琥珀色の戯言

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【読書感想】ジャイロモノレール ☆☆☆


Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
ジャイロとはフレームの中で高速回転する重量物を持つ装置(地球独楽を思い浮かべてほしい)。モノレールとはレール1本の鉄道。ジャイロモノレールは「力を受けたときに回転方向に90度ずれた位置で変位する」というジャイロ効果を姿勢制御に利用した鉄道車両で、100年以上まえに開発・実用化されたが、その技術は長く忘れ去られ再現不可能とされていた。著者は実験と試作機の製作を繰り返し、ついにこれを完成させる。工学の考古学というべき手順で幻の機械技術を完全復元した、世界初のジャイロモノレールの概説書。


 「ジャイロモノレール」って、何?
 でも、あの森博嗣先生の新書なのか……

 僕自身は、工学の技術には疎いというか、あまり興味がわかないのですが、「何の本なのだこれは……」と気になって手にとってみたのです。
 読んでみると、掛け値なしに、「森先生が、いかにして『ジャイロモノレール』という失われた技術を追い求め、現代に蘇らせたのか」が、書かれている本でした。
 そして、こういうものすごく個人的な興味に属するであろう昔の技術に関しても、興味を持って調べていたり、自分の力で再現してみようという人が、森先生以外にもこんなにいるということにも驚いたのです。
 もちろん、こういう話が新書として出版されるようになったのは、あの森博嗣先生が書いたものだから、というのは大きな理由なのでしょうけど。

 鉄道の線路というのは、2本のレールどうしの距離(ゲージという)がほぼ統一されているものの、それでも各種存在する。国によって違うし、また鉄道の規模によっても異なる。さらにそれに応じて、カーブや分岐などの規格も異なっている。
 ジャイロモノレールは、既存の鉄道線路の片側だけを使って走ることができる。ゲージには無関係だし、カーブの緩急にも無関係である。
 もし、ジャイロモノレール専用の線路を建設する場合には、枕木を適当に並べ、そこにレールを1本固定するだけで良い。それどころか、適当な太さのパイプを置いておくだけでも良い。さらには、橋を架ける必要もなく、1本の鉄の棒を渡すだけで充分である。小型であればワイヤでも良く、綱渡りをしてギャップを越えていくことができる。


 このジャイロモノレールが開発されたのは、20世紀の初めだったのですが、二度の世界大戦や自動車の進化により、この技術は風化し、失われてしまったそうです。
 100年くらい前であれば、設計図なり、開発者による資料なりが残っていそうなものなのですが、ジャイロモノレールに関しては、当時動いていた車両の写真が残っている程度でした。
 たった100年、とはいっても、残そう、という人がいなければ、技術というのは、あっという間に失われてしまうのです。


 僕は長い間インターネットに触れてきたのですが、ネットが普及はじめた頃は、世の中のあらゆる知識が、検索すればわかるようになるのではないか、と期待していたのです。
 ところが、ネット上でも、お金にならないものや、みんなが当たり前にあって、価値がないものだと思い込んでいるもの、そして、流行らなくなったものは、誰もネットに情報を流さなかったり、すぐに失われてしまう、ということがわかってきました。
 それでも、ネット以前に比べたら、狭いジャンルでの好事家同士の横のつながりは、はるかにつくりやすくはなりましたし、森先生もそれを利用しているのですが。


 いま、こうして生活していると、「僕が思いつくようなことは、すべて、誰かが先に思いついたり、実行してしまったりしているのではないか」という気がしてくるのです。
 「研究」においても、コンピューターの機能向上やデータベースの構築で、これまでの論文のデータを集めたものを、また解析する、というような、物量勝負のメタ解析が、かなり多くを占めるようになってきました。
 これには、昔に比べると、個人情報保護が重視されるようになり、(とくに医学論文の場合には)データを集めることそのものが難しくなっている、という理由もあるのです。
 もはや、人工知能(AI)が、自動的に論文を作り出す時代なのかもしれません。

 そんなことを考えていたのですが、森先生は、この『ジャイロモノレール』で、「研究の世界には、まだまだ未開拓の領域があるし、そのなかには、個人の力でも(というか、お金や実績を得るためではない「趣味」としてだからこそ)やれるものが少なからず存在している」ことを楽しそうに語っておられるのです。

 研究とは、一言で表現すれば、自分が最初に知ることだ。世界の誰も知らないことを自分が突き止める、という行為を「研究」と呼ぶ。既に社会には沢山の研究者がいるが、例外なくそういった探究をしている人たちである。
 したがって、資料を集めることは、研究ができるかどうかを知る意味で、スタート地点に立つために必要な行為といえる。コレクションは、リサーチ(研究)のスタートラインを決めるものだ。
 そんな大それたことが、一個人の力でできるものなのか、と思われる方も多いことと思う。たしかに、研究の多くは莫大な費用がかかる。ロケットを打ち上げたり、海底の探査をしたり、実験のために必要な機器も目が飛び出るほど高価なものがいくらでもあるから、そう感じるのももちろん普通の感覚だと思われる。
 それから、世界には研究者が大勢いて、そんな専門家が競っているところに、いまさら素人が参加できるはずがない、とも感じられるだろう。
 だが、ここで筆者は保証したい。研究対象は無限にある。それこそ人間の数の何倍もあるのだ。だから、研究テーマが不足することは絶対にない。むしろ、研究をすればするほど、問題は増える。研究者というのは、問題を解決するよちも、新たに問題を見つけ出すことの方が多いといっても良い。


 正直、そんなに簡単でも読みやすくもないし、興味が持てる人は限られている内容だと思います。
 ただ、相性が良い人にとっては、人生をけっこう充実したものにするきっかけにもなりうる新書のような気もするんですよ。


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