琥珀色の戯言

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【読書感想】いじめを生む教室 子どもを守るために知っておきたいデータと知識 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
「いじめ問題」を解決するために必要な知識とは何か。連日のように悲惨なニュースが報じられ、そのたびに多くの議論が交わされるが、その中には具体的な根拠に欠ける当てずっぽうな「俗流いじめ論」も少なくないと著者はいう。一方で、メディアには取り上げられずとも、いじめが社会問題化して以来30年以上にわたり、日本でも世界でも数々の研究が行なわれ、多くの社会理論が磨かれてきた。本書では、そうした数多くの研究データを一挙に紹介しつつ、本当に有効ないじめ対策とは何かを議論する。いじめ議論を一歩先に進めるために、必読の一冊。


 メディアでは、いじめで子どもが自殺した、というニュースは大きくとりあげられます。
 亡くなった子どものことや、いじめの様子についての映像が流れ、悲痛な顔で司会者やコメンテーターが「子どもの心の闇」とか「現代社会の問題」などを語るのですが、結局のところ、誰かが死なないとニュースにはならないし、いじめっていうのは、人間の集団には避けられない現象なのかな、と暗澹たる気持ちにもなるんですよね。

 著者は、そんな「いじめが一定の確率で起こる悲劇として消費されること」に徹底的に異議を唱えているのです。

 自分が小中学生だった1980年代後半頃から90年代前半、テレビで繰り返し取りざたされていたいじめ問題。その頃、子どもだった私は毎日いじめられ続けていたので、いじめ報道をかじりついて見ていました。そして落胆していました。
 テレビは、学校にいない大人が、学校にいない大人に向けて番組を作っています。だから、「学校ではこんなひどいことが起きているんですよ」と大騒ぎするけれど、現に学校に行きたくなくて休んでいて、そのうえでテレビを見ている自分のような子どもには、役立つ情報が何も提供されていなかったのです。
 日本では、1980年代からいじめが社会問題化しています。しかしその間、メディアの報道は、ほとんど進歩してきませんでした。
 一方でメディアには取り上げられずとも、日本でも世界でも、30年以上にわたって、数々のいじめ研究が行われてきました。海外でもいじめ現象はあり、その国ごとの研究が行われていますし、国際比較を行っている研究もあります。統計学的なアプローチを採用する研究もあれば、実際に行われている先進的な授業などを分析する研究もあります。正直なところ、いじめ研究はまだまだ発展途上ですが、それでもいじめについては、色々なことがわかってきているという事実があります。少なくとも、テレビでなされている素人談義よりは、はるかに有意義な調査結果が蓄積されています。
 例えば、どんな種類のいじめが日本では多いのか。どんな場所でいじめが発生しやすいのか。「いじめが起きやすい教室」と「起きにくい教室」の差は何か。いじめを受けると、その後の人生にどういう影響が出てくるのか。いじめ対策には、どのようなアプローチが有効なのか。様々なデータがとられ、いくつもの社会理論が磨かれてきました。
 調査だけではありません。様々な現場で、いじめ問題解決するための取り組みが行われてきました。各現場でのチャレンジは玉石混交ですが、有意義な実践例も少なくありません。
 しかし残念ながら、そうした知見は、まだまだ教育現場全体、メディア、行政などで共有されていません。


 著者は、大津市で起こったいじめ事件の報道をみて、このことを痛感し、「いじめナビ」の活動で、さまざまな関係者との情報共有を続けているのです。
 「いじめについて書かれた多くの本を読んできたが、データをもとに対策を語っている本はごく少数で、思いつき、当てずっぽうな教育談義も少なくない」とも述べています。
 データを紹介する本より、センセーショナルないじめ体験談や有名人の突飛な教育論のほうが「売れる」のです。
 いじめを失くそう、減らそうと地道に研究をしたり、データを集めたりしている人はけっこういるのに、現状では、そのデータが現場に活かされているとは言えない、というのが現状なんですね。


 著者は、まず最初に「いじめは増えているのか」について考察しています。これを読んでいて思うのは、統計的なデータの取り扱いは難しい、ということなのです。
 同じデータでも、解釈のしかたや見せかたによって、読者に与える印象は全く違ったものになるのです。
 ちなみに、さまざまなデータから、いじめやいじめによる自殺は昔からあって、最近になって急に増えたわけではない、と著者は考えているようです。

 増減について確定したことは言いにくい。ですが、これだけは言えます。現代は、「いじめが増加した社会」なのではなく、「いじめが問題視されるようになった社会」なのです。これ自体はとてもいいことです。


 この本を読んでいて感じるのは、データに基づいた対策というのは、まずは「当たり前だと思っていることを、それが事実かどうか、ちゃんと確認する」ところからはじまるのだ、ということなんですよ。
 日本の学校で、いちばん「いじめ」が起こりやすい場所って、どこだと思いますか?
 答えは「教室」なのですが、「まあそうだろうな」と、これを読んでいる人は感じたのではないでしょうか。
 「いじめは教室で起こりやすいのは当たり前」と考えてしまうのですが、イギリス、オランダ、ノルウェーでは、校庭でのいじめが多いそうなのです。日本では授業のあいだの休憩時間も含めて、教室にいなければならない時間が長いため、教室でのいじめの割合が高くなるのですが、アメリカでは教科ごとに生徒が教室を移動するため、教室でのいじめは少なく、廊下やロッカーの前、スクールバスでのいじめが多いのです(ハリウッド映画では、ロッカーの前でのいじめの描写をよく見ますよね)。イギリスでは、校庭で過ごす時間が長いため、校庭でのいじめが多くを占めているのです。
 学校のシステムや環境を変えることによって、いじめも変わってくる、ということなんですね。
 教室でいじめが起こるのは、教室にいる時間が長くなりがちな日本の学校のシステムに伴うものだとも言えます。
 教室を重点的にマークしたり、休み時間に教室外で過ごせるようにしたりすれば、教室でのいじめを減らせる可能性があるのです。
 

 いじめの被害者は「親や先生が介入すると、いじめがひどくなるのではないか? これは、子どもたちの問題ではないか?」と悩んでしまいがちですよね。
 それについても、著者はこんなデータを紹介しているのです。

 残念ながら、現実には、放置されてしまっているいじめが多く存在します。そもそも、いじめがあった時に先生が対応してくれた、という人の割合は、1990年のデータ(森田洋司ほか『日本のいじめ』金子書房、1999)だと、4割ちょっと、となっています。つまり6割近くの教師は、相談を受けても対応してくれない、いじめの存在に気がついていないということです。
 一方で、教師に相談した場合に、「いじめは少なくなった」「いじめはなくなった」という割合は、大体6割強になっています。そして、「変わらなかった」が28%、「ひどくなった」は6%ということになっています。このデータを見ると、教師が介入することによって、いじめはマシになる可能性が高い、ということが言えます。「教師に言うと悪化する」というイメージも強くありますが、相談を促すことには一定の合理性があるわけです。


 データに基づいてこう言われれば、「相談したほうが良さそうだ」と思いますよね。
 大人の側が「いじめをいじめと認識してくれない」という問題はあるとしても。

 2012年、いじめ防止対策推進法が議論されようとしていた際、当時の文部科学副大臣が、警察OBや武道の先生など、「怖い先生」を各学校に配置しよう、という趣旨のことを就任時の会見で発言しました。文部についての科学的理解の乏しい人が、いじめ問題についてリーダーシップを発揮してしまうと、こうした「暴言」が吐かれがちです。
 三島美砂ら「学級雰囲気に及ぼす教師の影響力」(教育心理学研究、2004)では、楽しい授業や相談の受け止め、わかりやすい授業や納得のできる叱り方が行われている教師のもとでは、いじめが少なく、学習意欲や満足度が高く、互いを認め合うクラスづくりが行われるという研究結果が出されており、一方で「怖い」「たくましい」先生を配置しても、クラスの規律づくりには影響がなく、また、言うことを聞かないと罰を与えるという教師の下では、むしろ生徒の反抗的な態度が促進されることが指摘されています。


 力で押さえつけようとするよりも、充実した学校生活を送れるような環境づくりのほうが、いじめ防止には効果的なのです。
 あらためて、学校の先生というのは、大変な仕事だな、とも思います。


 ちなみに、この本のなかでは、「ネットいじめ」についての現在の知見も紹介されています。

 まず一つ明らかにしておきたいのが、いじめられている人のうち、ネットいじめ「だけ」を受けているという人は、そうではない人と比べて圧倒的に少ない、ということです。これは、先に示した大津市のデータでもそうでしたが、他の調査でも同様の傾向が出てす。
 ネットいじめを受けている人は、その大半が、リアルな空間でもいじめを受けていることがわかっています。つまり、「ネットによって新しいいじめが生じた」のではなく、教室での人間関係がネット空間にも持ち込まれることによって、いじめがより広く展開されている、というのがネットいじめの正しい認識ということになります。逆に、学校では普通に仲良くしているのに、帰宅した途端、毎日「死ね」というメッセージが送られてくる、というケースは考えにくいでしょう。
 このように、ネットいじめは実際の教室と地続きであるがゆえに、「ネットいじめだけ」の対処をしても仕方ありません。学校などでのリアルないじめの対処をすることが、ネットいじめの対策にもなっていくということが言えるのです。


 精神論をいくら積み重ねても、目に見えるような効果はみられないことは、これまでの実績からも明らかです。
 環境や仕組みを変えること、効果的な対策を周知することの重要性をデータをもとに、わかりやすく教えてくれる、有意義な本だと思います。

 
stopijime.jp
fujipon.hatenadiary.com

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