琥珀色の戯言

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【読書感想】ちょいバカ戦略―意識低い系マーケティングのすすめ― ☆☆☆

ちょいバカ戦略 ~意識低い系マーケティングのすすめ (新潮新書)

ちょいバカ戦略 ~意識低い系マーケティングのすすめ (新潮新書)


Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
お高くとまってちゃモノは売れない。高い意識をアピールし、結果は憤死という製品が数多ある一方、消費者の欲望を直撃して、大ヒットするものもある―。この違いは一体何か?これぞ「意識低い系マーケティング」の真髄だ。ヒットした商品、成功した企業に共通する、ちょっと見はおバカでもその実、したたかな戦略とは。視界で一気に開ける逆転のビジネス書。


 何が売れるか、というのは、本当に難しい。
 次はこれが来る!と言われているものがあまり売れなかったり、予想外のところから大ヒットが生まれたりするから、世の中というのは面白くもあり、ややこしくもあるのです。
 性能が良ければいい、安ければいい、というわけでもないんですよね。

 私は、これまで約25年間、情報誌やトレンド雑誌の記者をしてきました。若者を中心とした街の流行から、目覚ましい速度で移り変わるITの世界を追ってきて、「これはすごい」「絶対に来る」と期待されつつも撃沈していった商品や企業も数知れず見てきました。
 横目でトレンドを眺め続けていると、なんとなく業界や専門家からの評価は高いものの、それほど売れないだろうなと予測できるようになってきました。ヒットは予測できなくても、売れないものは不思議と直感でわかるものです。そして次第に、ヒット商品に共通の要素があることに気づきました。その要素は、いくつかあるのですが、一言でまとめるならば、「意識低い」です。
「君は意識が低いね」と言われれば、たいていの人はバカにされたと感じるでしょう。腹を立てたり、もっと頑張らなくちゃと思ったりするのは、意識が低いことをネガティブにとらえているからです。しかし、データを集めてロジックを組み立て、コンプライアンスを守って社会の役に立つ、そんな意識の高さは、かならずしも売上げには結びつかず、むしろ意識低いと思われる要素が、ヒット商品にはあるのです。
 それは、高学歴で見た目や性格も悪くはないのにモテない男性がいる一方で、世間の基準ではダメなのにモテる人がいるのに似ています。もちろん、意識が高いのは悪いことではありません。しかし、自分がスペック的に高いのにモテないとしたら、それは魅力がないということです。製品やサービスにも、「なぜか惹かれてしまう」魅力が必要で、それは往々にして、高尚とは言えない欲望や感性を刺激することだったりします。


 僕はマーケティングを生業としているわけではないのですが、ベストセラーになった本を眺めていて、毎年、「なんでこんなベタなお涙頂戴の作品がこんなに売れているのだろう、世の中には、もっと素晴らしい内容の小説がたくさんあるのに……」と思うんですよ。
 でも、あらためて考えてみると、「ベタなお涙頂戴の作品」だからこそ、多くの人にとってわかりやすいし、人にも薦めやすい」というのも事実です。
 世の中は「意識が高い(あるいは、意識高い系の)人」ばかりで構成されているわけではないし、意識が高そうにふるまっている人でも、リラックスしたい時間もあるのです。


 何が売れるか、というのを予測するのは大変難しい。
 著者は、日本ではスマートフォン(とくにiPhone)は売れない、あるいは、インターネットは流行らない、とパソコンの専門家たちが予測していたことを振り返っています。
 日本では「ガラケー(と当時は呼ばれず、『ケータイ』だったのですが)」がすでにこれだけ普及しているし、キーボードがないスマートフォンは、あまり実用的ではない、ということで。
 インターネットにしても、通話料がものすごくかかるし、できることが限られているから、そんなに広がらないだろう、ということで。
 実際は、テクノロジーの進歩と使う側の熟練で、iPhoneはスタンダードな製品になり、「そんなもの流行るわけない」と言っていた人たちは、その予測を「なかったこと」にしてしまいました。

 逆に、「世の中を大きく変える」と書きたてられた技術や製品が普及しなかった例も、数多くあります。今思い出せるだけでも、「セカンドライフ)仮想空間オンラインゲーム)」、「3Dテレビ」、「セグウェイ」、「スマートグラス」などなど。そんな例は、IT分野に限らず、あらゆるジャンルで見られます。前評判が高かったけど大コケした映画、社運をかけて失敗したプロジェクトなど、思い当たるものがあるのではないでしょうか。
 メディアの予測記事もよく大きく外します。「書いていた人は恥ずかしくないの?」と思うでしょうが、評論家やメディアにとって、予測は人生を賭けた勝負ではなく、可能性を言っているにすぎません。天気予報や経済評論家の景気予想と同じで、今のところ結果責任は問われないことになっています。予測を外しまくった経済評論家が職を失ったという話は聞いたことがありません(ネットではバカにされていますが)。


 予測する側も、正確さというよりは、いかに目立つか、面白い予測をするか、のほうが食べていくためには大事なのかもしれません。
 流行予測は、読者・視聴者の側も、話半分、いや、あくまでも娯楽として消費しておくくらいでちょうどいいのでしょう。
 一時期、爆発的なブームになると言われていた「セカンドライフ」の、仮想空間で店を出して稼いでいた人とか、いま、何をやっているのだろうか……
 Amazonとかメルカリの隆盛をみると、「現実のほうが、『セカンドライフ的』になった」とも言えそうです。

 意識高い人は賢く見えるけど、意識が低いと言われるような視点も大事だよ、というのが、意識低い系マーケティングですが、実際はどのように実施すればいいのでしょう。ここからは、具体的な事例を交えて紹介していきます。
 まずはビジネスの初期段階、起業や商品開発の時点で、机上の空論をこねていないか、理想で自分を縛っていないかなど、意識高い系の罠にはまっていないかを確認しておきたいところです。
 重要なのは自分が本当にやりたいことかどうかという点です。ある投資家は、スタートアップに投資する基準として、「欲望が明確なこと」を第一に挙げていました。個人的な欲望は、それだけ強いモチベーションとなり成功の可能性が高くなるというのです。ZOZOの前澤友作社長が、高校時代からの趣味、レコード・CDの輸入販売からビジネスをスタートさせ、同じく趣味だった洋服を売るようになった話は有名です。また、アパレルメーカー、ウツワのハヤカワ五味社長は、胸が小さいことがコンプレックスで、下着選びが嫌いだったことから、胸が小さい人向けのランジェリーブランドを立ち上げ、話題となりました。

 かつて、成功した社長が、応募者のプレゼンするビジネスプラン出資するかどうかをテーマとした「マネーの虎」というテレビ番組がありました。ある時、この番組に出てきたのが、アイドルやゲームキャラクターの絵が描かれた等身大の抱き枕を製造販売したい、という応募者でした。
 インパクトはありましたが、社長たちの評判は散々。「こういう人とは付き合いたくない」「このプレゼンそのものが無意味な時間」など酷評されます。当然、出資には至りませんでした。
 しかし、これを見ていた私には、熱心にプレゼンをしていた元ゲーム雑誌編集者のチャンコ増田(増田学)氏の言葉がとても印象的でした。
「何で作りたいかというと、欲しいから作るんですよ」
 彼はこう力説していたのです。番組出演から15年以上経った今、アニメ絵の抱き枕は一定のマーケットを確保するに至っています。増田氏も挫折せず、抱き枕を販売し続けています。彼は「僕が欲しいんだ」という欲望を貫いたことで、ビジネスを成功させたわけです。
 社長たちが酷評したのは、増田氏の欲望がかなり特殊だったから。そして、礼儀がなっていないといった、オタクにありがちな社会性の低さも批判されました。しかし、欲望が個人的なニッチであるほど、コアな(熱心な)ファンが獲得できるという性質を持ちます。


 他の誰かが欲しいものを想像して製品化するよりも、自分自身が切実に欲しいものを、その欲求に忠実につくる、というのは、けっこう有用な戦略であるように思います。ネット時代になってみて感じるのは、けっこうマイナーな趣味だと思われるようなものでも、日本、あるいは世界全体という枠でみると、同好の士が商売になるくらい大勢いるということなんですよね。
 人は、ひとりひとり違うものではあるけれど、他者とまったく違うという人も、ほとんどいないのです。
 「自分がものすごく好き」とか「欲しくてしょうがない」ものには、世界全体でみればそれなりのニーズがあって、それで食べていける可能性もある。
 大企業の企画や大きな成功を望んでいる人には向かないかもしれませんが、だからこそ、個人や小さい組織が入り込む余地がある、ともいえるのです。

 人が「なぜその商品を選ぶのか?」を説明するのは、案外難しい。
 実際は、この「ちょいバカ」の「ちょい」の匙加減が、いちばん難しいところではないか、とも思うのですけどね。
 

行動経済学まんが ヘンテコノミクス

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