琥珀色の戯言

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【読書感想】一切なりゆき 樹木希林のことば ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

内容紹介
2018年9月15日、女優の樹木希林さんが永眠されました。樹木さんを回顧するときに思い出すことは人それぞれです。古くは、テレビドラマ『寺内貫太郎一家』で「ジュリー~」と身悶えるお婆ちゃんの暴れっぷりや、連続テレビ小説『はね駒』で演じた貞女のような母親役、「美しい方はより美しく、そうでない方はそれなりに……」というテレビCMでのとぼけた姿もいまだに強く印象に残っています。近年では、『わが母の記』や『万引き家族』などで見せた融通無碍な演技は、瞠目に値するものでした。まさに平成の名女優と言えるでしょう。
樹木さんは活字において、数多くのことばを遺しました。語り口は平明で、いつもユーモアを添えることを忘れないのですが、じつはとても深い。彼女の語ることが説得力をもって私たちに迫ってくるのは、浮いたような借り物は一つもないからで、それぞれのことばが樹木さんの生き方そのものであったからではないでしょうか。本人は意識しなくとも、警句や名言の山を築いているのです。
それは希林流生き方のエッセンスでもあります。表紙に使用したなんとも心が和むお顔写真とともに、噛むほどに心に沁みる樹木さんのことばを玩味していただければ幸いです。


 僕が樹木希林さんをはじめて観たのは、『ザ・ベストテン』で、郷ひろみさんと『林檎殺人事件』を歌っていた姿でした。
 子供心に、「なぜ、あの郷ひろみさんと、こんなパッとしない女の人がデュエットしているんだろう?」と疑問だったんですよね。
 「美しい人はより美しく、そうでない方はそれなりに」というフジカラーのCMも印象に残っています。
 樹木希林さんは、人生の後半になって、個性派女優として存在感を増し、亡くなる前にも『万引き家族』で、「らしい」姿を見せておられました。
 あまりにも平然と活躍しておられるので、「全身がんなんですよ」という本人の言葉も、「本当なのだろうか」と内心疑っていたくらいです。

 
 樹木希林さんの生き方というのは、亡くなられてから、あらためて注目された面もあるのですが、けっしてすべてがうまくいっていた、というわけではなくて、内田裕也さんとの愛憎入り乱れた長年の結婚生活もあって、本当に不思議な人だなあ、と僕は感じています。
 真似しようと思っても、できるような人ではないけれども、この本で、樹木希林さんの言葉を辿っていくと、世の中には、こんな生き方を(外見上は)平然としてきた人もいるのだなあ、と感心するのと同時に、自分も少し生きかたの許容範囲が広がるような気がしました。

 私が今日まで生きてきて、自分で一番トクしたなと思うのはね、言葉で言うと、不器量と言うか、不細工だったことなんですよ。
 私は、普通だと思ってるんだけども、他人がそういうふうに見るから、ああ、そうなんだなあと思って見ているうちに、器量よしばっかり集まる芸能界に入っちゃったんですよ(笑)。
 今でこそ、役の広がりが出てきましたけど、昔はお手伝いさんまでも、器量よしがやったわけですからね(笑)。ま、だから、自分が不器量だということに早目に気がつかされちゃってね。
 それでね、案外自分としては、男を見誤らないできたという確信があるんですよ。要するに、見誤らないというのは、
自分がこうだと思ったとおりなんです。それを選ぶか選ばないかは、自分の縁ですからね。
 だから、不器量であるために、他人が私に関心を寄せないから、こっちが自由に人を判断できる。今日まで、いろんな男の人との出会いがあって、中には、うーん、ねえっていうのもありますけど(笑)。それも含めて納得しているんですね。不器量のトクな点だなあと。
  (「そして、現代に貞女はいなくなった…」1998年3月)


 希林さんの言葉を読んでいて感じるのは、足りないことやものを嘆くのではなく、いま、自分がもっているもので勝負している人の強さなんですよ。
 いま、ここにある素材でできる、いちばんおいしい料理をつくることを楽しんでいるようにみえるのだよなあ。
 希林さんは、家を建てるときにも、「現場で設計図とは違うところに穴をあけてしまったり、間違えたりしたときも、そのミスを活かしたいから直さずに教えてほしい」と建築家にお願いしたそうです。

 私はお仕事で関わっている人達を、自分も含めて俯瞰で見るようにしているんです。そうすると自分がその場でどんな芝居をするべきかがとてもよく分かる。初めてこの世界に入った時に、俯瞰で見ることを覚え、どんな仕事でもこれが出来れば、生き残れるなと感じましたね。
   (「この人の言葉は宝物だ!」2002年8月)

 物事を俯瞰で見ていますとね、自分がどうすべきかが見えてくると同時に、他の役者さんがそのシーンでどう演じるべきかも見えて来るんです。まあ、私と絡まないところでは別に構わないのですが、関わっているところで、まったくお門違いな拘(こだわ)り方をしている役者さんがいると、どうしても「何やってんの、あんた」って、ズバッと言っちゃうんですよ。それがどうもあまりに的を射ているものだから、傷つくらしいんですよね。的はずれだと頓着しないんだろうけど、それでへこたれて役者辞めようなんて思っちゃう人もいるようで。今は会う人ごとに、昔のことを謝って歩いている人生ですよ(笑)。
   (この人の言葉は宝物だ!」2002年8月)


 この「俯瞰で見る」ことができれば、どんな仕事でも生き残れる、というのは、確かにそうなのだろうな、と思うのです。
 全体をみて、自分はこのポジションで何をやるべきか、という判断ができ、それを過不足なく実行できれば、どんな仕事でも重宝されるはず。
 実際の仕事の現場では、自分自身の主観や疲労で、やるべきことをやらなかったり、他人と衝突してしまったりするのです。
 希林さん自身も、こうして「俯瞰で見る」立場から他者にアドバイスをして、何度も苦い思いをしているみたいです。
 というか、俯瞰はできるけれど、つねに空気を読んで他者に遠慮するわけではない、というのが、希林さんのすごいところであり、めんどくさいところでもあったのでしょう。
 

 希林さんは、こう仰っているのです。

「老い」とか「死」とか、そういうテーマの取材依頼がたくさんきて、困っちゃうのよ。何も話すことなんてないんだから。「死をどう思いますか」なんて聞かれたって、死んだことないからわからないのよ。
 私がこういう取材を受けるメリットはどこにあるの? あなた方のメリットはわかるの。えっ、私の話で救われる人がいるって? それは依存症というものよ、あなた。自分で考えてよ。
   (「全身がん 俳優・樹木希林の死生観」2017年5月)


 樹木希林さんは、結局のところ、「他人の話を鵜呑みにしないで、自分で考えなきゃダメだ」と仰っているのです。
 そう言いながらも、あれこれ聞かれると、天性のサービス精神からか、そんな話までしなくても……というようなことまで、率直に語っておられるんですよね。
 内田裕也さんとの夫婦関係や子どもたち、娘さんの夫である本木雅弘さんのことなども、とくに身構えることもなく。
 一切なりゆきだし、自分は自分、他人は他人、だと言いつつも、他者に「ダメ出し」をせずにはいられない人でもあります。
 そういうところが、希林さんの「人間味」であるのと同時に、苦手だと感じていた人も多かったのではなかろうか。

 
 この本は、「一切なりゆき」というタイトルだけれど、僕は「自分でとことん考えて、今の状況で最善を尽くす」というのが樹木希林さんの生き方だったのではないか、と思うのです。


SWITCH Vol.34 No.6 樹木希林といっしょ。

SWITCH Vol.34 No.6 樹木希林といっしょ。

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