琥珀色の戯言

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【映画感想】グリーンブック ☆☆☆☆☆

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あらすじ
1962年、ニューヨークの高級クラブで用心棒を務めるトニー・リップ(ヴィゴ・モーテンセン)は、クラブの改装が終わるまでの間、黒人ピアニストのドクター・シャーリー(マハーシャラ・アリ)の運転手として働くことになる。シャーリーは人種差別が根強く残る南部への演奏ツアーを計画していて、二人は黒人用旅行ガイド「グリーンブック」を頼りに旅立つ。出自も性格も違う彼らは衝突を繰り返すが、少しずつ打ち解けていく。


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 2019年、映画館での6作目。
 平日の朝の回で、観客は30人くらいでした。

 2019年(第91回)アカデミー賞で、作品賞を受賞したこの作品。黒人の天才ピアニストと、彼の南部への演奏旅行に「トラブル解決のスペシャリスト」として雇われた白人のクラブ用心棒とが、一緒に旅をするうちに、お互いを理解し、打ち解けていく様子を描いた作品、というのをきいて、「ああ、学生時代に授業で見せられてちょっと退屈だった『ドライビング・ミス・デイジー』みたいな映画なんだな、と思っていました。
 そんな地味な映画よりも、今年は『ボヘミアン・ラプソディ』で良かったんじゃない?とも。


 そんな僕ではありますが、毎年、アカデミー賞の作品賞受賞作は「勉強」あるいは「修行」的な意味もこめて、映画館で観ることにしています。
 ふだんなら自分からは観ない映画を観てみるきっけかにしたい、というのもあって。

 「人種差別」を目の当たりにするつらい時間を過ごす覚悟をしていたはずなのに、この『グリーンブック』を観終えたとき、僕はそれも爽快な気分になっていたのです。
 もちろん、差別の描写もあるし、彼らの旅には不快な要素もたくさんあるのだけれど、この映画の「結末」は、とても幸せなものだったのです。まるで、アメリカ南部の人種差別そのものが、『ロード・オブ・ザ・リング』の冥王サウロンのような、邪悪なフィクションであったかのように。
 「差別」がテーマのはずなのに、ものすごく後味が良い「すばらしい映画」だったことに僕は驚きました。
 これはアカデミー作品賞も納得だなあ、などと思いながら家路についたのですが、あらためて考えてみると、このテーマで、こんなにのどごしが良い、観やすい、他人に薦めやすい、ということそのものが、この映画の「問題点」であるのかもしれない、という気もしてきたのです。

 当事者からしてみたら、「当時の差別意識に基づく行動は、もっとひどかった」のでしょうし、ドン・シャーリーは、いざとなったら、自分を救う人脈を持っている人でもあります。
 「大多数の農場で働かされていた黒人たちには、まったく無縁の世界」が描かれているのです。
 ただ、あえて、残酷なシーン、黒人社会全体を描かずに、「タフで粗野だけれど、器の大きいトニー・リップと、素晴らしい芸術の才能を持っている一方で、孤独と自分の立ち位置への困惑を抱えているドン・シャーリーというふたりの人間がお互いに助け合い、友情を深めていくという物語」に徹したことが、この作品の成功に結び付いているのも間違いなさそうです。


 劇中で僕がいちばん印象に残ったのは、天才ピアニスト、ドン・シャーリーが黒人であるという理由で差別をされたシーンではなく、南部の牧場を通った際に、農場の黒人労働者たちがなんともいえない表情で車の後部座席にいる彼を見つめるシーンでした。
 ドン・シャーリーは、その才能と知性で、少なくとも北部では「名誉白人」的な扱いをインテリ層には受けているのだけれども、それは彼自身にとっては、白人でも黒人でもない、宙ぶらりんな状態に置かれていることでもあるのです。白人からは「でもやっぱり黒人」と言われ、「黒人だけど、特別扱いしてやっている」と思われている。
 黒人からは、「あいつは肌の色は同じでも、自分たちとは違う世界の人間だ」と思われている。
 ドン・シャーリー自身も、自分が「どちら側」なのかわからなくなっているのです。
 「孤高のアーティスト」は、「孤独であることを隠すための体面」だったのだろうか。同じ人種のみんなと一緒に差別されるのと、差別する側の人々から、「お前だけは別」と言われるのと、どちらが幸せなのか、居心地が良いのか。
 人種問題だけではなくて、人生で、中途半端に成り上がってしまうと、そういう孤独な場所に置き去りにされることがあるのです。

 この映画をみていると、差別をする側も、自信をもって「違う人間だ」と思っていた人ばかりではなかったように思われます。
 「長年の伝統」を自分が変えてしまうことへの忌避があり、差別している相手には「自分としては本意ではないのだけれど、ここはトラブルにならないために我慢してほしい」などという人が少なからず出てくるのです。
 彼らは「悪人」ではないかもしれないけれど、そういう消極的な理由で差別を続けている人が多いことが、なかなか差別が消えない原因でもある。
 自分が糾弾されたくないから、人種差別に加担する、というのは、いじめと同じ構造だよなあ。

 
 現実に大部分の黒人に南部で行われていた差別に比べたら、「綺麗すぎる人種差別映画」なのでしょうけど、この「綺麗な差別」みたいなものは、人種問題に限らず、現代にも受け継がれている、とも感じるんですよ。むしろ、より現代的な問題でもあります。


 ところで、このトニー・リップ役って、ヴィゴ・モーテンセンさんだったのですね。
ロード・オブ・ザ・リング』のアラゴルンと同じ人だとは思えない、タフで粗野なオッサンっぷりで驚きました。
 ドクター・シャーリーの繊細さも伝わってきて、主役2人の演技も素晴らしかったと思います。


 優等生すぎる「人種差別をテーマにした映画」なのかもしれないけれど、「良い映画を観たなあ!」って爽やかな気分になることは、それだけで幸せ、ではあるのです。


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