琥珀色の戯言

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【読書感想】貨幣が語る-ローマ帝国史-権力と図像の千年 ☆☆☆☆

内容(「BOOK」データベースより)
古代ローマでは、発掘されただけでも数万種類にのぼる貨幣が存在した。貨幣は一般に権力の象徴とされ政府や中央銀行などが造幣権を独占する。だが、ローマでは政界に登場したばかりの若手や地方の有力者も発行していた。神話の神々、カエサルや皇帝たちの肖像、ヤギや北斗七星など描かれた図像も多岐にわたるが、彼らは貨幣を用いて何をアピールしようとしたのか。全時代を網羅した精選130点以上を収録。図像と銘文から読み解く、新しい古代ローマ史入門。


 書店で少しページをめくってみて、ローマの貨幣の写真がたくさん載っていたので興味を持ちました。
 世界には、いろんなお金があって、とはいっても、現在使われているのは貨幣か紙幣、ということになるのですが、「お金に何が描かれているのか」というのは、その国のアイデンティティに関わってくるものです。
 お金が嫌い、という人はほとんどいないでしょうし、好感度が低い人物や凶悪犯がお金に描かれることはまずありえません。
 現在の日本でも、1万円札は「諭吉」という別名(?)で親しまれています。


 太平洋戦争後の日本の紙幣は、20年から30年に一度、デザインが変更されているのですが(前回のリニューアルは2004年)、ローマの場合は、かなり頻繁にデザインが変わっていたそうです。

 同じように肖像が描かれたローマの貨幣の場合、アウグストゥスの治世は約40年、ティベリウスの治世は約20年なので、この二人の皇帝の場合には、日本のお札のリニューアル期間とそれほど変わるわけではない。ところが第三代皇帝のカリグラは、わずか4年弱でその治世が終わる。となれば、カリグラの肖像を伴った貨幣が造られた期間は短かったため、人々は貨幣がめまぐるしく変わったと感じたであろうか。
 答えは否である。なぜならば、そもそもローマでは一人の皇帝の治世において、数多くのデザインの貨幣が造られていたからである。アウグストゥスの治世においても、貨幣の図像は何度も変わっている。しかも何年かに一度というレベルではない。『ローマ皇帝の貨幣』という、ローマ帝国の貨幣を各皇帝別にまとめた全集がある。ここでは皇帝ごとに造られた貨幣を種類別に分けてそれぞれに番号が振ってあるのだが、アウグストゥスの貨幣の番号は550番まである。
 このなかには、たとえば冠をかぶっているか否か、肖像が右を向いているか左を向いているか、貨幣に記されている銘文に皇帝の称号があるか否かなど、微妙に違うだけの貨幣も含まれるため、明確に異なる図像を持つ貨幣がそれほど多かったというわけではない。しかしながら、逆にそれが不思議でもある。たとえば、現在の日本の1万円札で同じようなことが起きれば我々はどのように感じるであろうか。つまり福沢諭吉が、帽子をかぶっていたり、メガネをかけている姿へ毎年のように変わったりしていたら、ジョークで造られた偽札ではないかと疑うのではなかろうか。


 当時の技術では、私的に偽の貨幣を鋳造することは難しかった、というのはあるとしても、けっこういいかげんだなあ、と思いますよね。
 著者は、ローマのさまざまな時代の貨幣と、そこに何が描かれているのかを時代を追って紹介していきます。
 
 ローマの貨幣といえば、皇帝の肖像が描かれているものだと僕は思い込んでいたのですが(もちろん、帝政以前にも貨幣はあったわけですけど)、この本を読んでみると、貨幣に「造幣三人委員」という貨幣を製造するローマの公職従事者(それほど高い地位ではない)の名前が刻まれていて、「お金を自分の宣伝のために使うとは……」と驚いてしまいました。
 ただ、ローマは長年、共和制を国是としており、お金に存命の権力者の肖像や名前を入れることは避けられていたそうです。現役の権力者として最初に貨幣に描かれたのはポンペイウスでした。
 ローマは帝政になったあとも、血縁ではなく、実力で帝位を奪い取った皇帝が多く、貨幣で自らの即位の正当性についてアピールしたことも多かったのだとか。
 あらためて考えてみると、「お金」というのは、多くの人が持っていて、広い範囲に流通するものであり、新聞もテレビもなく、紙すら発明されていなかった時代では、数少ない広報の手段でもあったんですね。

 共和政期の政治家たちは、自己宣伝の図像を貨幣に描いて政界での栄達を願った。やがてアウグストゥスによって地中海世界が統一されると、皇帝たちは自分の即位の正当性と親族間での帝位継承を、自身や親族を描出した貨幣の製造によって訴えた。
 ローマの勢力下に入った諸都市は、そうした皇帝たちを讃えたり、ローマ文化の一員であると示す貨幣を造って、ローマに目をかけてもらうように期待した。東西に分裂したローマ帝国は、それぞれ異なった道を歩む。それでも、貨幣に自身の思いを込めるという長きにわたって続いたローマの伝統は、この時代まで残りつづけたのである。


 ローマの貨幣には、当時の政治的な状況が繁栄されているものもあるのです。

 クラウディウスは財政の立て直しを行うなどの成功も収めたが、妻であるアグリッピナに毒殺されてしまった。前夫との間にもうけた息子ネロを帝位に就ける、というアグリッピナの欲望の犠牲となったのである。ネロの即位後まもなく、そうした状況を映しだした貨幣が造られている。表面にはネロと母親であるアグリッピナが並んで描かれている。裏面には、アグリッピナの名前が記されており、四頭のゾウに牽かれた戦車とその上に乗る二人の人物が描かれている。ネロにしてみれば、母親が自分の帝位を保証しているようなものであるからこそ、その母親を蔑ろにはできず、貨幣に描いて母親をたてねばならなかった。


 こういう貨幣がつくられるほど密接だったのか、それとも、こうしてアピールしなければならなかったくらい微妙な関係だったのか。その後のネロとアグリッピナの運命を思うと、これが造られた過程についても、あれこれ想像せずにはいられません。

 この本、「古代ローマ史入門」というよりは、ローマ建国から、395年の東西への帝国分裂までの最低限の知識がないとちょっと難しいと思います。
 いちおうの流れは知っている人にとっては、英雄たちがつくる歴史とはまた違う切り口で、「人々は、どんな価値観で生きていたのか」を知るヒントになりそうです。


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