琥珀色の戯言

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【読書感想】書店員X - 「常識」に殺されない生き方 ☆☆☆☆

内容紹介
2016年、地方の一書店が仕掛けた「文庫X」なる謎の本が、日本中を席巻した。表紙をオリジナルの手書きカバーで覆い、タイトルと著者名を隠すという前代未聞の試みは、全国650以上の書店を巻き込み、30万部を超えるヒットを記録。マスコミにも大きく取り上げられた。
本書では、ヒットに至るまでの道のりとアイデアの秘訣を分析し、それらと著者自身の半生を踏まえた上で、世の中を生き抜く力について語る。


 あの「文庫X」の仕掛け人が、企画から「ネタバレ」となる「文庫X開き」までの舞台裏を語る新書……だと思いきや、「本を売ること」だけでなく、著者の長江さんの「生きづらさを抱えてきた半生」と、「先入観や常識の殻を破って生きるにはどうしたら良いのか」という「人生論」がけっこうな割合を占めていて、最初は面食らってしまいました。
 そりゃ、「文庫X」のおかがで、『真犯人はそこにいる』はものすごく売れたみたいだし、著者の手腕はたいしたものだとは思うけど、だからといって、いきなり人生論とか一席ぶたれても……
 と思ったんですけどね。
 読み進めていくうちに、これは「企画が大成功した書店員さんが調子に乗って書いた本」ではなくて、「もともと世の中の生きづらい人たちに声を届けたくて、言葉を貯めてきた人が、ようやくその機会を得て、水を得た魚のようにつづった文章である」ということが伝わってきました。
 というか、著者の長江さんがこの新書のなかで触れている本は、僕がこれまで読んで、感銘を受けてきた本とすごく重なっていて、なんだか他人事とは思えないところもあって。

 (2016年)7月21日から始まった「文庫X」は、後述する「文庫X開き」が行われた2016年12月9日までの約4ヶ月半に渡る企画でした。その間の当店(さわや書店全体ではなく、さわや書店フェザン店のみ)の売れ数は5034冊でした。1ヶ月平均で1100冊です。
 これがどれほど常識外れな数字なのか--例えばさわや書店フェザン店の1ヶ月の文庫全体の売れ数の平均が8415冊(過去2年間の平均を出しました)だと書くと多少は凄さが分かっていただけるでしょうか? すなわち、1ヶ月の売り上げの約8分の1が「文庫X」だった、ということです。


 これは本当に、すごい売り上げだよなあ、と。
 著者は、『殺人犯はそこにいる』に強い衝撃を受け、この本をより多くの人に読んでもらいたいと、勤めている書店だけの企画として、この「文庫X」をはじめたそうです。
 最近、書店の文庫のPOPをみると、「売りたい本があって、それに合わせてセールストークが書かれている」ように感じる、「ブーム狙い」みたいなものが多いのです。
 既読の僕からすると「この本のどこで、うずくまって泣けるんだ……」とか。
 書店のPOPが話題になることが増えた一方で、「売るために義務的につくられたもの」や「義理POP」ばかりが増えています。


 僕が驚いたのは、長江さんが「『殺人犯はそこにいる』の書名・著者名を隠すして、『文庫X』として売る」ことにした理由でした。
 「面白い本を、宝探しみたいな感じで売りたい」というくらいの仕掛けだったのかな、と思っていたので。

 「文庫X」は、表紙を隠したという点が大きく注目された企画だった。それは当然のことだ。なにせ、それ以外のあらゆる情報をひた隠しにしていたのだ。取り上げてもらえる部分が、表紙を隠しているという事実だけだった、とも言える。
 とはいえ僕は、表紙を隠したことは「文庫X」という企画の本質ではないと思っている。僕にとって表紙を隠すのは「手段」の一つであって、「表紙を隠す企画」をやりたかったわけではないのだ。
 では、表紙を隠すのは何のための「手段」だったのか。それは、「先入観を取り除くこと」だ。
「文庫X」の中身である『殺人犯はそこにいる』はノンフィクションであり、ノンフィクションというのはそもそも書店ではあまり売れるジャンルではない(一部例外もあるが)。難しそう、硬そうというようなイメージを与えるのだろう。実際に起こった連続殺人事件を扱った作品は、そもそもそういうジャンルに関心がある人しか手を伸ばさない。僕は『殺人犯はそこにいる』を読んで、この本は普通に売り場に置いていたら、多くの人に「これは私が読む本ではない」と思われてしまうだろうと考えたのだ。
 その先入観を取り払ってもらうために表紙を隠した。僕にとって、表紙を隠すことにそれ以上の意味はなかった。結果的には、中身が分からないことが一つの価値となって「文庫X」は広まったのだが、あらかじめそれを狙っていたわけではない。


 僕はこれを読むまで「ノンフィクションはあまり売れない、そういうジャンルに関心のある人しか手を伸ばさない」なんて、思ってもみませんでした。
 僕自身が本に関しては雑食で、ノンフィクションはむしろ「好物」なんですよ。
 そういう自分基準でみていて、「ノンフィクションを敬遠する人たち」の存在を想像していませんでした。
 翻訳小説や専門書は不利かもしれないけれど、すごく面白い本であれば、ジャンルは関係なく売れるだろう、と。
 そうか、売る側からみたら、ジャンルだけで「手にとってもらいにくい本」になってしまうのか……


 「文庫X」は大成功をおさめ、全国の書店にも広がっていったのですが、長江さんは、これまでもさまざまな企画を打ち出してきたそうです。
 もちろん、すべてがうまくいったわけではありませんでした。
 そういうチャレンジをすることや失敗を許容してくれる「さわや書店」という環境への感謝を長江さんは繰り返し述べています。

 例えば、「古典嘘八百」という企画があった。シェイクスピアの「リア王」を、「リアカー売るならリア王!」のように、中身とはまったく関係のない紹介文でアピールするという企画で、嘘の紹介文をツイッターで広く募集した。ツイッター上での投稿は大いに盛り上がり、関心をもってもらうという意味では成功したと思う。しかし、実際に嘘の紹介文をまとめた小冊子と一緒に古典作品を店頭で並べたフェアの実売はさほどでもなかった。とはいえ、やってみるまではどうなるか分からない。やる前から、これはうまく行かないだろう、と思ってやめてしまえば、何も始まらないのだ。


 この企画とか、すごく面白そうなんだけどなあ……
 ただ、このネタが面白くても、古典作品を買うかと言われたら、ちょっと難しいかも。興味を持つきっかけには、間違いなくなると思うのだけど。


 著者は「成績の良い子」として周囲から期待され、その期待に応えようとしながらも、「型にはまって生きられない自分」との葛藤に悩み続けてきたそうです。
 慶応大学の理工学部に合格しながら中退し、しばらく引きこもっていた時期もあった。
 そんななかでも、書店の仕事はなんとか続けることができ、縁があって、岩手の「さわや書店」に移住して勤めることになりました。
 長江さんは、ひとりで、孤独と差し向かいで、ずっと考えていた時期があった人だったのです。


 そんな長江さんは、これからの「リアル書店」について、こう述べています。

 これまで多くの書店は、探しやすさを売り場づくりのベースにしながら、その中にどういう遊びを組み込むことができるのかを考えてきたはずだ。しかしもしかしたら、それを逆転させなければならない時代に来ているのかもしれない。「未知のもの」との出会いやすさを売り場づくりのベースにしながら、その中にどれだけ探しやすさという要素を組み込むことができるのか。今書店に求められている発想はこういうものなのではないかと思う。
「文庫X」がこれだけ話題になり、これだけ売れ続けているという現実が、そのことを如実に象徴していないだろうか。


 すでに知っているものの探しやすさでは、リアル書店Amazonにはかなわない。
 それならば、偶然の出会い、Amazonが「あなたへのおすすめ」で、まず提示してこないような選択肢をみることができる、そういう役割こそが、リアル書店が生き残る道なのかもしれません。
 まあ、Amazonのことですから、「あなたには絶対におすすめできない本」とか、あえて仕掛けてくる可能性はありますが。


 巻末には、長江さんと『殺人犯はそこにいる』の著者、清水潔さんの対談が収録されています。
 清水さんのこんな話が僕にはすごく印象的でした。

長江:記者の師匠などはいらっしゃいますか?


清水:30代までわたしはカメラマンをしていました。カメラマンとしてたくさんの記者に随行して、現場で彼らの取材のやり方を端からたくさん見て勉強しました。世間一般から、メディアがどう見られているか、なぜ嫌われるかも考えました。最近、わたしが講師をした研修で、若手記者から「取材先の家でインターホンを押しても、『何も話せません』と言われてブチッと切られたときはどうすればいいですか」と聞かれました。わたしは「大事な事は、インターフォンを押された人と、どこまで心が入れ替われるか、なんだよ」と答えました。どこまで理解してもらえたのかわかりませんけど。
 たとえば自分が休みの日に家にいたとしましょう。夜中にインターホンが鳴る。そこには見たことがない背広姿の人が立っている。「この人、誰?」と不審に思うでしょう。そのとき、その人がどういう態度で、どういう言葉を述べたなら、あなたは話をしようという気になるのか、それを必死に考えるんです。ましてや、被害者や遺族のところへいく場合もあるわけです。それが想像できなければ良い記者にはなれませんよ。逆にそれを理解した若手記者は、成長も速いですね。


「大事な事は、インターフォンを押された人と、どこまで心が入れ替われるか」
 これは、取材の現場だけでなく、あらゆるサービス業にもあてはまる至言だと思います。
 僕などは、あらかじめ約束があったり、到着予定がわかっている宅急便の人が来たりしたとき以外は、玄関のチャイムが鳴っても、まず身構えてしまうんですよね。
 そういう突然の訪問者って、まず、良い用事のことはないし。
 多くの人が、そういう心情であることを理解したうえで、自分の都合ではなくて、相手の立場で考えなければ、いつまでたっても、ドアは開かない。
 考えれば考えるほど、難しい話ではありますが。


 タイトルからの予想とはちょっと違う内容だったのですが、著者の「いま、これを伝えたい」という熱を感じる新書でした。
 これも「予想外の出会い戦略」の一環だったのかな。


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