琥珀色の戯言

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【読書感想】奴隷船の世界史 ☆☆☆☆

奴隷船の世界史 (岩波新書)

奴隷船の世界史 (岩波新書)

内容紹介
その犠牲者は、1000万人――400年にわたり大西洋上で繰り広げられた奴隷貿易の全貌が、歴史家たちの国境を越えた協力によって明らかになってきた。この「移動する監獄」で、奴隷はいかなる境遇に置かれたのか。奴隷貿易奴隷制に立ちむかったのはどんな人たちか。闇に閉ざされた船底から、近代をとらえなおす。


 現在、2019年の日本で生きている僕からすると、「同じ人間を奴隷にする」とか、「家族と引き離し、狭い船に鎖をつけて大勢乗せて危険な航海をさせる」というのは、信じられない蛮行のように思われます。

 しかしながら、世界史のなかで、かなり長い期間、この「奴隷貿易」が行われ、お金のために奴隷がやりとりされていたのです。

 奴隷という存在を「悪」だと思わない、あるいは、自分たちが儲けるためなら、そのくらいの犠牲は仕方がない、という人が多数派だった時代があったのです。

 著者は、冒頭で、ダニエル・デフォーの『ロビンソン・クルーソー』(1719年)で、主人公のロビンソンは、奴隷貿易の水先案内人として航海をしていた際に船が遭難して無人島に漂着したことを紹介しています。

 ロビンソンは当時の感覚でいえば「悪人」だったわけではなくて、海外で一山当てて成功したい、という野心家として描かれているだけなのです。

 カーティン(フィリップ・D・カーティン、アメリカの歴史学者)以降、さまざまな修正値が提起されてきたが、ここでは二人だけ取りあげておきたい。一人は、先にも紹介したナイジェリア出身のJ・E・イニコリで、輸入奴隷総数を1339万人と算定した(1976年)。もう一人は、P・E・ラブジョイで、同じく978万人とした(1982年)。カーティンの推算値より、前者は約40%増、後者は2%増となっている。
 その後も多くの研究者が、大西洋奴隷貿易のより精緻な推算値を求めて、努力を重ねてきた。なかでも精力が注がれたのは、奴隷船の航海データの調査・収集であった。
 航海データを単一のデータセットに統合させようという意図をもって1990年代から本格的に開始された研究は、インターネットの普及の波に乗って各国の奴隷貿易研究者を結集し、21世紀の最初の10年のあいだに大きな成果として現れた。400年間における奴隷貿易の航海データ3万5000件以上が、ウェブサイト「奴隷航海」(www.slavevoyages.org)として無料で公開されるようになったのである。


www.slavevoyages.org


 コンピュータとインターネット、そして、各国の研究者のおかげで、こんなデータベースもつくられているのです。
 テクノロジーは研究の世界を大きく変えた、ということの一例でもあると思います。
 
 奴隷貿易や奴隷船について、研究者たちの手によって、多くのことが明らかにされてきているのです。

 H・S・クラインは、ジャマイカに向かったイギリスの奴隷船の大きさの平均値を計算している。それによると、1680年代の王立アフリカ会社の奴隷船の平均値は147トンで、同じく1691‐1713年では186トンと少し大きい。1782‐87年の独立貿易商人の奴隷船の場合は、平均167トンとなっている。この時期になると、100トン以下の奴隷船は8%であり、また400トン以上の奴隷船は皆無である。


(中略)


 船員の数は、通常の貿易船よりも二倍ほど多かったという。それは、奴隷を監視する要員が必要であったこと、また他国の奴隷船や海軍から身を守るために武装していたからである。すでにみたように、中間航路における船員の死亡率が奴隷のそれよりも高かった場合もかなりあったのである。
 奴隷船のことを、マーカス・レディカーは「移動する監獄」あるいは「浮かぶ牢獄」と言ったが、まさに言い得て妙である。奴隷船に囚われの身となった黒人たちは、毎日16時間あるいはそれ以上、身動きひとつできず板のうえに寝かされて、通常2ヵ月以上も大西洋上を航海するのである。奴隷たちには一日二回食事と水が与えられ、また生きながらえさせるために一日に一回は甲板上で音楽に合わせてダンスを踊らされた。赤痢天然痘などの伝染病が流行しないよう、航海中何度か海水や酢、タバコの煙などによって洗浄された。「商品」である奴隷の死亡をできるかぎり少なくするという「経済効率」のためであった。
 では、奴隷船は一般的にどのような構造になっていたのであろうか。先の図柄でもわかるように、男性奴隷たちは、主甲板の下にある下甲板に、二人ずつ手首と足首を鎖でつながれ、横たわっていた。主甲板と下甲板のあいだには平甲板があり、ここにも男たちが同様に横たわっていた。平甲板は、船の壁面から内部へ180センチほど張りだした棚である。梁までの高さが限られていたので、男たちはまっすぐに立つこともできなかった。

 この本には、当時の版画も掲載されているのですが、この状態で船に乗せられて何か月も航海するなんて、ありえないとしか言いようがありません。
 
 研究者によると、奴隷船では10回の航海に1回の割合で奴隷たちの反乱が起こっていたそうで、奴隷たちだけではなく、矢面に立つ水夫の死亡率もかなり高かったとのことです。
 それでもやめられないくらい「うまくいけば儲かる」商売であり、奴隷による労働のニーズは世界の各地にあったのです。

 そんな奴隷貿易への反対運動の大きなきっかけになったのが、1772年に下されたサマーセット事件判決でした。

 1769年11月、スチュワートなる人物が、北米ヴァージニア植民地で奴隷として購入したサマーセットをイギリスに連れてきた。71年10月初めにサマーセットはロンドンで逃亡したが、11月末に捕まってしまった。スチュワートは彼をジャマイカで奴隷として売却しようとして、ジャマイカ行きの船の船長に依頼した。ところが、サマーセットの支援者が、彼が船のなかで鎖につながれていることを裁判所に訴え、人身保護令状が発給される。そして彼の処遇をめぐって、史上名高い裁判が始まるのである。


 これをきっかけに、イギリスでは奴隷貿易、そして奴隷制度への反対運動が盛り上がっていき、「世界の大国」だったイギリスの影響で、運動は世界に波及していきます。
 この運動には女性の力が大きかったことやロンドンのクウェイカー教徒が果たした役割についても詳しく紹介されています。

 奴隷制で利益を得ている人たちも少なくなかったため、奴隷貿易奴隷制度を廃止するというのは、簡単なことではなかったのです。
 
 多くの犠牲者と善意の人々の献身(そして、時代の変化)により、奴隷制度は地球上から無くなった……はずなのですが、著者は第4章で、こう述べています。

 アメリカ合衆国では1865年、キューバでは1886年、ブラジルでは1888年奴隷制が廃止され、南北アメリカにおける奴隷制は終わりを告げた。では、これで世界じゅうの奴隷制が廃止されたことになるのであろうか。
 答えは、否である。現在でも奴隷制は存在している。ケビン・ベイルズは1999年の著作『グローバル経済と現代奴隷制』で、現代の奴隷制を「新奴隷制」と呼び、旧奴隷制と区別している。そして、「新奴隷制は、旧奴隷制に見る伝統的な意味における<人間所有>ではなく、完全なる<人間支配>である。人間は、金もうけのための、完璧な<使い捨て器具>と化す」と規定している。新奴隷制で囚われているのは、圧倒的に弱い立場にある女性と子どもである。
 ベイルズによると、世界に存在する奴隷の数は少なく見積もって2700万人であり、このうち1500万~2000万人はインド、パキスタンバングラデシュ、ネパールの債務奴隷であるという。そのほかには東南アジア、北・西アフリカ、南アメリカの諸地域に集中しているが、アメリカ合衆国やヨーロッパ、日本などの先進国、あるいは世界のどの国にも奴隷は存在するという。
 さらに、彼の2016年の著作『環境破壊と現代奴隷制』では、世界の奴隷の数は4580万人に上方修正されている。すなわち、現代世界の奴隷数は、第1章で述べた大西洋奴隷貿易の時代にアフリカから拉致された人数よりも、はるかに多いのである。

 下山晃は『世界商品と子供の奴隷』のなかで、西アフリカ・コートジボワールのカカオプランテーションで働く子どもの奴隷について注意を促している。それに反対するポスターの下に解説文がついている。
 「チョコレートの甘さは奴隷制度の苦い経験を隠すことができるわけではありません。チョコの原料のカカオは幼い子供たちがつくっていますが、その子たちはだまされ売られてコートジボワールのカカオ・プランテーションでこき使われているのです。10万9000人以上もの子供たちがカカオ農園の中で『最悪の形態の児童労働』に押し込まれています」
 コートジボワール産カカオは世界シェアの四割以上を占めている。ほかにガーナやナイジェリアでもカカオ生産が盛んである。これらの国では、近隣のマリやブルキナファソトーゴなどから売られた孤児や子どもが奴隷としてカカオを栽培しているという。


 あからさまに「奴隷」と呼ばれているわけではないけれど、「実質的には奴隷」という人たちが、世界中にはまだまだたくさんいるのです。漫画『カイジ』の世界だけではなく。
 日本には関係ない、と言いたいところではありますが、日本でも、「技能実習生」という名目で来日した外国人が、ひどい環境で低賃金の長時間労働をさせられているのです。


fujipon.hatenadiary.com


 現代にも、「明らかに『奴隷』いう身分にされていない」だけの「奴隷的な労働をさせられている人」が大勢いるのです。
 そして、「奴隷と呼んでいない」から、こういうやりかたが、野放しになっている。

 奴隷制に疑問を抱き、廃止するために戦った先人たちのことを、いまの人間は、もう一度思い出してみるべきなのかもしれません。


隠された奴隷制 (集英社新書)

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