琥珀色の戯言

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【読書感想】悟浄出立 ☆☆☆☆

悟浄出立 (新潮文庫)

悟浄出立 (新潮文庫)


Kindle版もあります。

悟浄出立

悟浄出立

内容紹介
砂漠の中、悟浄は隊列の一番後ろを歩いていた。どうして俺はいつも、他の奴らの活躍を横目で見ているだけなんだ? でもある出来事をきっかけに、彼の心がほんの少し動き始める――。西遊記沙悟浄三国志趙雲司馬遷に見向きもされないその娘。中国の古典に現れる脇役たちに焦点を当て、人生の見方まで変えてしまう連作集。


 中国の古典の脇役からみた「主役」たち。
 僕がこの文庫を読んで驚いたのは、世の中には自分と同じような読書経験を積んで(という言い方が適切かどうかはわからないけれど)きた人がいるのだなあ、ということだったのです。
 僕は小学校4年生のときに学校の図書館で読んだ『マンガ日本の歴史』の「関ヶ原の戦い」の巻で歴史にハマり、当時NHKでやっていた『人形劇・三国志』から、吉川英治さんの『三国志』を読み、それからその前後の時代にも興味がわいて、司馬遼太郎さんの『項羽と劉邦』、そして司馬遷の『史記』なども読破していきました。
 人生において、何か一冊(というか1シリーズ)だけ、「読んでおくべき本」を誰かに薦めるとしたら、僕は『史記』を挙げます。
 この本には、人間というものが変わらず抱えている、欲望や善性、そして、人間にふりかかる運命の理不尽さが描かれているので。


 ちょっと前置きが長くなりましたが、万城目学さんが、この『悟浄出立』を書くきっかけになった、中島敦さんの『悟浄出世』『悟浄歎異』という短編も読みました。突然休講になったとき、大学の図書館で、ふと中島敦全集を手にとったのですが、沙悟浄の「頭の中でいろんなことを考えてばかりで、行動に移せないめんどくさいヤツ」っぷりが、なんだか僕みたいだな、と苦笑しながら読んだのを覚えています。
 『山月記』『李陵』の中島敦、こんな作品も書いていたんだな、と感心しました。


 この『悟浄出立』は、その早逝した中島敦が生きていたら、こんな「悟浄シリーズ」を書いていたかもしれないな、と思わずにはいられない作品なのです。
 頭でっかちで、いろんなことを考えてばかりで行動に移せない沙悟浄がみた、「考えるよりまず行動」の孫悟空と、快楽主義者の猪八戒
 ところが、その猪八戒が、もといた天界では、「泣く子も黙る名将」だったことを知り……


 この文庫に収められている『悟浄出立』『趙雲西航』は、「歴史ファンだったら、こんな場面があったかもしれないな」と想像してしまう瞬間なんですよ。まあ、『西遊記』は「歴史」とは言いがたいものがありますが。
 『趙雲西航』は、日本ではすごくファンが多い趙雲子龍のちょっとセンチメンタルな一瞬を切り取ったような、読み終えると自分の故郷について考えてしまう作品です。
 

 でもなあ、後半の3編、とくに『法家孤憤』と『父司馬遷』に関しては、実在かつ『史記』に記録が残っている人物なだけに、僕にとっては「こういうストーリーを想像するのが楽しいのはよくわかるけれど、受け入れがたいフィクション」だったんですよね。
 荊軻は「風蕭蕭として易水寒し、壮士ひとたび去って復た還らず」の孤高の刺客であってほしい。
 司馬遷は李陵を擁護して宮刑に処せられる前から『史記』を書きはじめており、だからこそ、死ではなく宮刑を受けてでも生きようとしたのに。
 とはいっても、これもまた「伝承」でしかないんですけどね……
 それにしても、司馬遷はそこまでして『史記』を完成させたいと思っていたのであれば、どうしてリスクが高そうな李陵の弁護をしたんでしょうね……浅田次郎さんの『蒼穹の昴』によると、宮刑(男根を切り取る刑)というのは、清朝の時代でもかなりの苦痛を伴うもので、術後感染症などで命を落とす者も少なくなかったそうですから。


 中国史好き(マニア、って書くと、その程度の知識でほざくな、と言う人もいそうなので)としては、読んでいてものすごく楽しい一方で、「そんなふうに歴史上の人物を改変されるのは納得できない」と言いたくもなる短編集です。
 大好きなんだけど、ちょっと嫌いでもある。
 中国史に興味と知識がない人が読むと十分それぞれの人物や事件を理解できるかどうか怪しいけれど、中国史マニアにとっては、ひと言いいたくなる、という作品です。
 それを言うなら、マンガ『キングダム』とかにも何か言えよ、って思われそうだけど。


 これを読むと、すごく万城目学さんに親近感を覚えるなあ。
 中国史マニアなら、「書けるものなら、自分がこういうのを書きたかった!」と思うはず。


悟浄出世

悟浄出世

史記 ─まんがで読破─

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