琥珀色の戯言

【読書感想】と【映画感想】のブログです。

【読書感想】そこらじゅうにて 日本どこでも紀行 ☆☆☆


Kindle版もあります。

内容紹介
退屈な毎日を抜け出して、どこか別の世界へ行ってしまいたい! だから今日も旅に出る――。本州の西の端っこに見つけた〝ハワイ〟。絶対撮影禁止のご神体の、意外すぎる姿。何の変哲もないところが、変哲な湖……。「異世界への入り口」は、いつもちょっとだけおかしい。そして、そこらじゅうにある! まだ知らぬ日本を味わいつくす、爆笑旅エッセイ。


 「爆笑旅エッセイ」というほど、爆笑でもないような……どちらかというと、ところどころで、「フフッ」と、顔がついほころんでしまうくらいの旅エッセイです。これはまさに「宮田珠己さんのひとり相撲芸」みたいなもので、読んでも、「ここに行ってみよう!」と思うようなところは、あまりないんですよね。だから、旅行ガイドとしては今二つくらいなのですが、ちょっとした隙間時間に読むにはちょうど良い、という感じです。
 もちろん、それが悪いというわけではなくて、僕などは、重い内容の本を読んでいるときの気分転換に、大変重宝しています。
 とはいえ、長崎のランタンフェスティバルは近いし一度くらいは行ってみようかな、と思ったり、軍艦島ツアーは、船酔いキングの僕にはちょっと厳しそうだ、ということがわかったりと、いろんな発見もあったんですよね。

 軍艦島行きのツアーボートは揺れに揺れた。
 あらかじめ、ジェットコースターのような感じです、とは聞かされていたが、さすがのジェットコースター好きの私も、この船には酔いそうだった。島に着くまで40分以上も揺られなければならないのである。いくら好きでもジェットコースターに40分乗り続けたらきついだろう。


 うーむ、以前、博多から釜山まで、ビートル号という高速船で往復したことがあるのですが、海が穏やかだった往路はほとんど揺れず、快適な乗り物だなあ、って思ったのに、帰りは海が荒れて、みんなが戻しまくっていたのを思い出しました。それがまた、直前の昼食が、キムチ入りビビンバなわけですよ。その吐物のにおいがまた辛くて……(食事中に読んでいる方がいらっしゃったらすみません)


 山形の湯殿山の「ご神体」を拝みに行った回は、僕も「絶対に写真撮影が許されないご神体って、どんなものなのだろう」とワクワクしながら読みました。
 宮田さんと担当編集者は、写真には撮れないので、絵で描いて(といっても、その場でスケッチするようなこともできないので、記憶に基づいて)いるのですが、担当編集者の絵が、「『お笑いマンガ道場』かよ!」と最近の若者にはわからないツッコミを入れたくなるような代物で、椅子からずり落ちそうになりました。宮田さんの絵はそれなりにわかりやすく描かれているのですが、なんだか「どこにでもある岩」みたいにしか見えないし。
 この本、写真ではなくて、宮田さんの脱力系のイラストが散りばめられているのが、けっこう良いアクセントになっているのです。


 この本のなかで、僕がもっとも惹かれたのは、「京浜工業地帯の工場夜景クルーズ」でした。
 中年男性の工場マニアみたいな人ばかりが集まってくるのかと思いきや、年配者から若者、家族連れに、ひとりで参加している若い女性もいたとのころで、「工場萌え」は、いまや、マイナーメジャーくらいな趣味なのかもしれません。工場の夜景って、なんともいえない活力と切なさがあって、僕も好きです。

 このあたりまで、私はこのクルーズが面白いとあまり思わなかった。気持ちいいのは潮風と夜の海であるという非日常感ぐらいで、その潮流も化学的な匂いがする。
 ところが、船が狭い運河に進入すると、俄然気持ちが盛り上がってきた。
 正面に、照明がちりばめられた異形の塔のようなものが見えてきたのだ。暗いために何かはよくわからないのだが、それは何かしら込み入った感じの構造物のようだった。
 込み入った感じの構造物は運河沿いにいくつか建っていて、それに照明が点々とついているから、全体として光の町のようになっていた。すぐそばまで接近して、それはパイプが複雑に入り組んでできたプラントだということがわかった。
 これこれ、こういうのが見たかったのだ。
 船長さんが船を停泊させ、ここは東亜石油の工場です、と案内した。
 続けて「あるお客さんがこれを見て、フランスのモン・サン・ミッシェルのようだとおっしゃってました」と言い、船内から苦笑のような溜息のようなものが漏れたが、私の見る限り、それはまさしくモン・サン・ミッシェルだった。夜空に立ち上がる光の要塞、あるいは光の都市。むしろモン・サン・ミッシェルのほうが、東亜石油を真似したと言っても言い過ぎではない気がした。そのぐらいモン・サン・ミッシェルだった。
 まあ、私もモン・サン・ミッシェルを見たことはないのだが、見たことのある範囲でたとえると、それはベトナムの盆栽に似ていた。ベトナムにはホンノンボという盆栽があって、それは水のなかに並べた石を、島に見立ててミニチュアで飾る箱庭のようなものである。


 ここまで書いておいて、モン・サン・ミッシェルを見たことないのかよ!
 そう思ったあなたは、たぶん、宮田さんの術中にハマっています。
 この描写、人を食ったようで、なんだかすごく、この工場の夜景の魅力が伝わってくるんですよね。
 僕もこれは、見てみたくなりました。


 宮田さんは、「あとがき」にこう書いています。

 とにかく自分が好きそうな場所、気になっていた場所に行きまくる、ただそれだけのエッセイ集であり、深まりゆく問題意識のようなものもないのだった。その何もなさたるや、自分がこれまで書いてきた問題意識の低い多くの本のなかでも、とりわけ群を抜いているように思う。


 この「何もなさ」こそが、このエッセイ集の魅力なのだと思います。
 世界の8割くらいの人は「何これ、読んで損した」とか言うかもしれないけれど、こういう本を読んで過ごすのは、すごく贅沢な気もするのです。


わたしの旅に何をする。

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