琥珀色の戯言

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【読書感想】やりたいことは二度寝だけ ☆☆☆


Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
検索が生きがい。文房具集めとハーブティーで日々を潤し、からあげ王子に想いを馳せ、ドラクエで自分の20年を振り返る…。ささやかで、ちょっぴりおマヌケな出来事を綴る、“地味面白~い”脱力系エッセイ。


 『ポトスライムの舟』で、第140回(平成20年度下半期) 芥川賞を受賞された津村さんが、会社員との「兼業」時代に書いた、「自分が気になることをネットで検索したエッセイ」です。


 これを読んでいると、世の中には、自分が知らなかった言葉があふれているのだな、と認識せざるをえないのです。

 どうして「被って着るタイプのウエストのゆるいワンピースのような服」が「アッパッパー」と呼ばれているのか気になったので、その語源について調べてみることにした。
「アッパッパー」とは、実は「UP A PARTS」の略であることが判明して、ちょっと驚いた。すごく現地っぽい発音じゃないのかアッパッパーのくせに。日本語としては、「簡単服」という言葉があてられていて、これは確かに納得である。アッパッパーは、大抵二秒強で着られる。そういえば、高校生の時の友人が、自分はブラジャーを二秒でつけられると自慢していたので、二秒というのは服を早く着る時の目安のようなものなのだろう。
 それにしても、なんとなく使ってみたい言葉ではある。少し上の世代の言葉なのか、今31歳のわたしの同世代で、あまり使っている人を見かけたことがない。


 僕はこれを読んで、はじめて「アッパッパー」という言葉の存在を知ったのです。
 なんだその「パッパラパー」みたいなのは?
 ファッションに疎いのは自覚しているのですが、異性のファッション用語なんていうのは、本当に知らないことだらけです。
 世の中の女性は、本当に「アッパッパー」なんて、日常的に使っているのだろうか……


 いちばん印象的だったのは、「ドラクエとわたしの二十年」という回でした。
 1978年生まれの津村さんの「ドラゴンクエスト愛」。

 友人によると、彼女のクラスでは、ドラクエ3の発売以後、近視になる生徒の率がはね上がったのだという。わたしが眼鏡をかけ始めたのも、確かに小学5年からだ。わたしは、夜な夜な本を読み、ファミコンに耽溺している子供だったので、ドラクエだけのせいだとは思わないのだが、今になって彼女の言うことに妙に納得している。ドラクエ3は、わたしにとって一つの生活だったからだ。
 クラスメイトと遊んだことよりも、本屋の前で帰るのがめんどうになって「ルーラ」と口走りかけたことを覚えている。レーベの村で「とげのむち」を買えたうれしさのことを覚えている。ギアガの大穴がテレビの画面に現れた時の驚きを覚えている。ゾーマメガンテがきかなかったことの衝撃を覚えている。エジンベアで岩が三つ揃った時の高揚を、マドハンドにだいまじんを呼ばせることを繰り返して、ひたすら経験値を溜めていた時の倦怠を覚えている。テドンの村の昼と夜を知った時の、さいごのかぎを渡してくれた白骨が消える瞬間の悲嘆を覚えている。
 これらのことが、数秒で思い出せる。そういう人は珍しくないだろう。ある年代の人にとって、ドラクエは、生活を超えた生活になっていたのだと思う。それは未だ、どのじゅもんを重用していたか、などというテーマで一時間は話せるといった現象を引き摺っている。


 僕の親世代が長嶋茂雄美空ひばりを語るように、僕から下の世代の共通の話題は「どんなテレビゲームで遊んできたか」であり、「どのドラクエがいちばん好きか」なんですよね。疲れているときには、今でも「これはホイミじゃなくて、ベホイミじゃないと無理だな」とか、40過ぎても思いますし(口には出さないけれど)。
 僕が子供のころには、「テレビゲームは子供にとって害だ」とさんざん言われていましたが、ここまで普及してきて、親もゲームをやってきた世代になると、「テレビゲームそのものが云々」というのではなく、「ゲームのなかに、有害な作品や表現があるのではないか」という話になっていますし。何が有害か、というのは、相変わらず難しい問題ではあるんですけどね。
 

 津村さんは2012年に専業作家になったのですが、「兼業作家の生活」が端々に書かれているのも、なかなか興味深かったのです。
 内容的には、本当に「社会に物申す!みたいなことは書かれていない」のです。読んで何かの役に立つかと言われると、「ああ、みんなけっこういろんな言葉を検索しながら生きているのだなあ」と感心する、というくらいです。
 津村さん自身は、「あとがき」で、こんなふうに仰っています。

 自慢話も、ちょっといい話も、お説教も、他人の不幸も、全部疲れるけれど、何かちょっとだけ読みたい、という時がある方に読んでいただきたい。何も残らないし、ひたすら地味で意味も無いけど、読んでる間少しらくになった、と感じていただければこれ幸いである。こうだといいなあ、と思っているのは、デパ地下のケーキではなく、スーパーで二百円以下で買えるお菓子だ。できれば、最近破格においしい森永チョイスビスケットの裏にチョコレートが塗ってあるやつみたいだと思っていただければ、たぶん泣いて喜ぶでしょう。


 確かに、他者の感情や意見があふれている世の中の圧力みたいなものに疲れてはいるんだけれど、何か文字を追っていたい、というときに、最適なエッセイだと思います。
 そんなことあるの?って言われるかもしれませんが、活字好きにとっては、「そういうときって、ある」んですよ。
 何か読んでいると落ち着くんだけど、あまりめんどくさいものは読みたくない、っていう。
 ああ、津村さん、わかっているなあ。


fujipon.hatenadiary.com

ポトスライムの舟 (講談社文庫)

ポトスライムの舟 (講談社文庫)

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