス時期を利用して、スポーツ競技場などがある大きな公園で、サッカーやバスケット、ローラーブレードなどを一緒に楽しむというイベントです。参加費は無料で、現地集合・現地解散。お昼から夕方までの日帰りの活動で、ランチとお菓子もついてきます。われわれ警察官もTシャツなどの私服姿で、子連れで参加する人も多い。私も娘を連れていきます。地域の子どもと顔見知りになり、楽しく一緒に時間を過ごすことで、子どもとの距離がグッと縮まり、お互いに話しやすくなるんです」
 

——1回の参加人数はどのくらいですか。


 エムシアディ巡査「子どもは、だいたい150〜200人程度で、8〜10人の子どもに対し、最低一人の警察官がつきます。また、「アニマター」という子どもに接する仕事の資格をもった人も10人程度参加します。広告を学校に出し、希望者は警察に来て申し込みをします。その際、保護者の承諾書、健康診断書、住民票、健康保険証が必要です。一度参加するとリピーターになる子も多い。楽しいし、親しくなれるし、いいことずくめです。
 マチュー巡査長「こうして人間関係をつくり、何か困ったことがあったときに「あっ、あのときの警察の人に相談してみよう」と思い出してもらえるような存在になっていきたい。信頼関係づくりに、直接のふれあい以外に勝るものはないと思います。地道だけれど、確実な方法だと信じています」


 近所付き合いとか人間関係って、煩わしいと僕などは思いがちなのだけれど、そういう「ちょっとめんどうなこと」が、今の時代でも、いや、今の時代だからこそ、いちばん「確実な方法」なのかもしれませんね。
 

 日本の教育のレベルはけっして低くはないのです。
 ただ、学校の先生たちや「教育関係者」にばかり、負担をかけすぎているのではないか、とは思うんですよね。
 それは、子どもたちにとっても、先生たちにとっても、親やまわりの大人たちにとっても、リスクが高い。
 日本は、「道徳教育」よりも、もっと教育にお金と人的資源を投入するべきだと僕は考えています。
 それは、国全体にとっても、いちばん効率が良い「投資」になるはずだから。


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