琥珀色の戯言

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【読書感想】ルポ 中年フリーター―「働けない働き盛り」の貧困 ☆☆☆


Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
バイト3つを掛け持ちして休みゼロの43歳男性、「妊娠解雇」で虐待に走った41歳女性、手取り17万円で地方医療を支える臨時公務員37歳男性―。非正規雇用で働く35~54歳の「中年フリーター」が、この国では増加の一途を辿っている。なぜ彼らは好景気にも見放されてしまったのか?フリーターを救う企業はあるのか?豊富な当事者取材から「見えざる貧困」の実態を描きだす。


 いまの世の中の景気は良いのか悪いのか?
 飲食・サービス業では「人手不足」が深刻化しており、新卒者は引く手あまたになっているのです。

 現在、新卒者は売り手市場だ。2019年3月に卒業する大学生の内定率は、2018年9月1日現在で91.6%となり、前年同月の88.4%と比べて3.2ポイントの上昇を見せた(株式会社リクルートキャリアによる調査)。また、就職率(卒業生に占める就職者数の割合)を見ても、2017年3月の大学学部卒は76.1%、2018年3月は同77.1%と、バブル崩壊前の水準近くに上昇している(文部科学省「学校基本調査」)。
 就職の「中身」を見ても、正社員が増えていることが分かる。


 このように、新卒採用の状況が良くなっている一方で、就職氷河期に社会に出て、現在「中年フリーター」と呼ばれている人たちは、取り残されています。
 

 この言葉にスポットライトがあたるようになったのは、2015年のことだ。三菱UFJリサーチ&コンサルティングの尾畠未輝研究員の試算によれば、中年フリーターは増加の一途にあり、2015年時点でおよそ273万人いるという。
 いうまでもなく、彼らは正社員に比べて貯蓄が少なく、社会保険の加入率も低い。そのまま年金を受給する世代になると、月7万円に満たない国民年金しか受け取れない。となれば、生活は立ち行かなくなり、生活保護が視野に入ってくるだろう。ところが、日本の財政はそれだけのボリュームを支える状況にない。生活保護という制度そのものが破綻しかねない状況だ。
 そもそも、中年フリーターはなぜここまで増えてしまったのだろうか。
 その理由は明らかだ。日本において、新卒時に正社員になれなかった者は、そのまま非正規の職に就くことが多い。労働政策研究。研修機構の「壮年非正規雇用労働者の仕事を生活に関する研究」(2015年)では、男性で25歳時に非正規雇用の場合、5年後の30歳時に正規雇用になっているのは41.7%、10年後の35歳時で49.1%と約半数に留まるとしている。30歳時に非正規雇用の場合、35歳時に正規雇用になるのは28.0%でしかない。
 そして、かつて新卒時に就職氷河期を経験した世代は、今や中年(35~54歳)にカテゴライズされる年齢になった。つまり「就職氷河期世代」や「ロスジェネ世代」などと呼ばれた層が、正社員の職を得ることなく、そのまま移行してしまったわけだ。


 日本の企業の採用は「新卒重視」が続いており、新卒時に厳しい状況であった「ロスジェネ世代」は、その影響をずっと引き受け続けている、ということなんですね。

アベノミクスはテレビで見る大企業の話。僕ら”下々の者”に恩恵はない」
 藤田信也さん(43歳)の状況も切実だ。数年前に失業してから、北関東でバイト三つを掛け持ちするトリプルワークで家計を何とか維持していた。連日連夜働き詰めで、妻と幼い子とはほぼすれ違いの生活だ。
 妻は介護職だったが、過酷な労働で退職した。介護の現場に嫌気がさして、もう戻りたくないと感じていたが、家計が厳しく一時は職場復帰した。しかし、その収入はすべて保育料に消えてしまって意味がないと感じた。
 勤務先からは「働くなら夜勤をやってもらわなければ」と言われた。夜間、信也さんが仕事で家にいないなか、子どもを置いて妻が夜勤をすることはできない。他の介護施設でも、「夜勤をしてフルに働けないなら雇わない」というところが多く、結局は共働きをあきらめた。妻は他の業界での再就職も考えたが、子どもが小さく、なかなか難しい。
 信也さんの勤務先は三つだ。全てアルバイト採用で、量販店では時給800円、飲食店で時給750円、公共施設で750円という条件だった。実働は一日10~12時間、ほぼ毎日休みなしでバイトを入れて、働けるだけ働く。
 それぞれの移動時間がかかるため、朝家を出て帰宅すれば寝るだけの生活だ。昼食は車での移動中、赤信号のうちに慌てておにぎりを頬張る。そうして稼ぎ出すトータルの月収は約20万円。そこから国民年金保険や国民健康保険の保険料が引かれると、手元に残るお金はわずか。そこへ、食料の物価上昇だけでなく、公共料金の値上げがじわじわと効いている。家賃が公営住宅で月1万円を切るからこそ、やっていける。
 量販店の自転車コーナーでは、客は皆「乗れればいい。安いものを」と言って買っていく。「10万円もする電動自転車を買えるような人は、パチンコか何かで一発当たった人くらい」と信也さんは話す。
 飲食店でも、客の注文する品で本当の景気が分かるという。高級車に乗っている営業マン風の男性でも、盛りそば600円を注文する。決して、1200円する天ざるそばは頼まない。50~60代の管理職風のサラリーマンも同じ。「地域の飲食店や流通関係で働くと、景気の実態が分かる気がする」と、信也さんは身震いする。


 政府は「景気は悪くない」と言い、街の人々の声では「景気がよくなっているとは思えない」というのが目立つ。
 実際のところはどうなのか、と僕は考え込んでしまうのです。
 僕が実際にみている範囲では、「みんな生活が苦しいと言いながらも、食べ物に困るというレベルには至っていない」という印象。
 価格が高い飲食店でもにぎわっているところはたくさんあるし、「品質は良いけど値が張る商品」もちゃんと売れている。
 この信也さんが働いている量販店は、もともと「とにかく安いものを買いたい」という人が来る店である可能性もあります。

 ただ、ここまでして、トリプルワークをやらないと、家族3人が食べていくことすら難しい、ということに、僕は正直驚きました。
 バブルの時代は、「フリーターをやりながら夢を追う」なんてことをみんなが真剣に考えていたのに、今や「正社員が夢」になってしまっているのです。
 もっとも、新卒カードがあれば、「氷河期」よりは正社員にはなりやすくなったようですが。
 そして、その一度のチャンスを逃すと、あとはもう、「非正規ロード」を進んでいくしかない。
 一度レールから外れてしまうと、もう、買いたたかれる側として生きていくしかなくなってしまう。
 非正規だと結婚できる確率も下がるし、子どもの親になる確率も低くなる。まさに「格差社会」なんですね。
 そんななかで、「勝ち組」は、容赦なく自分の取り分を増やしていくのです。
 この信也さんのような状況が「当たり前」であれば、少しでもラクに生きるためには、結婚や子どもを育てることを諦めるしかない、ということになりますよね。
 ふつうの人が、ふつうに働いても家族を維持していけない社会って、資本主義というより奴隷制度ではなかろうか。


 ロスジェネ世代は他の世代より能力が低い、というわけではなくて、「右肩下がりの時代」に生まれてしまった、というだけなのに。
 女性の場合は、妊娠・出産を機に退職や非正規への転換を迫られることも多いのです。
 
 非正規の固定化は、日本の政策によって推進されてきたとも言えます。

 派遣契約は三か月ごとに繰り返す。慣れない社会人生活に加え、短期の契約更新でいつ契約が更新されなくなるかも分からず、胃が痛くなる毎日だった。働きながら必死に仕事を覚え、同じ職場で三年目になる頃には、職場の人間関係も良好に築かれ、仕事も一人前にできるようになった。上司からは「正社員になってくれればいいのに」と正社員登用をほのめかされ、胸が弾んだ。
 しかし、そんな期待はあっさりと裏切られた。きっかけとなったのは、2004年の労働者派遣法の改正で「三年ルール」ができたことだった。この「三年ルール」が就職氷河期世代の運命を大きく変え、のちに中年フリーターを大量に生んだ遠因となった。
 繰り返しになるので、ここでは要点だけ説明しておこう。「三年ルール」とは、同じ派遣社員を同じ仕事に三年以上就かせる場合、派遣先の企業は、正社員や契約社員などの形で直接雇用する「努力義務」が発生する、というものだ。だが、そこで発生したのは直接雇用ではなく、「三年でポイ捨て」という現象だった。
 また、契約社員やパート・アルバイトなどの直接雇用であっても、契約期間は三年が上限とされた。三年という期間は、職場や仕事に慣れて一人前になってくる頃だ。三年で職場を転々としなければならないと、キャリアを積むことができず、ずっと非正規を繰り返さなければならなくなる。
 のちに「三年ルール」による派遣切りが社会問題化すると、正社員登用がわずかに進んだ。しかし、それは「コンプラ重視」によるものである以上、雇用の質としては「名ばかり正社員」の域を超えないことが珍しくない。


 この「三年ルール」をつくった人たちは、こうなることが予想できなかったのだろうか……
 こうして、仕事に慣れることも、技術を磨くこともできなくなった非正規労働者たちは、「自分たちは所詮、非正規だし、こんなものなんだ……」と自信とやる気をなくしていくのです。

 働けないわけでも、やる気がなかったわけでもないのに、生まれた時代や就職のタイミングが悪かっただけで、ずっと疎外されてきた「働ける人たち」が、こんなに存在しているのです。

 この本の後半では、著者が取材した「新しい働き方を模索している新興企業」も紹介されています。
 これを読むと、ネームバリューにこだわらず、しっかり情報を集めれば、面白くてワークライフバランスも維持できる仕事や会社というのも存在するのではないか、という気がします。
 そういう会社でも、やっぱり「新卒が強い」のは事実のようですけど。

 

ルポ 保育格差 (岩波新書)

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