琥珀色の戯言

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【読書感想】ニムロッド ☆☆☆

第160回芥川賞受賞 ニムロッド

第160回芥川賞受賞 ニムロッド


Kindle版もあります。

ニムロッド

ニムロッド

内容紹介
第160回芥川賞受賞作。


それでも君はまだ、人間でい続けることができるのか。
あらゆるものが情報化する不穏な社会をどう生きるか。
新時代の仮想通貨小説。


仮想通貨をネット空間で「採掘」する僕・中本哲史。
中絶と離婚のトラウマを抱えた外資系証券会社勤務の恋人・田久保紀子。
小説家への夢に挫折した同僚・ニムロッドこと荷室仁。……
やがて僕たちは、個であることをやめ、全能になって世界に溶ける。「すべては取り換え可能であった」という答えを残して。


 第160回芥川賞受賞作。
 仮想通貨に胎児の染色体検査に「naverまとめ」。
 ああ、すごく「現代的」な小説だなあ、と思いながら読みました。
 個人的には、途中に挿入される「役に立たない飛行機列伝」というのが(ネットからの引用だそうなのですが、それが作中で大きな役割を果たしているのも、現代的だなあ、と思います)、とても印象に残りました。
 
 今の世の中って、どこまでが自分の知識なのかって、考え込んでしまうことがありますよね。
 みんなが持っているスマートフォンですぐに検索できるようなことは、すでに、そのスマホの所有者の「知識」ではないかとも思うし(僕などは、年齢的なものもあって、知っているはずのことを思い出すのにもけっこう時間がかかることが多い)、とはいえ、それをうまく引き出せるような検索ができる人も、そもそも、検索するという「ひと手間」をきちんとこなせる人も少ない、とも感じています。

 この『ニムロッド』という小説は、なんだかとても人間的であるのと同時に、「人間性」みたいなものが失われていくことを実感してしまう作品でもありました。
 仮想通貨にしても、遺伝子診断にしても、人間は、どんどん自分自身では見ることができないものを信じて、自分の生き方を「正しい(であろう)もの」のほうへ軌道修正しているのです。
 それができなければ、生きづらい世界ではあるのだけれども、その一方で、「身体性」みたいなものに未練もあって、だからこそ、人と人とはメールやLINEのやりとりだけでは満たされない。
 この作品と同時に芥川賞を受賞したのは、ボクシングを題材にした、ある意味「究極の身体性」を描いた小説なんですよね。

 「役に立たない飛行機」は、現代の観点からみると、そんなのがまともに飛ぶわけがないだろう、という笑い話であり、帰還できるはずのない爆弾を積んだ飛行機の搭乗員を思うと、悲劇としか言いようがないのですが、これから、「より合理的な世界」が、IT、あるいはAIによってつくられていくとするならば、こういう「役に立たない飛行機」が生まれることはなくなっていくはずです。
 そもそも、人間の「個性」とか「ひとりひとりの感情」というのは、種としての人間の繁栄のためには、省みるべきではない、という結論に達する可能性も高いのではないかと。
 
 この小説の登場人物たちに「実在感」が乏しいのは、たぶん、今の時代を生きている人間がみんなそうであるから、なのでしょう。
 もしかしたら、肉体労働をして、日給でビールを飲んで酔っ払って寝る、というような生活のほうが、より「人間的」なのではなかろうか。
 じゃあお前もそうしろ、と言われたら、それはそれで僕にはつらいのだろうな、と思うし、「人間性が失われていく」なんて唱えながらも、ネットに依存して生きていくしかない、というのも僕の現実ではあるのです。

 正直、意味ありげ、かつ現代的なキーワードを並べた「ほのめかし小説」的な感じもするんですよ。
 でも、「役に立たない飛行機」の話のように、なんだかとても「気になる」小説でもある。
 そもそも、「小説を書く、読む」という行為そのものが「役に立たない飛行機」みたいなものなのかもしれない。

 ただ、人間って、常に「終末思想」みたいなものにとらわれていて、100年後の人間からすれば、今の時代の「人間性が失われてしまう、という感覚」なんて、「あの程度のAIしかなかった時代に、何を心配していたんだか」って苦笑されるのではないか、とも思います。
 人間というのは、自分が生きている時代こそが「歴史の転換点」だと考えたいのではなかろうか。


私の恋人(新潮文庫)

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