琥珀色の戯言

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【読書感想】忖度バカ ☆☆☆

忖度バカ (小学館新書)

忖度バカ (小学館新書)


Kindle版もあります。

忖度バカ(小学館新書)

忖度バカ(小学館新書)

内容(「BOOK」データベースより)
森友・加計問題に端を発し、急速に広まった「忖度」という言葉。これは流行語には終わらない、日本社会に深く巣食う病理を表わす言葉でもある。ここでクローズアップされた官僚や政治家の忖度は「先回りの服従」というべきものだが、政治の場のみならず、会社や学校など様々な場で「忖度バカ」が生まれ、忖度疲労を起こしている。病的な忖度はなぜ生まれるのか。様々なパターンを検証し、日本に蔓延する「暗黙の空気」の正体を解き明かす。


 『がんばらない』の鎌田實さんの新刊。
 今回のテーマは「忖度」です。
 「忖度」って、2017年の流行語大賞にもなりましたし、最近はよく耳にするのですが、けっこう難しい言葉ですよね。
 

「相手の気持を推し量る」という忖度は、社会生活を送るうえで大切な能力です。その能力が何らかの要因で過剰にはたらき、「忖度」以上の意味が加わることで発症する病気が「忖度症候群」です。
 忖度の能力は個人差が大きいものです。一般的に、加齢や経験によって、能力は育っていきます。「細かい気遣い」や「思いやり」「おせっかい」など表現されるものは、政情範囲内の忖度で、病的な忖度はこれらと明らかに異なります。
 忖度症候群の典型的な症例は「あなたのため」「会社のため」「国のため」と、相手のことを思いやる形をとりながら、実は相手の行動や考えをコントロールしようとしたり、見返りを期待して、しがみつこうとします。
 いつも相手(他者)のことが気になり、相手を基軸にした価値観で行動したりします。自分の本当の気持を押し殺し、生き方を曲げたりするため、大きなストレスを抱え込むことになります。相手と一体感を得られている間はよいですが、一体感が崩れると、自分の人生が台無しにされたような被害者意識に囚われやすくなるのも特徴です。


 悪いイメージが定着してしまった「忖度」なのですが、本来は、人間が集団で生きていく上で、必要不可欠なものでもあるのです。
 他者と接するとき、すべてを口や行動で説明するのは、あまりにもめんどくさいですし。


 僕はこれを読みながら、鎌田さんの「正論」に納得しつつも、けっこう典型的な反安倍総理の「サヨク」みたいな人なんだなあ、と、ややうんざりもしたのです。
 なんでも安倍総理が悪い、ってわけでもないと思うんですよ。
 長い間、権力の座にいることの弊害は大きくなってきているとは感じますが、それまで、あまりにも総理がコロコロ変わってしまっていたことの反動もあるんじゃないかな。
 

 モリカケ問題はまだ全貌が明らかになっていませんが、もし担当部署の官僚が一強の考えを忖度し、「お友だち」に有利になるように働きかけたのだとしたら、それは「一強のため」と言いながら、「私利私欲のため」だったのかもしれません。
 私欲にまみれたそんな行為を、自分の子どもが知ったら、胸を張っていられるでしょうか。一強におもねる官僚たちに子どもがいるかどうかは知りませんが、一人の人間として、自分のなかにある良心に向き合ってほしいと思います。
 忖度された側の権力者も自分は潔白だというならば、権力の周辺には忖度が発生しやすいことを理解していなければならかなかったでしょう。そのうえで、「お友だち」にはこう宣言すべきだったのです。
「悪いな。おれがトップにいる間は、おまえには何もしてあげられない」
 そんな清廉な人物だったら、多くの人が支持するでしょう。
 そして、忖度ですり寄ろうとする人たちには、「国民にとって何が必要なのかを考えて議論してほしい」と言い、親友の大学については議論から外すことが正しい選択だったのではないでしょうか。


 鎌田さんの話は、本当に「正論」なんですよ。
 でも、僕がこれまで、40数年生きてきた実感としては、人間というのは、みんなに公平、公正であるよりも、「自分のために何かをしてくれる人」についてくるんですよね。
 もちろん、僕はそれが正しいとは思わないけれど、鎌田さんが、70歳近くになっても、こんな理想を追いかけて、発言されていることに「すごいなあ」というのと、「これまで、そんな清く正しい世界で生きてきたのだろうか」と不思議な気分になるのです。
 いや、だれかが理想を語らなければならない、というのも、わかるのだけれども。


 そういうイデオロギーの問題はさておき、鎌田さんは現場でさまざまな経験をされており、書かれているエピソードには面白いものがたくさんあります。

 20年ほど前、諏訪中央病院に隣接する老人保健施設やすらぎの丘の施設長をしていました。その当時、まったく食欲がなくなってしまった高齢者に、アイスクリームを食べてもらっていました。アイスクリームは、高カロリーで、のど越しがよく食べやすいものです。スタッフが交代で、声をかけながら、口元にスプーンを持っていくと、食べものを受け付けなかった人が口を開け、おいしそうにアイスクリームを味わうのです。ある方は、そのアイスクリームだけで、2か月ほど生き、眠るように亡くなっていきました。
 諏訪中央病院の緩和ケア病棟に入院するがんの末期の患者さんには、かき氷が好評です。病棟にはかき氷削り器が置いてあって、食べたい人がいると看護師がガリガリとかき氷をつくります。
「さっぱりしておいしい」と、本当に幸せそうな顔をします。
 アイスクリームにしても、かき氷にしても、終末期の看護や介護の現場で、手探りでたどり着いた手法です。
 いま、この手法に「スロー・ハンド・フーディング」という名前がついて、スポットライトが当たっています。もっと広がればいいと思います。
 終末期、何もしないという選択はつらいものです。その結果、ついつい胃ろうを置いたほうがいいのでは、と考えます。そんな家族に、スロー・ハンド・フーディングで無理のない範囲で支えてあげましょうというと、たいてい納得してくれます。
 栄養を摂るための手段というよりも、ひとさじひとさじを介した「心の交流」や、看取られようとしている人と看取ろうとしている人の「死の受容」としての意味が大きいと思います。


 鎌田さんは、行動し、試行錯誤している人で、だからこそ、なぜ、この人は現場でいろんな壁にぶち当たっているはずなのに、こんなに理想を追えるのだろう、と僕は不思議になるのです。
 ただ、現場では「単なる理想主義者」ではなくて、「何もしない」のはつらいし、「胃ろうをつくる」には抵抗がある、という家族に「ちょうどいい落としどころ」を見つけてあげる、現実主義者でもあるのだよなあ。


 この本のなかで、鎌田さんは、こんな「告白」をされています。

 父とぼくは血のつながりがありません。それを知ったのは30代後半でした。パスポートを取得するときに、偶然知ったのです。子どものころから、ぼくが養子であることはまったく知らされていませんでした。疑問を持ったこともありませんでした。少なくとも意識の上では。
 医大で、自分の血液を採って、血液型を調べる課題が出ました。ぼくはこの課題をまったくやりませんでした。「血液型を調べること=親子のタブーに触れること」などと考えていたわけではありませんが、意識しないところで、何となく避けていたように思います。
 その後、ぼくは医者になり、東京から長野に赴いて諏訪中央病院で地域医療に没頭しました。高齢になった父を呼び寄せ、自分の家に「岩次郎小屋」という父の名を付けました。
 それから、父は88年の人生を全うするまで、ぼくが養子であることを隠し通しました。ぼくも、ぼくがすでにこの事実を知っていることを父に隠し続けました。


(中略)


 ぼくは、貧しいタクシー運転手の父と、心臓病の母にもらわれて育てられましたが、それを「不幸」だとは思っていません。18歳のときの父との衝突は、不器用な方法ではありましたが、たしかに父と向き合った瞬間でした。
 父は、幼いぼくを引き取って育てると決めた日、実の親になりきろうと覚悟したのだと思います。その覚悟の強さを感じるからこそ、ぼくも最後まで黙っていたのかもしれません。お互いが切ない忖度をしていたともいえます。
 しかし、もし、ぼくらがもう少しオープンな親子関係だったら、そして、多様な親子関係を認める時代の空気があったなら、ぼくは父に「拾って育ててくれてありがとう」とお礼を言いたかった。いろいろなことを、肚を割って語り合いたかった、と思っています。


 この話、読みながら、いや、読んでからずっと、心に引っかかっているのです。
 鎌田さんのお父さんは、息子に「本当のこと」を言ったほうがよかったのだろうか。
 養子であることをちゃんと話しておかなければ、という気持ちと、それによって、今まで積み重ねてきたことが、変わってしまうのではないか、という不安が、ずっとあったのではなかろうか。
 鎌田さんが知っていることを黙っていたのは、せつなくて、あたたかい「忖度」だったと思います。
 たぶん、「より正解に近い答え」は、時代の空気や、個々の関係のなかにしか存在しない。
 「伝える」か「伝えない」かしか、選択肢はないんだけれど。


がんばらない (集英社文庫)

がんばらない (集英社文庫)

忖度社会ニッポン (角川新書)

忖度社会ニッポン (角川新書)

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