琥珀色の戯言

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【読書感想】95歳まで生きるのは幸せですか? ☆☆☆


Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
「老後」と呼ばれるほど長生きできたとしたら、生きているだけで儲けもの。老人らしく生きる必要はない。自分らしく生きよう―。波瀾万丈の人生を送ってきた95歳の作家、瀬戸内寂聴に、ジャーナリストの池上彰が「老後の心構え」について聞く。超高齢化社会を迎える日本で、長生きすることは本当に幸せなのか?誰もが避けることのできない「老い」や「死」について考える。


 あの池上彰さんと、瀬藤内寂聴さんの対談本なのですが、全体の半分くらいは瀬戸内寂聴さん自身による半生記と池上彰さんによる日本の超高齢化社会についての解説です。
 寂聴さんの話は「まあ、ある意味特別な人の事例だからね……」という内容で、池上さんのパートに関しては「ありきたりな高齢化社会についての概論」なんですよね。
 日本の人口減や超高齢化社会を今までまったく知らなかった人ならば、読んでまとまった知識を得られるのではないかと思いますが、日頃から新聞やネット、本などで社会情勢を追っている人であれば、まさに「教科書的」であり、「わざわざお金を出して読むほどのものではないなあ」という内容です。


 この新書の肝であるはずの、お二人の対談部分も、「ああこれ、噛み合っていないな」と感じるところばかりでした。
 池上さんにとっては、人生の先輩であり、揺るがない「自分」というものを持っている瀬戸内寂聴さんというのは、「質問しにくい相手」ではなかろうか。
 寂聴さんって、「一般論」が当てはまらないし、どんなツッコミに対しても「私は私」って軽くいなしてしまう人だし、何よりも95歳相手に、厳しくあれこれ問うわけにもいきませんよね。

瀬戸内寂聴学生が大勢集まっているところで話す機会があったんですよ。そのときわかったのが、もう「青春」って言葉がないのね、今は。


池上彰青春ねえ。


寂聴:青春がないの。だけど、あえて「青春は恋と革命だ!」って叫んだんですよ。


池上:「青春は恋と革命だ!」


寂聴:そうしたら、みんな「うわー」って盛り上がっていましたよ。だからまったく恋とも革命とも無縁というわけでもないんだけど、自分でやるのは面倒くさいのかしら。


池上:今の若い人たちは、恋も革命もしたくないでしょ。


寂聴:恋と革命をしないから、日本はこんなにだらだらとした、妙な国になっちゃうんですよ。最近が大学生たちのデモが盛り上がってましたよね。その子たちはまだ私の言うことがわかるらしいんです。


池上:2015年の安保関連法の反対運動ですね。


寂聴:あの子たちにも会いましたけど、なかなかいいですよ。「恋と革命だ」って言ったら、「やってます」って(笑)。


池上:どっちもやってると? 「恋と革命だ」って言う人がいっぱいいれば、少子化問題は少しは解決に向かいますかね。」


寂聴:解決すると思います。


池上:混乱も起きるような気がするんですけど。


 寂聴さんのファンにとっては、95歳になってもこういうことを言い続けていることが魅力なのかもしれませんが、僕はこれを読んでいて、言い返したいところも多いはずなのに、相手を考えて、なんとか踏みとどまっている池上彰さんを想像してしまいました。
 池上さんって、解説を熱心に聞いてくれる人とか、同じくらいの知識を持っていて対話できる人のほうがやりやすいのだと思います。というか、瀬戸内寂聴さん相手だと、「もどかしそうな聞き手」にしかみえないんですよ。やっぱり、対談にも「相性」ってあるよね。

寂聴:お若いときは、やっぱりちゃんとデートはしていたんでしょ?


池上:いやいや、全然ないですね。ないんですけど、頭の中では、そんなことばっかり考えてましたよね。


寂聴:だってそんな年ごろでしょう。それが今の若い人たち、嫌だっていうんですよね? 面倒くさいと。


池上:そう、面倒くさいっていうんですよ。


寂聴:そこがわからないですね。


池上:そりゃ、面倒くさいですよね、ああいうことはね。その面倒くささを乗り越えて当たり前だと。


寂聴:面倒くさいのが楽しいんじゃないですか、恋愛はね。


池上:なるほど、確かに。


 この部分なんか、僕は読みながら苦笑していました。
 この新書を構成した人も、池上彰さんも、やる気がないにも程がある。
 池上彰さんが、もてあましている様子が伝わってくるのは新鮮なのですが、これを印刷するための紙やインクがもったいないな、と心底思います。


 ああ、この仕事は、吉田豪さんに任せればよかったのに!
 吉田豪さんだったら、相手が寂聴さんでも、おかしなところには、うまくツッコミを入れたはずです。
 それを「笑い」にもつなげたのではなかろうか。
 

 この本のなかで、永平寺の宮崎禅師のエピソードだけは、けっこう印象的でした。

 私(瀬戸内寂聴)が出会った中で、もっとも尊敬しているお坊さんのひとりが、永平寺貫首を務められた宮崎奕保(みやざき・えきほ)禅師さまです。残念ながら2008年、106歳で亡くなられました。
 私は83歳のとき、105歳だった猊下と「合わせて108歳」の対談をする機会にめぐまれました。猊下は生き仏さまそのものの高僧ですが、私のぶしつけな質問にも、清らかな笑みを浮かべながら飄々とお答えになります。私はすっかりファンになってしまい、あれこれ長々とお話してしまいました。
 猊下は一生不犯を通されました。今の日本では、たいていの僧侶は結婚し、子をもうけます。私は、猊下のような僧侶に一度、生きているうちにお目にかかりたいと思っていました。
 その端整なお顔立ちから見るに、若かりしころはきっとハンサムで女性にもモテたはずです。私は単刀直入に「危機はございませんでしたか?」とお聞きしました。猊下はこともなげにこうお答えになりました。
「一度あったな」
 永平寺から里帰りした際、親類が集まって歓迎会を開いてくださったそうです。その場で着物を着た可愛らしい娘さんがせっせと猊下を接待するのを見て、「これは見合いの席が設けられたな」と察しました。そこでトイレに行くふりをして、そのまま永平寺に逃げ帰ったといいます。
「可愛らしかったので、やばいと思って逃げた」
 そう淡々と語られた猊下に、一生不犯を守ることができた理由を問うと、
「お釈迦さまがするなとおっしゃっていられるから」
 私は猊下には遠く及ばない破戒坊主ですが、お釈迦様に守られているという感覚はよくわかりました。私自身、そのようにして男を断つことができたからです。
 一生不犯を守った猊下ですが、なんとしてもお酒とタバコは大好きだったそうです。立派な破戒です。お酒はどうにかやめられたのですが、どうしてもタバコだけはやめられず、30歳のとき、ついに御本尊の前に行って誓いました。
「今度吸ったら命を奪ってください」
 そう誓ったら命が惜しくなり、やめることができたそうです。規則違反など一切しなさそうな猊下も、はじめから従順だったわけではないのです。そう知ってホッとしたことを覚えています。


 宗教では、戒律を守ることが求められるのですが、どうして、「戒律を守るのに苦労する人」のほうに魅力を感じてしまうのでしょうか。
 宮崎禅師が「いや、戒律を守るなんて当たり前のことで、何の苦もありませんでしたよ」と話していたら、こんな気持ちにはならなかったはずなんですよね。
 しかしこの話、猊下の見立てどおりだったとしたら、可愛い娘さんは、けっこうショックを受けたのではなかろうか。自分が嫌われたのかも、って。
 一生不犯を貫いた人と、「51歳まで遊びつくした」ような寂聴さんを同じフィールドで語るのも、なんだかなあ、とも思うんですけどね。


 正直なところ、瀬戸内寂聴さんが書いたもの、話したことは、全部読みたい、という人以外には、積極的には薦めがたい新書です。
 個人的には、池上さんが寂聴さんに圧倒されて困惑しているところは、少しだけ面白かったのですけど。


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