琥珀色の戯言

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【読書感想】ルポ西成 七十八日間ドヤ街生活 ☆☆☆☆

ルポ西成 七十八日間ドヤ街生活

ルポ西成 七十八日間ドヤ街生活

内容紹介
国立の筑波大学を卒業したものの、就職することができなかった著者は、大阪西成区のあいりん地区に足を踏み入れた。
ヤクザ…、指名手配犯…、博打場…、生活保護…、マイナスイメージで語られることが多い、あいりん地区。
ここで2カ月半の期間、生活をしてみると、どんな景色が見えてくるのか?
西成の住人と共に働き、笑い、涙した、78日間の体験ルポ。


 2018年4月、7年間かけて筑波大学を卒業したものの就職先が決まらなかった著者は、この本を出版した彩図社を訪れ、「原稿が良ければ本にしますよ」と言われて、西成に「潜入」するのです。

 僕は西成についての新書を読んだことがあって、最近はけっこう「常識的な街」になってきているのかな、と思っていたんですよ。
 

fujipon.hatenadiary.com


 でも、「ひとりの若い流れ者」として、この街に潜入してきた著者がみた「西成」は、あまりにもカオスな場所だったのです。

 この本を読んでいて、最初は、著者が「もともと自分はここにいるべき人間じゃないんだ」と、西成の住人たちを見下しているようで、「なんか感じ悪いなあ」って思っていたのです。
 ところが、読んでいくうちに、僕も「実際にずっと接していると、『人類みな兄弟』『人間はみんな平等』みたいな建前を維持していくのはきついよねえこれは」と、思うようになってしまったんですよね。
 むしろ、そういう差別意識とか嫌悪感みたいなものを率直に表明しているからこそ、この本は「読みやすい」ところもあるのです。
 
 そもそも、著者自身も、自分の今後の人生について不安だらけで、だからこそ、「ここの人たちと自分は違う(はず)」と思わないとやってられなかったのかもしれません。

 なぜだか分からないが自分が本当にどうしようもない――西成で一生ドカタをするしか選択肢のない――人間であるように思えてきた。前科はないとはいえ、私はもう二十五歳。このままライターを続けたところで売れる保証などどこにもないし、むしろどうにもならなくなる可能性のほうが高い気がする。「こりゃダメだ」と気付いた時にはもう三十歳。正社員経験のない裏モノ系ライターがそこから就職するなんて、司法試験よりも難しい。少なくとも自分が人事担当だったら裏で「変わった人が来たんですよ」と話題にするだけで、間違っても採用しないだろう。


 著者が接した「西成の人々」の多くは、無垢な善人などではなく、日雇い仕事をしては、まともに予想しているとも思えないような賭け方でギャンブルをして、一瞬でその給料を失ってしまったり、自分よりさらに弱い人を苛めてストレスを発散したりする、という「共感するのが難しい連中」か、トイレでずっと意味不明なことをブツブツ言っているような「おかしな人」だったのです。
 いや、いくらなんでも、2018年にこんな状態なのか?と言いたくなるくらいに。
 福祉の最前線、である西成には、その福祉によって落ちるカネがあり、「貧困ビジネス」も盛んです。

「他にも何かないですかね?」
「そうだな、じゃあヒットマンの仕事とかどう?」
 ヒットマンというと浮かんでくるのはやはり殺し屋であろう。やっぱり思い切りヤクザじゃねえかと私も焦ってしまったが、あいりんでいう「ヒットマン」とは殺し屋のことではない。
 あいりんにはママリンゴをはじめ、多くの福祉専門ドヤというものがある。早い話が、生活保護を受けている者が中心に宿泊しているドヤ。ほとんどが初期費用ゼロで入居することができ、生活保護が下りるまでは少額ではあるがお金も貸してくれる。もちろん生活保護の申請もすべて面倒を見てくれる。保護申請のやり方が分からずに路上生活に陥ってしまうというケースがとても多いのだ。
 しかしドヤとしては、入居者一人当たりの収益は毎月の家賃や共益費合わせて月に四万円程度。どんなホテルでも同じではあるが、とにかく空き部屋を作らないということが重要だ。そこでヒットマンの登場である。なんばや梅田を中心に(時には兵庫や京都まで)その辺でくすぶっているオヤジに、「もう疲れたやろ。生活保護受けよか?」と声をかけ、候補者を引っ張ってくるというわけだ。
 カジタニの会社に仮に一人の候補者を連れてきたとする。まずは会社で申請書類を作成し、生活保護申請をする。
 保護が下りるまでの(大体下りるらしい)一ヶ月程度の間は、連れてきたヒットマンが一日千円程度を手渡し、面倒を見ることになる。そして保護が下りた時に、そこから貸した三万円と会社からのマージン三万円が懐に入るという流れだ。それにプラスして、その後も毎月四千円がバックとしてヒットマンに渡される。カジタニの会社の稼ぎ頭である不動産会社のある社員などは、現在百人ほどのオヤジを抱えており、何もしなくても月四十万円もらっているそうだ。
 しかしこのヒットマン、かなり過酷な仕事である。保護申請中に逃げられたら、もちろん貸した金は返ってこないし、「千円じゃ少ない、増やさないと逃げるぞ」とカマをかけてくる輩までいる。シャブ中もウジャウジャいて、「金がない」だの「逃げるぞ」など、わけのわからない電話が四六時中かかってくるというわけだ。


 「貧困ビジネス」で弱者から金を吸い取るなんて、ひどい奴らだ……と僕は思っていたのですが、こういう現場でのやりとりを知ると、「オヤジ」たちも、けっして無知で無垢な人間ではなさそうです。
 食うか食われるかの世界、なんだよなあ、結局。

 しかしあいりんの住人たちは、覚せい剤をまるでリポビタンDであるかのように捉えている節がある。石を投げれば前科者に当たるとはこの街ではよく言うが(実際にそう)、石を投げればポン中に当たるということわざ(?)も私は提唱したい。かっちゃんの口癖は「あいつもドポン中や!」であり、かっちゃん自身もドポン中であるわけだが。この日もあいりんの街では沈みかかった太陽に向かってポン中が吠えていた。
「助けてください! 助けてください! 誰か助けてください!」
 十人ほどの警察官に囲まれた五十代くらいの痩せぎすな男が周囲に助けを求めている。このような騒ぎはあいりんでは毎日のように起きる。そんなとき、「何かあったんですか?」と警察官に聞いても、うっとうしそうな顔で「人が集まっちゃうからあっち行ってや」と手で払われ、何も教えてくれないのだがこの日は別。
「あなたが覚せい剤をやっていないという証拠が一体どこにあるというんですか!」
 と警察官が叫んだのだ。「シャブ中が捕まるぞ!」と一気に噂は広まり、あっという間に三十人ほどのギャラリーができてしまった。
「俺は小便がしたいねん! 溺れたらどうすんねん!」
 ととにかくその場に小便をして証拠を消そうとするオヤジ。そんなことをしたところで証拠が消えるわけもないのだが、「じゃあ署で検査しましょう」とオヤジが脱ごうとしているズボンを三人がかりでつかむ警察官。

 副題にある通り、私は七十八日間、あいりんで生活をしていた。その中でいろいろな男たちに会ったが、あくまで体感として、その内の六割が覚せい剤を経験し、四割が元ヤクザといった感じである。「元ヤクザか、気を付けよう」とはじめは思っていたのだが、この街にいるという時点でそいつはデキないヤクザということ。元ヤクザだからといって、みんながみんなシノギを削ってきた男の中の男というわけではない。ホント、どうしようもない元ヤクザもいるものだ。


 読んでいるだけで、なんだか辟易してくるんですよね。
 「西成に住んでいるからって、差別なんてしてはいけない」と自分に言い聞かせながら読んでいたのですが、わき上がってくる「この人たちは、もう、どうしようもないのでは……」という感情を自覚せずにはいられないのです。

 今日も明日も明後日も、生活保護の人たちは布団の上にぺシャリと座り、くだらないテレビを眺めては横になり、飯を食べてクソをして、ただただ漫然と一日を過ごしている。私は今日も生活保護の身体から出たスーパー玉出の弁当でできたクソがこびりついた便器をブラシでこすっている。バカじゃねえか。俺は何のために働いている? なんのために生きている? こいつらのクソをこするため? フロントの少年兵がスーパー玉出の袋を持って帰ってきた生活保護を見て、私と同じ顔をしている。
「俺、なんかバカバカしくなってきました。生活保護の人たち、自分で金払って生活しているんだみたいな顔するじゃないですか。自分なりに頑張ってきていまはこうやって生きているんだみたいな顔するじゃないですか。違いますよね? すべて国民の税金ですよね?」
 私は少年兵に溜まった想いをぶつけた。
「そうや、その通りや。アイツらの金やない。大阪市民の税金なんや。昨日な、ホテルが停電したんや。そしたらアイツら『早く直せ』『こっちは金払ってるんやぞ』やて。いや、お前らの金じゃないやん。全部、国民の税金やん。ホンマ、アホちゃうか。お前らが三十分電気を使えないことが、お前らのその人生に何の影響を与えるっていうねん」
 すべての生活保護受給者がそうであるわけではない。どうしてもやむを得ない理由で生活保護費を受け取り、一日でも早く自立できるように前を向いている人々ももちろんいる。年老いたものの貯蓄もなく、生活保護でなんとか暮らしている人もいる。しかし、バンコクのヤワラートにいる観光客と、パリのシャンゼリゼ通りにいる観光客が違う生き物であるというように、あいりんの生活保護は種類が違う。


 著者は、正直な人だなあ、と思います。
 現場から遠いからこそ言える「きれいごと」もあるのですよね。
 でも、みんなが「こんな連中は叩いていいだろ、保護しなくてもいいだろ」と言ってしまう社会というのも、それはそれで不安になるのです。


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