琥珀色の戯言

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【読書感想】辺境の怪書、歴史の驚書、ハードボイルド読書合戦 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

内容紹介
常識が覆され、新たな知が拓かれるガチンコ読書会! 「面白い本を読んだら誰かと語り合いたい」から始まった、辺境ノンフィクション作家と歴史家の読書合戦。意図的に歴史と文字を捨てた人々『ゾミア』、武士とヤクザが渾然として一体だった時代の『ギケイキ』、キリスト教伝道師をも棄教させた少数民族『ピダハン』……。古今東西の本を深く読み込み、縦横無尽に語り、通説に切り込む。読書の楽しさ、知的興奮、ここに極まれり!


 ノンフィクション作家・高野秀行さんと歴史家・清水克行さん。お二人には、現代のソマリランド室町時代の日本の類似点について語り合った『世界の辺境とハードボイルド室町時代』という対談本があるのです。
 その二人が、今回は、世界の「辺境やその歴史」の本への対談形式の書評を上梓されています。
 冒険とか探検、歴史に興味がない人にとっては、「何なんだこのマニアックな人たちの話は……」という感じなのかもしれませんが、高野さんの本を長年読んでいて、「探検・冒険本」や「歴史」好きの僕にとっては、すごく面白い対談でした。

 それにしても、二人にとっては、なんとコストパフォーマンスの悪い対談本なのだろう!
 いくら興味がある題材とはいえ、1回の書評対談のために、イブン・バットゥータ著の『大旅行記』(抄訳が『三大陸周遊記』)全8巻を完読し、付箋をつけて……という気が遠くなるような作業をやるのはすごすぎる。

 世界史の教科書に出てくるような本ですから、アカデミックな旅行記なのだろうな、と思い込んでいたのですが、お二人が紹介している、この本の内容にも驚かされます。

高野秀行インドでは入国のとき「永住」が条件になるというのも面白かった。そんなイミグレーション、初めて知った(笑)。


清水克行:入国した以上は、王様の人徳の前にひれ伏して政府の構成員になる。イブン・バットゥータは8年間、法官として仕えますけど、その間に王様から下賜されたものは基本的にインド国内で消費しなくちゃいけなかったんでしょうね。


高野:そのインドの王様スルタン=ムハンマドムハンマド=ビン=トゥグルク)は、この本に出てくる人たちの中で最高のキャラですよね(笑)。


清水:名脇役ですよね。「この王は、人に恵みを与えることを誰よりも好まれ、[時にまた他人の]血を流すことを最もお好みになっていた。従って、彼の門前からは、金品を恵まれた乞食たち[の列]が絶えず、時にまた、生ける命を絶たれた者たち[の死体]が絶えなかった」と書かれている。尋常じゃないですね。


高野:振れ幅がめちゃめちゃでかい。


清水:ある日、イブン・バットゥータが宮殿に出かけると、地面に白い塊のようなものが落ちていて、「これは何か」と周囲に尋ねると、「それは三つに切断された男の胸の部分です」。


高野:宮殿の門前に処刑された死体が投げ出されているんですよね。


清水:もうやめてくださいっていうぐらい残虐な刑罰がいっぱい出てくるんですが、なかでも、このスルタンの得意技は、生きたままの人の皮を剥いで、皮にわらをつめてさらすという刑で、何度もやってますよね。日本ではケガレ観念のほうが強くて、こういう惨酷刑は発達しないでしょう。
 あと、首都デリーの住民が彼を批判する紙片を宮殿に投げ込んだら、住民をみんな強制的に引っ越しさせて、都を破壊しつくすじゃないですか。


高野:首都をダウラト・アーバード(ダウラタバード)に移転してしまうんですよね。


清水:しかも、やることがすさまじくて、「残っている者すべてを捜し出すべし」と命じて、路地で見つかった乞食らしく二人のうち、一人を大型の石弩砲(マンジャニータ)でぶっ飛ばし、もう一人をダウラト・アーバードまで40日かけてひきずっていくように命令する。そして、廃墟と化したデリーの町を宮殿の屋上から眺めて、「ああ、これでやっと、わしの気分も落ち着き、せいせいしたわい!」と言う。

清水:それにしても、イブン・バットゥータは、狭義のイスラム世界を出ていってから解放感に浸り切ってますよね。インドから中国に向かう船を手配するときは、女奴隷と一緒だからという理由で個室を要求するし。


高野:そうそう。


清水:中国行きをやめた後、モルディブに行きますけど、そこでも四人の妻と数人の女奴隷と暮らしているんですよね。順繰りに夜を約束した妻とともに寝るのが習わしだったと自慢している。


高野:モルディブでは宰相から女奴隷をもらうじゃないですか。そのとき宰相の従者に「マルハタ出身のほうがよかったら、そうするけど」って言われて、「マルハタがいい」って即答するんですよね(笑)。


清水:そう(笑)。その前に、マルハタの女性は性行為にかかわるさまざまな秘技をもっているという記述が二度も出てくるから、よほど気に入ってたんでしょうね。とにかく、この人、モルディブが好きですよね。文章も生き生きしている。


高野:人々はきれい好きで、街路も清潔だったみたいだし、女奴隷のことは別にしても、モルディブって、昔からリゾートアイランドたんですね(笑)。


 全8巻の大著なのですが、けっこう俗なことや生々しい話も書かれているんですね『大旅行記』って。
 このインドの王様の話とか、ガルシア=マルケスの『族長の秋』かと思いました(『族長の秋』はフィクションであり、『大旅行記』のずっと後に書かれたものなのですが)。
 考えてみれば、『源氏物語』だって、現在の感覚でいえば、不倫あり、幼女趣味あり、オカルト(怨霊)ありと、問題行動がたくさん描かれているわけです。『万引き家族』どころじゃない。
 そういう「あけすけさ」もまた、古典の魅力なのでしょう。
 しかし、イブン・バットゥータモルジブで羽目を外しまくっていたエピソード、教科書にはちょっと載せられないですよね。

 
 また、『世界史のなかの戦国日本』という本についての対談では、こんな話も出てきます。

高野:この本には、イエズス会フランシスコ・ザビエルが日本に向かっているときに書いた手紙のことも出てきますよね。その中に、中国人の船に乗せてもらったけど、彼らはあちこちの島に寄るし、くじを引いた結果、よい託宣が得られなかったので航海を延期して中国で越冬するとか言い出したとあって、ザビエルのイライラした気持ちが伝わってくる。
 その怒りが現在のバックパッカーとそっくりなんですよね(笑)。海外で乗り合いバスに乗ったら変な所に連れていかれちゃって「ふざけんなよ、こいつら!」「ああ、もう、なんでこんな所に来ちゃったんだろう」って怒るのに似ている感じで。


清水:高野さんも読んで感情移入しちゃったんですね。ザビエルもイエズス会の船団を仕立ててやってきたわけではなくて、当時のシナ海交易ルートに乗っかってきただけですからね。その結果、右へ左へと引っ張りまわされている感じ(笑)。


高野:そう。ほんとバックパッカー的な苦労なんですよね(笑)。


清水:ザビエルの手紙をずっと読み進めていくと、途中かなりアジア人に絶望しているんですよ。そんな中、マラッカで初めて出会ったまともな人がアンジローという日本人なんです。彼はとても好奇心が強くて勤勉で、よい習性とすぐれた才能を発揮する。ポルトガル語も8ヵ月で習得したと書かれている。それもあって、ザビエルは日本に行って布教をしようと思い立つんです。


高野:そこもバックパッカーに似てますよ。旅先で出会った人と仲良くなって、その人の国へ行ってしまうなんてよくありますからね。


清水:ああ、でも、それで言うなら、アンジローは薩摩(鹿児島)で人を殺したお尋ね者だったから海外に逃げてきたということがのちに明らかになって。実はアンジロー、けっこうクズなんですよ。


 この対談を読んでいると、歴史というのは、自分と同じような弱さや情けなさを持つ人間によってつくられてきたんだな、と、ちょっと安心するところもあるんですよね。
 もちろん、フランシスコ・ザビエルの行動や洩らしている本音がが現代のバックパッカーと似ている、とはいっても、その苦労は比べものにはならないとは思うけれども。


 こういう「偉大な旅行者たちの意外な一面」を紹介するのが主目的の本ではないはずなのですけど、そこが面白くて。
 「辺境」と呼ばれている地域や、歴史の中心ではなかった場所で、人々はどう生きてきたのか、「文字を使わない」ことには、必ずしも「未開」を意味するわけではなく、大国の支配を避ける、というような「戦略的な選択」だったケースもあるのではないか、という話も出てきます。
 正直、出てくる本のスケールが大きすぎて、自分でも読んでみよう、というよりは、お二人の対談で、そのエッセンスがわかってよかった、という気持ちになってしまうのですが(アカデミックな本だけではなくて、町田康さんの『ギケイキ』という源義経を描いた作品も紹介されています)、高野秀行さんの著書や旅行記、探検記好きな人なら、楽しめる書評対談だと思います。
 かなり「辺境的なジャンルに特化した書評本」なのだけれど、こういう本を愛好する人って、けっこう多いみたいなんですよね、僕もそのひとりなのですが。


fujipon.hatenadiary.com

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