琥珀色の戯言

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【読書感想】日産vs.ゴーン 支配と暗闘の20年 ☆☆☆☆☆

日産vs.ゴーン 支配と暗闘の20年 (文春新書)

日産vs.ゴーン 支配と暗闘の20年 (文春新書)


Kindle版もあります。

日産vs.ゴーン 支配と暗闘の20年 (文春新書)

日産vs.ゴーン 支配と暗闘の20年 (文春新書)

内容紹介
独裁、ゴマスリ、権力闘争……
強欲と収奪の内幕を克明に描くノンフィクション!

「日産・ルノー提携」の特ダネを1999年にスクープして以来、カルロス・ゴーンを見つめてきたジャーナリストが、その栄光と墜落の軌跡、そして日産社内の権力闘争の実態をあますところなく描いた経済ノンフィクション。
倒産寸前まで追い込まれた日産にルノーから送り込まれたゴーンは、トップ就任からわずか1年半後、過去最高益を叩き出す。
だが、ゴーンには別の顔があった。寵愛する「チルドレン」で配下を固め、意見する者は容赦なく飛ばす。部下に責任を押しつけて更迭し、自分は地位にとどまった。
そして、私物化。ゴーンは私的に購入した金融商品リーマンショックで18億円もの損失を出した際、一時的にそれを日産に付け替えた。約20億円もの報酬のうちの約半分を退任後に受け取ることにし、有価証券報告書には10億円分しか記載してこなかった。会社のカネで購入した豪華邸宅を私的に利用するなど、公私混同は枚挙に暇がない。
いったいなぜ、ゴーンは道を誤ってしまったのか?


 カリスマ経営者のカルロス・ゴーンさんが逮捕されたというニュースには、驚きと、「ゴーンさん、あなたもですか……」という白けた感じがあったのです。
 そして、僕は、ゴーン会長が逮捕されたことに、きな臭さを感じずにはいられませんでした。
 汚職をやっていたみたいだけど、「コストカッター」ゴーン会長がいなければ、日産そのものが、もう存在しなくなっていた可能性もあるし、企業を立ち直らせた功績を考えれば、高額の報酬も、やむを得ないというか、当然の見返りだったのではないか?
 日産内部の権力争いの結果、「嵌められた」のではないか、という疑念ももっていたのです。
 『課長・島耕作』的歴史観のたまものかもしれませんが。

 
 そんな僕ですが、この新書を読んで、正直「すっきりした」のです。

 カリスマ経営者が、一夜にして獄に繋がれる身となった。
 倒産寸前だった日産をV字回復させ、世界第2位の自動車会社連合を育て上げたカルロス・ゴーンの輝かしい業績は、日本だけでなく世界中から称賛されてきた。彼が類稀な手腕をもった経営者であることは論をまたない。
 ところが、ゴーンは驚くべき裏の顔を持っていた。公表されていた報酬の約2倍もの金額を実際には得る予定だったことや、18億円以上もの個人的な投資の評価額を一時的に会社に付け替えていたこと、会社の資産を個人的な利益のために流用していた疑いなどが、逮捕と同時に次々に明るみに出たのである。
 倒産の瀬戸際から救って以来、約20年にわたってゴーンが支配してきた日産は、絶妙のタイミングで「社内調査」の結果を公表し、彼をトップの座から引きずりおろした。しかも、その尖兵となったのは、ゴーンが寵愛した「チルドレン」たちだったのである。
 これは検察の力を借りた「クーデター」としての側面があったことを否定できない。だが、単純な権力交代劇としてゴーン逮捕を捉えては本質を見誤る。 日産の企業統治はある時期から取締役会が機能せず、ゴーンによる専制君主制のようなガバナンスに変わり果てていた。それはいったいなぜなのかを検証し、私たち自身で組織のあり方を省みる作業をしなければ、日本の企業は同じような過ちを繰り返すことになるだろう。
 ヒントは「歴史」にある。
 日産の創業以来の歴史を振り返ると、ほぼ20年周期で大きな内紛が起こっている。その都度、「独裁者」と呼ばれる権力者があらわれた。また、制御不能のモンスターと化した権力者を排除するために新たな権力者があらわれ、その権力者がまた制御不能のモンスターと化すこともあった。


 そんなに分厚くはない本なのですが、日産という会社の企業体質や、カルロス・ゴーンという人の功罪、そして、なぜ今回の事件は起こったのか、が、しっかり交通整理されていて、予備知識がない人にとっても、読みやすくて、面白いはず。
 人間同士の嫉妬とか権力闘争とか改革とか堕落とかの話って、なんでこんなに心惹かれてしまうのだろうか。
 ましてや、ノンフィクションですからね。
 取材者である著者の主観が混じってはいるとしても、長年、この企業を追い続けてきた人だからこそ言える、書けるものだったと思うのです。


 これを読んでいると、会社経営というものには絶対的な「正解」はなくて、その時代に合ったやりかたが求められるし、長い間権力を握ると、人は腐敗していくものなのだ、と考え込まずにはいられません。

 著者は、日産の創業者が、一族による世襲にせずに、「誰でも社長になれる」会社であったことが、上層部での権力争いを激化させ、出世のために他者の足を引っ張るような企業体質のひとつの理由であったと指摘しています。
 トヨタの場合は、創業者一族による世襲が原則であったために、会社が存亡の危機にさらされたときには、その「創業の精神」に立ち戻って一致団結することができた、とも。
 ただ、「世襲によるメリット、デメリット」というのはあって、いまの時代では、トヨタのほうが会社としてうまくいっている(ように見える)だけなのかもしれません。
 世襲には、社長になれる可能性を潰すことによって、有能な人のモチベーションを失わせるリスクもあるのだから。
 

 カルロス・ゴーンという人は、倒産寸前になっていた日産に、ルノーから送り込まれてきた「改革者」だったわけですが、ゴーンさんのおかげで日産が危機的な状態から立ち直ったのは事実ですし、著者は、初期のゴーン会長のエネルギッシュな仕事ぶりと、それまでの日産にあった「人脈重視の馴れ合い体質」を断ち切った功績を高く評価しています。

 ゴーンがまず取り組んだのがクロスファンクショナルチーム(CFT)の設置だった。日本語に訳すと機能横断チームとなる。日産が経営危機に陥った要因の一つが縦割り組織の弊害だった。それまでの日産は、自動車メーカーにおける主要機能である、開発、生産、購買、販売といった部門がそれぞれ、「車が売れないのは技術が悪いからだ」「いや、コストが高くて営業力がないからだ」などと責任を押し付け合ってきた。ゴーンが来るまでの日産の経営トップは、部門間の利害関係を調整し全体最適を図る能力に欠けていたと言わざるを得ない。それが原因で意思決定と実行が遅れた。こうした風土にゴーンはメスを入れることにしたのだ。
「財務コスト」「購買」「研究開発」「製造」「組織と意思決定のプロセス」「販売・マーケティング」「一般管理費」「車種削減」「事業の発展」といった解決されるべき課題ごとに9つのCFTを設置。「パイロット」と呼ばれるチームリーダーはほとんど40代の課長クラスに任せた。各チームは関係する複数の部門から人材を集めて構成した。部門最適ではなく、全体最適を目指したのである。後に発表される「リバイバルプラン」の原案は、このCFTが作った。当時を知る関係者はこう語る。
「日産には上層部に行けば行くほど派閥争いがあって、経済合理性に基づく判断ではなく、人間関係に影響された意思決定がおこなわれる傾向があった。競合他社と向き合って現場の最前線で仕事をしている30代や40代からしてみれば、やるべき課題は見えていたが、上層部が改革案を採用しないか、その改革案を骨抜きにしてしまう。中でも若手が怒っていたのは、自分たちが考えたアイデアを『課長ごときが』と言って無視した挙句、高い金を払って外資コンサルタントに作らせた机上の空論にしか見えない計画を重宝していたことでした」
 ゴーンは日産のこうした「病巣」を見抜いて、あえて「課長ごとき」に任せたのである。後の人事でもゴーンは、現場の指揮官ともいえる50代の部長クラスを、入社年次で5~6年の階層ごとごっそり辞めさせるか、関連企業に追いやるかなどして、優秀な若手を引き上げられる素地を作った。
 当時、筆者は「パイロット」の一人にインタビューをしたことがある。
「フランス料理を食べながらゴーンと話し合いをしましたが、矢継ぎ早の指示で料理が喉を通りませんでした。世界の企業の事例を挙げながら、こんな取り組みを日産でもできないだろうか、といった具合で、自分で多くの指標を持ちながら改革のネタをみずから提示する姿が印象的でした。これがプロの経営者なのかと思いました。
 このCFTはゴーン改革の代名詞の一つにもなったし、企業における課題やプロジェクトを進めていくうえで、各部門や各地域が多面的に議論、チェックする「クロスファンクショナル」という発想は徐々に日産の企業文化になっていった。


 ゴーンさんの改革により、倒産寸前といわれていた日産は、わずか1年間でV字回復を成し遂げ、高収益企業となっていくことができたのです。
 少なくとも、危機を迎えていた時代の日産には、ゴーン改革が必要だった。

 とはいえ、コストカットを極めていけば、現場では人手に余裕がなくなってくるし、研究開発が疎かにされがちにもなってきます。
 それでも、ゴーンさんは、「コストカット重視」から、なかなか意識を変えることができなかった。
 実績を出していない外国人の社員や幹部が優遇されることで、日本人の社員には不満も蓄積していきました。

 ものすごくうまくいった手法だからこそ、それを捨てることができなかったし、独裁的な権力を握り、苦言を呈する人たちを遠ざけて、イエスマンばかりを周囲に集めていくのです。
 そして、会社の資産の私物化もひどくなっていきました。
 
 著者は、ゴーン会長を告発し、追い落とした側に対しても、「本来ならば、まず検察ありき、ではなくて、会社の内部からの動議で解任し、その後、司法の判断を仰ぐべきではなかったのか」と述べています。
 それができないくらい、ゴーン会長の権力が強かった、ということではあるのでしょうけど、ゴーン会長の意のままに動くことで上層部にのぼりつめた人たちに罪はないのか?と僕も考えずにはいられません。

 この本を読んでいると、「カルロス・ゴーンという人は、晩節を汚してしまったなあ」と感じます。
 「権力は腐敗する」というのは、本当だよなあ、とも。
 

 日産はゴーンによって見事に甦った。だが、再建を果たして成長軌道に乗った今、日産がサステナブル(持続的)に発展していくためには、コストカットを中心とした短期的な収益を重視するゴーンの経営手法は、もはや通じなくなっていた。それこそが日産の最大課題であり、ゴーンの限界でもあった。端的に言ってしまえば、ゴーンの日産の経営者としての「賞味期限」は完全に切れていたのだ。


 カルロス・ゴーンという人は、あのときの日産には、間違いなく必要不可欠だったのです。
 ただ、今の日産にとっては、「老害」でしかなくなってしまった。
 もう少し早く日産の権力の座から降りていれば、伝説のカリスマ経営者であり続けることができたのに。
 
 自分の賞味期限は、自分自身ではわからないのが人間というものなんでしょうね。どんなに優秀な人であっても。

 

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