琥珀色の戯言

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【読書感想】証言UWF 最後の真実 ☆☆☆☆

証言UWF 最後の真実

証言UWF 最後の真実

内容紹介
本書は、新間寿1984年3月に創立、85年9月に活動休止した第一次UWF(ユニバーサル・レスリング連盟)、
そして前田日明が88年5月に旗揚げし、90年12月に崩壊した新生UWFに所属、関係したレスラーおよび関係者、
17名による証言集である。内紛、確執、不和……プロレスと格闘技の間を漂流し続けた男たちの魂の叫び――。


 17名、それぞれの証言を読みながら、僕は「真実」って、いったい何なんだろうな、と考えていました。
 芥川龍之介の『藪の中』みたいだ。
 『藪の中』はフィクションだけれど、UWFは実際に存在していて、たくさんの人に影響を与えた、というか、与え続けた存在です。
 UWFについての本も、たくさん出ています。
 新生UWFの崩壊から30年近く経って、関係者もようやく語れるようになった話、というのもあるのでしょう。
 実際に起こったことで、多くの人が関わっていたからこそ、「真実はいつもひとつ!」とはいかないというか、関係者それぞれに「自分にとっても真実」があるのです。

 ほとんど道場に来ず、みんなと練習しなかった佐山聡が悪い、という人もいれば、独善的で人の話を聞かなかった前田日明に責任がある、という人もいる。
 それより、不透明な経営をしていたフロントの問題だ、と考えている選手もいます。
 読めば読むほど、「人と人とが、とくに自分がナンバーワンになりたい、と思っている人たちが一緒にやっていくのは難しい」と思えてくるのです。
 そして、人は素晴らしい理想や理念には一時的に共感できても、最終的には「ずっと道場で一緒に苦しい練習をしていた」とか、「身銭を切って給料を払ってくれた」とか、「同じ釜の飯を食った」とかで、その人にとっての「正しさ」を判定しがちなのだな、ということもわかります。
 彼らが、ギリギリのところで戦っていたからこそ、そういう「人間というものの本質」が浮き彫りにされているのです。


 この本では、それぞれの人が、自分にとっての真実を語っています。

 格闘技色の強いUWFのスタイルは、従来のプロレスに飽き足らなくなっていた一部のプロレスファンたちの熱狂的な支持を得ていく。しかしーー。
前田日明「あの頃、佐山(聡)さんがユニバーサルの試合を全部真剣勝負にしたがっていたって話になってるでしょ。本人にはそんな気は全然なかったよ。そんなのは、それが本当だったらみんなの生活さえ保障できるならやりましたよ。全員じゃないにせよ、選手のうちの何人かは間違いなく真剣勝負をやりました。でも当時のユニバーサルの状況はというと、社員は旗揚げして間もなくからずっと給料をもらっていない。俺も藤原(喜明)さんもたいしたお金をもらってないんだけど、そこから道場のちゃんこ代を出し合ったり、あとは新弟子にも会社は給料を出してやらなきゃいけないのに、出せないからって俺と藤原さんのポケットマネーから小遣いを渡したりしてた。
 佐山さんはタイガージムをやったり、サイン会をやったりしてお金を稼いでいたからいいんだけど、そんな俺らの状況を知っていたくせに、あの人はそういう生活の不安のないポジションからああでもないこうでもないって理想だけを語ってた。やれ興行数を減らせ、やれランキング制にしてAリーグBリーグに分けてやらないといけないとか。それはわかるんだけど、競技だけじゃなくて生活をできるシステムも一緒につくるのであれば誰も文句を言わないじゃん。それでメシが食えるのならば間違いなく言う通りにやりましたよ。なかにはガチンコを嫌がって辞める人間もいたと思うけど、半分以上は残っていたはず。それは間違いないよ。
 佐山さんとは最初の頃からギクシャクしていたわけじゃない。俺と高田(延彦)がタイガージムに行って、そこにシーサー(武志)さんが来てキックの練習とかをみんなでやったりしていたもんね。和気あいあいと。やっぱり関係がギクシャクし始めたのは『A、Bのリーグに分けてどうのこうの』って言い始めた頃からだよね。佐山さんはこっちの道場に全然来ないから俺らとはコミュニケーションもないし、それで試合は月にいっぺんとか、ふた月にいっぺんじゃないとダメだとか言ってて、『じゃあ、どうやって若いもんや社員を食わせていくの?』って言ったら、『そんなの、俺は知らないよ』って感じでしょ。まあ、佐山さんもそう口には出さなかったけど、そんなことはまったく頭にないんだよね。
 それであの人はね、すぐに『これが実現できなかったら俺は辞める』って言うんだよ。それでみんなは『タイガーがいないとお客さんも入らないだろうし、困ったね……』って頭を抱えてた。そこで『これを実行する代わりに、みんなはお金のことは心配するなよ』って言ってくれてたら誰も文句はないんですよ。あの頃、みんなが一番心配していたのは生活のことなんだから。


 この前田さんの言葉を読むと、やっぱり、理想だけじゃ人はついてこないよなあ、と感じます。
 佐山さん側からすると、「生活やお金のことばかり考えていて、理想の格闘技を実現しようとしない連中」に愛想をつかしていたのだとしても。
 

 藤原喜明さんは、佐山聡さんの「天才っぷり」について、こんな話をされています。

 前田や高田と違って、佐山はゴッチ道場経験後の藤原とスパーリングを繰り返したわけではない。それなのに、なぜ第一次UWFにおいて、佐山は藤原と並んで技術的に牽引する存在になることができたのだろうか?


藤原喜明「あいつは天才だからだよ。俺はゴッチさんに習った技を、イラストに描いて覚えて、それを何度も反復練習することで身につけていったけど、あいつは教わると、『ああ、こうやればいいんだ』ってわかっちゃう。力学もメカニズムも考えずに、できちゃうんだよ」
 佐山は以前、「タイガーマスクで使っていた空中殺法は、練習もせずに見るだけでできてしまった」と語っていたが、その天才性は、関節技においても発揮されていたのだ。
「でも天才ってのは教えるのが下手なんだよ。できないヤツがいると、『バカ野郎! そんな簡単なことができないのか!』となってしまう。自分が簡単にできてしまうから、できないヤツがなぜできないのか、理解できないんだよ。佐山は昔からそうだったな」


 佐山さんは、本当に「天才」だったのです。
 でも、同じ仕事をやっている人にとっては、やりづらい存在でもあったようです。
 本人には悪気がない、ただ、「できてしまうだけ」なのはわかっていても。


 この本のなかで、いちばん印象的だったのは、鈴木みのるさんへのインタビューでした。
 鈴木さんは、選手間、そして選手とフロントとの確執が深まった新生UWF末期に、今後の方針を決めるための選手たちの集まりで、個人的には仲が悪かった前田日明さん支持を、真っ先に表明したそうです。

 年が明けて前田からの解散宣言、そして分裂。解散を阻止しようと懸命に奔走したのは鈴木だったといわれるが、具体的にどんなことがあったのか。


鈴木みのる「前田さんの家で『オレのことが信用できないヤツらとは、また一緒にできない。信用するか?』と言われて、オレは『信用してません!』ってここ(喉)まで出かかったけど、それを言ったら全部ダメになると思った。前田さんが一番気に入らなかったのがオレであり、オレが一番嫌いなのは前田日明だったんですけど、そんなオレが一番最初に『僕は信用してまた一緒にやりたいです』と言いました。その時点でウソです。確執はなくなっていないのに、ただ存続させるために流されました。で、それぞれの意見が衝突して、オレは真っ先に泣きながら家に帰りました。家の中で布団被って泣いてたら、船木(誠勝)がやって来た。
 それからのことはほかの人たちに聞いてください。あれから時計の針が進んでいない人がたくさんいるんで。オレのなかに真実もあるけど、それを言うのがもう面倒くさいっスよ。話したくないとか、一途な思いがあるわけじゃない。あの場にいた誰かが喋ったら、それが真実でいい。オレにとってはUWFがなくなったという事実だけが重要であり、過程はどうでもいい。当時は人生最大の悲劇だったのは確かですけど。
 間違いなく言えるのは、あの場にいた人間はそれぞれ心に傷を持った。前田さんだって、言われた側の人間だって心に傷を持ったということ」
 あくまで過去の通過点なのだろうが、”当時は人生最大の悲劇”と表現するあたりに、鈴木の心の傷の大きさがうかがえる。
「さらに、文章で仕事してる人たちがいろんな話を聞いて、それをまとめるからおかしくなっちゃうんです。(それを読んだ選手たちが)思いを裏切られたという気持りになり、さらに複雑になっていったんじゃないですか。本来、まとめちゃいけない話。それぞれの人間にそれぞれの葛藤があったわけで。一つの出来事に対して、見る角度が違えば受け取り方はバラバラになる。UWFが東京ドームに進出した、解散したといったみんなで一緒に経験したことについて、全員がバラバラの感情を持ってるんです。
 もともと野心家の集まりだったんですよ。のちにリングス、Uインター、藤原組が成立し、さらにパンクラスが成立したということは、王様がたくさんいたということで、そんな集まりが一つになるわけない。もっと言えば、ほかの人間の寝首を掻いてやろうというヤツらばっかりでしたよ。なぜ言い切れるかというと、オレがそういう人間だから(笑)。デビューして1年かそこらなのに、前田日明をやっつけることばかり考えてた。『迷惑かけて、ごめんなさい』といまは思ってます」


 「真実を明らかにしよう」という野心を持った第三者が絡んでくることによって、かえって、「真実」が歪められてしまうこともあるのです。
 そもそも「真実をひとつにする」ことそのものが、「真実」から離れてしまうことなのかもしれません。


 UWFというのは、多くの人を揺さぶったムーブメントだけに、その舞台裏や真実を知りたいというニーズは多いはずです。
 でも、どんなに丁寧に取材しても、多くの人に話を聞いても、いや、そうすればするほど、よくわからなくなってくる。
 そういうことを考えさせられる意味でも、貴重な証言集だと思います。


fujipon.hatenadiary.com
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1984年のUWF

1984年のUWF

1984年のUWF (文春e-book)

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