琥珀色の戯言

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【読書感想】それまでの明日 ☆☆☆☆☆

それまでの明日

それまでの明日


Kindle版もあります。

それまでの明日 (早川書房)

それまでの明日 (早川書房)

内容(「BOOK」データベースより)
11月初旬のある日、渡辺探偵事務所の沢崎のもとを望月皓一と名乗る紳士が訪れた。消費者金融で支店長を務める彼は、融資が内定している赤坂の料亭の女将の身辺調査を依頼し、内々のことなのでけっして会社や自宅へは連絡しないようにと言い残し去っていった。沢崎が調べると女将は六月に癌で亡くなっていた。顔立ちのよく似た妹が跡を継いでいるというが、調査の対象は女将なのか、それとも妹か?しかし、当の依頼人が忽然と姿を消し、いつしか沢崎は金融絡みの事件の渦中に。切れのいい文章と機知にとんだ会話。時代がどれだけ変わろうと、この男だけは変わらない。14年もの歳月を費やして遂に完成した、チャンドラーの『長いお別れ』に比肩する渾身の一作。


 原尞さん、14年ぶりの新刊は、「このミステリーがすごい!」「ミステリが読みたい!」の国内編でそれぞれ1位に輝き、2冠を達成しました。
 僕はこの「沢崎シリーズ」の熱心な読者だったとは言い難く、『そして夜は甦る』(1988)や『私が殺した少女』(1989)がベストセラーになったときには、「たしかによくできたミステリだけれど、アナクロというか、ちょっと古い小説だな」と思っていたものです。
 ところが、いま、2010年代の終わりに、この『それまでの明日』を読み始めたら、この世界観と原さんの文章が、昔よりずっと、僕にとって親しみやすいというか、読みやすくて味わいのあるものに感じられることに驚きました。

 探偵を稼業にしてかれこれ三十年近くなるが、依頼人が友人になったことは一度もなかった。仕事が終わったあとで、私の仕事ぶりに満足しなかった依頼人はそんなにいなかったはずだ。友人にしたくなるような依頼人が一人もいなかったわけではない。だが、依頼人が友人になることはなかった。探偵の仕事とはそういうものだった。


 きらびやかな世界で活躍するわけでもなく、世俗の栄誉や贅沢には縁遠いけれど、自分の生き方に忠実な探偵・沢崎。不器用でぶっきらぼうなのだけれども、けっして、冷たい人間ではない。
 もしかしたら、僕もそれなりの年齢になって、こういう大人でいることの難しさがわかるようになったからこそ、この作品の世界に惹かれるようになったのかもしれません。
 書くのに14年もかかったこともあり、沢崎が使っているツールの古さを感じるところはありますし、物語の鍵を握っている人物の「秘密」も、いかにも昭和チックというか、今の時代だったら、そんなことはあまり大きな問題と認識されないのではないか、とも思うんですよ。
 でも、そういったところも含めて、この作品は「カッコいいとは、こういうことさ」に満ち溢れているのです。
 独創的なトリックとか、うんざりするほど続くどんでん返し祭りとかは、この作品にはありません。
 だが、それがいい
 ひとつひとつの文章を大切に読みたくなり、読み終えるのが惜しくなる。この世界に、もう少し浸っていたくなる。そんなミステリなんですよね。
 読んでいると、僕も少し本好きとして「大人」になったのではないか、という気もしてきます。


 『このミス』に、原尞さんのインタビュー記事とともに、担当編集者(早川書房の千田さん)のコメントも収録されているのです。
 この前作から14年も空いてしまった、この『それまでの明日』が世に出るまでの間、原さんの言葉を、千田さんは書き留めていたそうです。

 例えば「2014年、六章まで書いた。プリントアウトしようかと思ったができなかったので持参しなかった」「2015年、今年の夏は暑くて筆が進まない」「歯医者に行ってすっきりしたのでこれからはちゃんと書く」「2016年、私は締切に間に合わせて書き殴るような作家ではない」等々。

 結果的に、原さんはこれまでの作品を完成させたので、「待った甲斐があった」とは思うのです。いまの小説の世界に、これほどまでにマイペースで妥協しない遅筆の作家と、その作家と伴走し続けた編集者がいて、『それまでの明日』が生まれたのだ、ということそのものが、原さんが書き続けているハードボイルドの一篇のようでもありますよね。


 最後まで読んで、「えっ、これで終わり?」と思ったのですが、インタビューによると、原さんも続編の構想を持っているそうです。
 今度はなるべく早く書き上げたい、と。
 しかし、どんなに傑作でも、14年間隔っていうのは、ちょっと厳しいよなあ……


 この作品を読み終えると、これまでの沢崎シリーズと、レイモンド・チャンドラーの作品群を、あらためて読み返したくなります。
 今なら、以前読んだときよりも、作品の世界に馴染めるような気がします。
 年を重ねることによって、面白さが増す小説というのもあるということを、あらためて思い知らされる読書体験でした。

fujipon.hatenadiary.com

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ロング・グッドバイ フィリップ・マーロウ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

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