琥珀色の戯言

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【読書感想】平成史 ☆☆☆☆

平成史

平成史


KIndle版もあります……が、この本のKindle版は文字サイズが固定されていて、けっこう読みづらいみたいです。紙の本のほうが良さそうです。

内容紹介
「平成の謎解き」はこの一冊で十分!

福島原発事故(11年)の予兆は、JCO臨界事故(99年)にあり。
日本の「右傾化」は、PKO協力法(92年)から始まった。
バブル崩壊オウム真理教小泉劇場、安倍一強ほか、
あらゆる事件は、すべてが裏でつながっていた--。

同時代に生きる作家・佐藤優氏と慶應大教授・片山杜秀氏が政治、経済、事件、文化を縦横無尽に語り尽くす。

【本書内容】
モスクワから見た狂騒ニッポン/バブル崩壊でファミレス進化
宮崎勤事件と仮想現実/麻原彰晃作曲の大交響曲
神の手とSTAP細胞/小泉訪朝は失敗
ホリエモンは何者?/血の五輪/「逃げ恥」と冬彦さん
朝日新聞と旧陸軍の共通点/安倍談話は「戦後レジーム」追認
親子二代で完結させた天皇人間宣言
ローカルルール消滅と企業不祥事・・・


 今上天皇の退位により、「平成」も終わりを迎えることになります。
 小渕恵三元総理が「平成」の色紙を持って新しい元号を発表したときのことは、けっこう鮮明に覚えているんですよね。
 僕にとっては、はじめての「改元」の瞬間でしたし。
 「昭和」という字面の重厚さに比べて、なんだか軽い感じがするなあ、今上天皇が即位された年齢を考えると、「平成」はそんなに長くは続かないかもしれないな、と思ったんですよね。


 しかしながら、いつのまにか僕の人生の3分の2くらいは「平成」を過ごしたことになってしまい、職場には平成生まれの人が大勢います。
 この30年間、阪神淡路大震災東日本大震災という未曾有の自然災害やオウム真理教事件など、忘れられない出来事がたくさん起こりましたが、とりあえず、日本にとっては「日本人が日本軍の一員として戦場で死ぬことはなかった時代」でもありました。
 平成のはじめに僕の手にあったのは初代ゲームボーイで、いまはiPhoneです。
 日々を生きていると、人間も世の中もそんなに変わらないような気がしてしまうけれど、文字通り「日進月歩」ではあるのでしょう。


 この本、作家・佐藤優氏と慶應大教授・片山杜秀さんが「平成30年間」について、時系列でさまざまな出来事を振り返っていく対談本です。
 けっこう分厚くて読み応えがあり、政治の世界の内側で過ごしてきた佐藤さんが語る「政治の裏話」も興味深いものでした。
 読んでいると、「ああ、そんなこともあったな」と思い出しますし、あの事件より、こっちのほうが先だったっけ?」と、自分の記憶力の曖昧さを思い知らされます。


 1989年1月に「平成」がはじまり、翌1990年には「バブル崩壊」が起こります。

佐藤優しかし現代の若者の価値観もバブルを抜きに考えられません。バブル崩壊の結果、サイゼリアなどのファミレスで、安価でそれなりのレベルの食事ができるようになった。コンビニを含めた食の幅も広がっていった。
 今の学生を見ていると、とにかく目の前のことだけに一生懸命になっているように見えます。たとえば、塾の講師のアルバイトを一日4時間、週6日やって年に200万円稼いでいる学生がいたとします。彼はそれでいいと満足している。
 でも、私は改めて考えてみろと言うんです。今から外交官試験を受けて外務省に入ってごらん、と。研修を終えて数年すれば、年収は1000万円を軽く超える。彼は週6回のバイトに追われて、機会費用(得られたはずの利益)を失っている。そこまで言わないと、気づかない。


片山杜秀今がすべてという日本古来の中今論にも通じますね。刹那主義とも言える。若者には今がよければいいという側面と、5年、10年先を考えても意味がないと諦めている側面の両面があるのでしょう。
 

佐藤:児童心理学では、3歳児や4歳児は、今かそれ以外という時間認識しかないそうです。それに似ている。


片山:平成は、それなりに生きてゆくにはとりあえず充分という極相に達して「坂の上の雲」ならぬ「坂の上の平原」といえますね。もう上はないだろうけれど、平らかに、それなりに高いところで成っている平原。もっと成り上がりたいという気持ちはないが、堕ちることへの恐怖は強い。
 つまり平原といっても果てしない平原ではなく、地図がなくてすぐ先が行きどまりの崖かもしれない。危なさを感じているけれども、自己防衛には限界がある。かといって防衛しないわけにはゆかない。ましてや他人も社会も国家も当てにならない。そこで石橋を叩いて渡る。なるべく留保する。冒険主義は好まない。徹底や現状維持に関心がある。行き止まりの時代を当然として受け入れる。だれに文句を言っても言うだけ無駄だ。これは諦念でしょうか。
 バブル崩壊の結果誕生した「平成人」とはそういう人間類型に属する人々なのかもしれません。


 現状にそれなりに満足はしているし、これからどんどん世の中が良くなっていくとは思っていない。
 そして、成長することは諦めていても、ここから落ちていくことには耐えられない。
 
 僕が子どもの頃は、人類の将来は、「ノストラダムスの大予言」に書かれていたような核戦争による滅亡か、宇宙ステーションにみんなが住んで、人が死ぬこともないような繁栄か、というような、けっこう極端なイメージがあったのです。
 でも、今の子どもや若者たちは、あまり「人類の未来」を夢想することはないのかもしれません。
 「AIに仕事を奪われて失業するかもしれない」くらいは想像していても。
 まあでも、こういう「今の若者には夢がない」っていうのは、若者をよく知らない高齢者にありがちな先入観、という可能性もあるんですけどね。
 ただ、「将来に過剰な期待はしない」というのは、事実ではないでしょうか。
 それには、ネットの普及などによる「知識の共有」も影響していると思います。


 「平成」の政治家たちについて、二人はこんな話をされています。

片山:(2000年)7月の沖縄サミットでは、プーチンが初来日しました。いまも森元首相プーチンは堅い信頼関係で結ばれているといいますね。


佐藤:実は、平壌経由で来日したプーチンはサミットに遅れて到着した。遅刻に怒ったフランスのシラクに対し、森さんが「彼は金正日の情報を我々に提供するために北朝鮮に寄ってきてくれたんだ」となだめた。プーチンは、助け船を出してくれた森さんに、いまもとても感謝しているのです。


片山:一方で、森さんほど、マスコミに叩かれた人もいない。


佐藤:流行語になった「IT」を「イット」と言って叩かれていましたね。
 もう一つが「神の国」発言。森さんは神道政治連盟の集まりで「日本は神の国だから」と語りました。神主たちを対象にした発言をそこまで叩く必要があったのか、マスコミは意地が悪いなと感じました。


片山:いまならもっと過激な発言をしても許されるでしょうね。逆に拍手が起こるかも知れない。


佐藤:森喜朗というとサメの脳みそ、ノミの心臓というイメージで語られますが、実際は非常に精緻な思考をする人で常に温厚、そしてとてもよく勉強している。会談でも条約文や事実関係の日付、統計上の数字、固有名詞のカードを作る。基本的にはアドリブですが、大事な部分はカードで確認するから絶対に間違えない。 実はプーチンもこのスタイルとまったく同じなんです。我々外交官にとっては、森さんのやり方がベストでした。事実、森内閣では、さまざまな交渉が動いた。

佐藤:劇場型小泉内閣下で変えられたものの一つに言葉の性質があります。
 象徴するのが、2004年1月の陸上自衛隊イラク派兵です。この議論において、公共の場でトートロジー(同じ意味を持つ語の無意味な反復)を使ってしまった。戦闘地域の定義を巡って、小泉は「戦闘地域は自衛隊が出動していない場所」「非戦闘地域自衛隊が出動している場所」と繰り返した。
 

片山:画期的な答弁でしたね。その堂々巡りを繰り返し続けた。


佐藤:政治の世界でトートロジーは使っていけないはずだった。たとえば、「今日の天気は雨か雨以外です」なんて天気予報はありえません。天気に関する情報が何もないからです。でも小泉以降、公共の場でも同語反復が堂々と使われ始めた。


片山:イデオロギーや言葉よりもノリ、論理よりもレトリックが重視される。ノリが悪ければ、それで終わりです。あのワンフレーズ政治はCMみたいなものだった。


佐藤:もっといえば、気合いで政治が決まっていくようになってしまった。
 でも小泉も滑った経験もあった。サラリーマン経験がない小泉が横浜市の不動産会社から厚生年金の保険料支払いを受けていた事実が発覚したとき「人生いろいろ、会社もいろいろ、社員もいろいろ」なんてコメントしていましたからね。


片山:滑ってはいるんだけど、キャラクターで許された。もしも森喜朗だったら大変なバッシングを受けていたでしょう。しかし昭和くらいイデオロギーがきちんと存在し、言葉がしっかり使われている場なら、あの発言で退場を命じられたはずです。


 昭和がそんなにちゃんとしていたかどうか、僕は自信が持てないのですが、いま、あらためて考えると、政治家への評価って、結局は「キャラクター」や「時代との親和性」なのかな、という気がします。
 森さんの「神の国」だって、今、安倍総理が同じ状況で同じように発言しても、そんなに大きな問題にはならないだろうし、小泉さんの言い訳なんて、ひどいものですよね。でも、当時は小泉さんのこういう発言を国民の多くは面白がっていて、本気で追及しようとはしなかった。
 この「キャラクター重視」の流れは、今も続いているのです。


 昭和の後半を高度成長と社畜の時代とするならば、平成は、停滞(あるいは安定)と「組織よりも自分の幸せを優先するようになった時代」だったと僕は思います。
 そんななかで、東日本大震災原発事故が起こったのです。

佐藤:3・11で日本人ははじめて命よりも職務遂行を優先しなければならない無限責任を問われました。戦後の価値観は個人主義に、生命至上主義、それに合理主義です。その価値観に従えば、東電社員も自衛官職業選択の自由があるから「私は今日でやめさせていただきます」と言える。その上、東電も自衛隊も「命を捨ててこの仕事をしろ」と命じることはできない。
 

片山:原発事故は人の命は地球よりも重いという戦後に根付いた考え方が通用しないシチュエーションでした。平和国家だろうがなんだろうが、原発が存在すれば、誰かが命を賭すシステムを組み込まなければならない現実を突き付けた。


佐藤:しかも命を賭ける人間には一定の技術と知識、道徳性(moral)と士気(morale)が求められた。そう語ると戦中の特攻隊と結びつけて考える人もいるかもしれませんしかし特攻とは違って、モデルとしては三浦綾子の『塩狩峠』だと思います。


片山:塩狩峠』は実話がもとになった小説でしたね。明治末期、北海道の塩狩峠を走る汽車の車両が外れて暴走しかけた・鉄道員の主人公が線路に飛び込んで命と引き替えに乗客を救う。三浦綾子がクリスチャンだったため、キリスト教小説として読まれてきた。映画化もされましたが、いまも見ることはできますか?


佐藤:DVDが出ていますね。ただしキリスト教小説と読むと本質が分からなくなってしまうんです。
 主人公は鉄道員であり、車掌だった。汽車のブレーキ操作を知っている。主人公は車両のブレーキをかけてスピードを落とすんだけど、完全には止まらない。最終的に自分が飛び込むことでほかの人を助ける決断をする。彼は信仰としての自己犠牲ではなく、テクノラート(技術技官)としての責務を果たした。職業的な良心を問うた小説だった。


片山:原発事故では作業員はまさにテクノラートの責務に直面した。だとするとやはり原発で働く人たちの地位や名誉や報酬がもっと高くないと。戦争以上に生命を賭けなければならない局面がありうる産業ということですから。そうすると、靖国神社で死んだら神様にします、という話と変わらなくなってくるところもありますが。


 組織よりも個人、という時代ではあるのだけれど、みんながその原則に従って生きると、原発事故のような状況では、どうしようもなくなってしまうことがあるのです。
 しょうがない、誰もあんな危険な場所に生きたがらないし、それは個人の自由なんだから、もう諦めてみんなで死ぬしかない。そう割り切れば良いのだけれど。
 僕はあのとき「誰でもいい、なんでもいいから、とにかくなんとかしてくれ……」と思っていました。
 自分でなんとかする、という気持ちはなかったし、どうにかできるものでもなかった。
 戦争ではなくても、誰かが犠牲にならないと多大な被害が出る、という状況はありうるのです。
 なんでも、ロボットに任せられる世の中になってくれれば良いのかもしれないけれど。


 「平成」という時代は、いろんな意味で、人間にとっての「過渡期」なのでしょう。
 後世の歴史家が振り返ると、「こういう変化は、平成の頃に芽を出していた」と言われることが多くなりそうです。
 もちろん、歴史というのは、常に「過渡期」なのだとしても。


塩狩峠 (新潮文庫)

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