琥珀色の戯言

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【読書感想】闇の日本美術 ☆☆☆

闇の日本美術 (ちくま新書)

闇の日本美術 (ちくま新書)


Kindle版もあります。

闇の日本美術 (ちくま新書)

闇の日本美術 (ちくま新書)

内容(「BOOK」データベースより)
日本の古代・中世絵画には苦しみ、恐れ、悲しみ、嫉妬、絶望など、世界の暗部をのぞき込むような主題が散見される。本書では絵巻や掛幅画に描かれた闇について、仏教思想や身体観、歴史的事件などを手がかりに「地獄」「鬼と怪異」「病」「死」「断罪」「悲しき女」の各テーマに分けて、よみといていく。日本人は生老病死をどうとらえ、どう描いてきたのか。暗闇からの日本美術入門。


 5年くらい前に、「東村アキコさん推薦!」というようなふれこみで、子どもに『地獄』を描いた絵本を見せるのが流行ったことがありました。
 もちろん、いやがらせ、というわけではなくて、「教育の一環」という名目だったのですが、これが「教育」なのかどうか、当時もさまざまな意見が出ていました。


絵本 地獄――千葉県安房郡三芳村延命寺所蔵

絵本 地獄――千葉県安房郡三芳村延命寺所蔵


 いやもう、この絵本、僕も怖いもの見たさでページをめくってみたのですが、赤鬼がウソをついた人間の舌をひっこ抜き、殺生をした人が手足を切られ体を輪切りにされる絵など、残酷すぎてかえって笑ってしまうような場面が続いていくのです。
 これ、子どもが見たら、トラウマになるよなあ……
 だからこそ、「悪いことをしたら、こうなるんだよ」という効果も大きいのかもしれませんが。


 この新書を見かけて、最初に思い出したのは、その「地獄絵図」だったのです。
 どうしてあんな絵を手間暇かけて描いたのか、どうせだったら、もっと楽しい気分になったり、心が癒されたりするような作品をつくればいいのに……
 とはいえ、こういう「怖い絵」に、ものすごく惹かれてしまうのもまた、事実なんですよね。
 それは「怖いものみたさ」なのか、「苦痛が多い人生をかみしめるため」なのか。

 著者は、絵巻や掛幅画に描かれた「闇の世界」について、仏教思想や身体観、歴史的事件などを手がかりに「地獄」「鬼と怪異」「病」「死」「断罪」「悲しき女」の各テーマに分けて紹介・解説しているのです。

 平安時代の貴族たちは、経典を通じて知った地獄を、絵画によって視覚化し理解していた。現世に続く死後の長い時間として、あるいは地中奥深くにある果てしない空間として、描かれた地獄にリアリティを感じ取っていたのである。
 記録の上では、九世紀に遡る「地獄変屏風」の存在が知られる。歳末の宮中仏事である仏名会では、一年の罪業を悔い改めるために諸仏の名を称えるが、儀礼空間の背後にこの屏風が立てられた。悪業によって堕ちる最悪の場所を屏風という大画面で目の当たりにすることで、仏事に参加する貴族たちの祈りは一層切実なものとなったであろう。清少納言は、「地獄変屏風」の気味悪く堪え難いありさまを「ゆうしう、いみじきこと限りなし」と記している(『枕草子』第七十七段「御仏名のまたの日」)。


 こういう記録を読むと、子どもに地獄の絵を見せるというのは、昔の人々が信仰心を高めるためにやってきたのと同じとも言えますよね。
 写真や映像がない時代では、絵に描かれた「地獄」のイメージは、より一層強烈なものになったと思われます。それを信じている人にとっては、まさに「地獄の責め苦」となったのではないかと。

「地獄草子」「餓鬼草子」とともに、後白河上皇周辺で制作されたと見られる六道絵巻のもう一種が、「病草紙」である。病苦を通じて人道を表すもので、二十一場面が断簡となって、国内の美術館や博物館などで分蔵されている。
 各場面には、歯痛や腹痛など比較的軽微な病に加え、かつては業病と考えられていた先天性疾病をも含む、多種多様な症例が表されている。本絵巻の大きな特徴として、ほぼ全ての場面において病者の周囲に、病の者を憐れむどころか指さして笑い蔑む者たちが描かれていることが挙げられる。嘲りの背景には、病や先天性の疾患を仏罰として捉え罪のしるしとみなす価値観が存在していた。


 こういうのは、いまの価値観からすれば「ひどい話」ではあるのですが、そういう時代もあったのです。
 もしかしたら、今の世の中の病や先天性疾患についての考え方も、未来の人間からみれば「ひどい時代の話」になってしまうのかもしれませんね。
 嘲る一方で、「そういうもの」に対する興味を隠せなかった、というのは、現代とも共通していると言えます。


 この本で紹介されている「闇の日本美術」をみていくと、当時の人々の死生観や無常観が伝わってくるのです。

 藤原氏嫡流である五摂家の筆頭、近衛家伝来の史料群を現代に伝える陽明文庫。典籍・記録・日記・美術品など内容は多岐にわたるが、その一画に不思議な絵が含まれている。
 描かれているのは、痩せ衰えた老女で、首と背中に薄汚れた頭陀袋を懸け、ぼろぼろの蓑を着け、手には破れた竹と笠を持つ。画幅の裏に「小野小町 貞治六年(1367)六月廿五日(花押)」と記された紙片が貼り付けられている。南北朝時代に制作された、小野小町像であるようだが、絶世の美女として喧伝された小町とは程遠い姿である。本作に描かれた、貧しく老いた小町像は、中世に広まった小野小町伝説と深い結びつきがある。

 この絵の写真も掲載されているのですが、これが「小野小町像」なの?と呆れてしまうような老婆の姿には驚かされます。
 
「花の色は移りにけりないたづらに、わが身世にふるながめせしまに」
 百人一首にも採られている、このような句を詠んだことから、小野小町には「凋落伝説」がつくられていったそうなのです。
 たしかに、そういう内容の句ではありますが、昔の人は容赦ないなあ、と思わずにはいられません。


 この本を読んでいると、人間にとっての「見たいもの」と「見たくないもの」って、ずっと紙一重なんだな、という気がしてきます。
 「地獄絵図」って、いまの子どもに見せたほうが良いのだろうか……
 

闇の美術史――カラヴァッジョの水脈

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黒美術 闇と幻を描く表現者たち

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