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【読書感想】居酒屋チェーン戦国史 ☆☆☆☆☆

居酒屋チェーン戦国史 (イースト新書)

居酒屋チェーン戦国史 (イースト新書)


Kindle版もあります。

居酒屋チェーン戦国史 (イースト新書)

居酒屋チェーン戦国史 (イースト新書)

内容(「BOOK」データベースより)
外食産業のなかでも、人気チェーンの浮き沈みが激しい居酒屋業界。そこは春夏秋冬、絶え間なく集客競争が続く世界である一方、一攫千金を狙えるベンチャービジネスの宝庫でもある。そんな世界にロマンを抱いて参入した創業者たちは、たった一店舗から数百店舗まで拡大させた野心家ぞろいだ。「養老乃瀧」「大庄」「村さ来」「つぼ八」「ワタミ」「モンテローザ」「鳥貴族」…誰もが知る大手チェーンは、いかにして成功し、やがて衰退していったのか。“水商売”を“ビッグ・ビジネス”にした異端の創業者たちの闘いの物語をひもとく。


 居酒屋チェーンといえば、『ワタミ』をはじめとして、長時間の残業に安い賃金、カリスマ経営者による「やりがい搾取」など、「ブラック企業」イメージが強いのです。
 その一方で、新規参入が比較的容易で(しかしながら、生き残る割合が高くはない)、一旗揚げようという起業家たちが、栄枯盛衰を繰り返してきた業界でもあるんですよね。
 この新書は、長年この業界を取材してきた著者によるる、居酒屋チェーンの覇権をめぐる歴史と、その個性的な経営者たちの物語なのです。

 しかし、振り返ってみれば、居酒屋業界の歴史は、常に適者生存、弱肉強食の歴史であった。居酒屋業界は浮き沈みの激しい業界だ。一発、ヒット業態を開発し、三~五年で30~50店舗も展開すれば、株式上場も夢ではなくなってくる。だが、失敗して尾場打ち枯らすケースも多い。外食産業はIT産業と並んで、ベンチャースピリットが発揮できる世界だ。そのためリスクは高くても、野心に燃えて若い創業者たちが次々に参入してくる。ときには怪物のような創業者が出現し、革新的なヒット業態を開発したり、革命的なヒット商品を生み出したりして、居酒屋市場に大旋風を巻き起こしてきた。

 外食産業のなかで産業化が最も遅れ、今なお”水商売”と見られているのが居酒屋業界であり、「居酒屋チェーン」である。
 水商売というのは、客の好みや人気次第で売上高が増えたり減ったりする、理屈の通用しない情緒的な世界だ。しかし、参入障壁は低く、たとえば、居抜き物件(設備や什器備品、家具などがついたままで売買または賃貸借される物件)なら、300万~400万円もあれば、素人でも簡単に開業できる。ただし、継続するのは非常に厳しく、三年で五軒に二~三軒は閉店を余儀なくされる。浮き沈みが激しい多産多死型のビジネスだ。「贔屓屋」(現・コロワイド傘下)の創業者にして、「大台フードプロジェクト」の創業社長を務める貝谷祐晴はこう語る。
「居酒屋事業というのは、成功を約束してくれる特許があるわけではなく、初めに競争ありきの世界です。そして最後の最後まで競争の続く世界です」
 それでも独立開業を目指す若手起業家が居酒屋事業に参入するのは、リスクは高いが一発当たれば大儲けできるからだ。ちなみに、ハンバーガーショップマクドナルド」の平均客単価が約650円、ファミリーレストラン「ガスト」(運営「すかいらーく」)の平均客単価が約850円であるのに対し、酒類を提供する居酒屋は客単価が3000~3500円に跳ね上がる。筆者は大手居酒屋チェーンのフランチャイズ店舗を運営している友人から、居酒屋経営の裏話を聞くことがある。彼は常々そう話す。
「いったん客単価が高い居酒屋商売をすると、酒を出さない定食屋なんかにはバカらしくてもう戻れなくなりますよ。固定客に恵まれれば、居酒屋商売ほど儲かる商売はないと思いますね」
 居酒屋業界は競争が熾烈で閉店するリスクも大きいが、ひとつ成功すると大儲けできる。ここに人間の金銭欲を刺激する居酒屋商売の最大の魅力があるといえるだろう。


 居酒屋業界というのは、客単価が高く、参入が容易である一方で、「一発当ててやろう」という人たちが集まってくるところでもあるのです。
 景気に左右されやすいし、新しい業態も次から次へと出てきます。
 牛丼は「すき家」「吉野家」「松屋」の御三家が定着し、ハンバーガーショップは「マクドナルド」に「モスバーガー」「ロッテリア」、ファミリーレストランは「ガスト」「ロイヤルホスト」「サイゼリヤ」と、それぞれ長期にわたって安定しているチェーンが存在しているのですが、居酒屋は栄枯盛衰が激しく、勢いに乗ったチェーンが一気に店舗を増やし、失速すると急激に減っていくのです。

 居酒屋業界のチェーン化が本格的に始まったのは「外食産業元年」といわれる1970年以降であり、歴史はまだ浅い。第一世代でかつて御三家と呼ばれたのが「養老乃瀧」「村さ来」「つぼ八」であり、第二世代で新たに御三家と呼ばれたのが「モンテローザ」「ワタミ」「コロワイド」である。
 黎明期の60年代からチェーン化を推進した養老乃瀧、70年代に登場し、80年代に起こった爆発的な居酒屋ブームに乗ってチェーン化を推進した村さ来つぼ八の「旧御三家」は、90年代にバブルが崩壊すると、軒並み経営を悪化させて代替わりに追い込まれた。


 居酒屋業界の派遣は、半世紀足らずのあいだに、第一世代、第二世代の「御三家」を経て、現在は「鳥貴族」「串カツ田中」などが居酒屋業界のリーダーにのし上がってきた、と著者は述べています。
 大成功した業態も、社会の変化やお客さんの嗜好の変化にともなって、長続きしないのがチェーン居酒屋なのです。
 最近は、人手不足や外でお酒を飲む人が減ったこと、高齢化などにより、居酒屋業界は縮小傾向となっているそうです。
 それを見越して、「ワタミ」は介護業界にも進出していました。
 それでも、「何か商売で一山当てたい人」にとっては、魅力的な業界ではあるようです。

 居酒屋チェーン「村さ来」創業者の清宮勝一は、居酒屋市場に地殻変動を起こした革命的商品「酎ハイ」(焼酎ハイボールの略。チューハイとも)の開発者として、居酒屋の歴史に名を残すだろう。この酎ハイが、1980年代の居酒屋ブームの火を点けるのだ。居酒屋史のなかで、酎ハイほど爆発的にヒットし、ビールに次ぐような大型定番商品に育ったケースは皆無である。
 村さ来は、現在では株式会社ジー・テイスト傘下の一ブランドとなっているが、最盛期にはFC(フランチャイズ)を中心に900店舗以上展開する、居酒屋業界屈指の巨大居酒屋チェーンでもあった。

 清宮は、この「酎ハイ」なら原価率が低く、高収益商品になると考えた。こうして焼酎に柑橘系のシロップ(レモン、ライム、グレープフルーツ、オレンジ、ミカン、ユズなど)で味つけし、氷をたっぷり入れて炭酸で割って飲む「酎ハイ」を、カクテルをつくるように次々に開発した。当初は20~30種類くらいだったようだが、やがて果汁、ウーロン茶、日本茶、カルピスなど割り材になるものなら何でも加えて、村さ来でFCチェーン展開を始めたころには120種類開発したといわれる。あえてビール用のジョッキを使用し、ガブ飲みしても大丈夫なアルコール濃度に設定して、「若者がファッショナブルに飲む」ことを意識したという。
 1973年ごろだと、ジョッキ1杯の酎ハイの原価は数十円と推測される。村さ来が創業当時につけた値段が1杯240円であり、現在でも村さ来では酎ハイを創業当時の価格で販売している。清宮が開発した酎ハイがなぜ革命的商品かといえば、まずバリエーションが豊富であったことだ。そして原価率が非常に低く、けた外れに儲かる商品であったことだ。
 この酎ハイが登場し爆発的な人気を獲得したことで、居酒屋は異次元の儲けが得られるビジネスとしてクローズアップされた。そして80年代に発生した空前絶後の居酒屋ブームは、この酎ハイ人気によって引き起こされた。酎ハイは、今や居酒屋のドリンクメニューとしてビールにも負けず劣らずの人気商品として定着している。


 僕も酎ハイはよく居酒屋で飲んでいましたし、今でもときどきコンビニで買ってきた缶チューハイを飲むのですが、こんな「居酒屋史における革命的な商品」だったということを、この本を読んではじめて知りました。
 そうか、お客にとっては「安い」けれど、店にとっても「儲かる飲み物」だったのだなあ。
 ビールは苦くて飲めない、という人でも、酎ハイなら、ということも多くて、若者がアルコールに親しむことにも大きな貢献をしていますよね、酎ハイは。それまでは、「おじさんたちが酔うために飲む安酒」というイメージが強かった焼酎を酎ハイに変えたことが、居酒屋ビジネスをここまで大きくした、とも言えるのです。
 ちなみに、居酒屋ビジネスというのは、「先行者がうまくいった方法を真似することに対して寛容というか、ロゴや店名というようなわかりやすいパクリ以外は、なかなか保護されない」という面があるそうで(だから、「あのチェーン店っぽい模倣店」が多発するのです)、酎ハイも、「村さ来」から、あっという間に他の店にも広まっていきました。
 ある意味、「なんでもあり」「やったもの勝ち」なところもあって、そういう激しい競争が「ブラック企業化しやすさ」の原因にもなっているのです。
 「ワタミ」の渡邉美樹さんの伝記も紹介されているのですが、個人としては、働き者で熱心な経営者ではあるんですよね。自分と同じことを他者に求めなければ……と感じるのですが、こういう人は、往々にして「自分ができることが、なぜ他人にできないのかわからない」のだろうなあ……

 伝説の深夜番組、『カノッサの屈辱』が、いま放送されていたら、きっとこの「居酒屋チェーン戦国史」も採りあげられていただろうな、と思いながら読みました。すごく面白いですよ、この本。


太田和彦の居酒屋味酒覧〈決定版〉精選204

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