琥珀色の戯言

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【読書感想】ホテルオークラ 総料理長の美食帖 ☆☆☆

ホテルオークラ総料理長の美食帖 (新潮新書)

ホテルオークラ総料理長の美食帖 (新潮新書)


Kindle版もあります。

ホテルオークラ 総料理長の美食帖(新潮新書)

ホテルオークラ 総料理長の美食帖(新潮新書)

内容(「BOOK」データベースより)
濃さも味わいも倍の“ダブル”コンソメスープ、行列のできるローストビーフ、「世界一」のフレンチトースト。ホテルオークラには食通も唸る数々の逸品がある。開業以来腕をふるってきた著者が初めて明かす、美食と饗応の極意とは―。「客よりも美味いものを食え」という師の教え、給料をつぎ込んだ本場美食ツアー、VIPの大好物、天皇陛下のトナカイ料理…「最後の総料理長」による矜持と秘話に満ちた半世紀。

1962年に開業したホテルオークラ
日本を代表するホテルの厨房に開業時から勤め、総理長まで務めた著者による「ホテルオークラの料理とサービスの歴史」。
残念ながら、僕自身はホテルオークラに泊まったり、レストランの料理を食べたことはないのですが、この新書を読んでいるだけで、「一度は行ってみたいものだなあ」という気分になりました。
伝説のローストビーフとか、「世界一」とも言われるフレンチトーストとか、ぜひ食べてみたい!
率直に言うと、ホテルの料理というのは、「値段のわりには味はそれほど……」と感じることが多いので(でも、海外などでは「安心」なので、入ってしまうのですけどね。こういうのは、日本に来た外国人も、きっと同じなのだろうと思います)、そんなすごい料理でも、僕の舌が理解できるだろうかと、ちょっと心配でもあるのですけど。

 さらに、食材に関する執念を示すエピソードは他にもあります。
 たとえば、当時から高級フルーツであったメロンです。ある日、牧野氏が青木常務にその季節のメロンが1個いくらで産地がどこでどのくらいの種類があるのかを報告すると、こう問われたそうです。
「この数字は業者から出されたものでしょう。それでは不十分です。1週間ほどメロンの産地に行って、自分の目で確かめてきなさい」
 つまり、業者から言われた情報を鵜呑みにするのではなく、産地に行って何がどれだけ栽培されているか確かめろ。場合によっては、畑ごと買ってオークラ農園をつくってもいいと言われていたというのです。
 メロンだけではありません。トキシラズとも呼ばれ珍重される春鮭を買うためには、用度部のスタッフが北海道に飛びます。現地の方が安いし、いいものが手に入るからです。根室、標津、知床。スタッフはひたすら良質な春鮭を求めて、広大な北海道の東部の海岸線を歩き回りました。ある港で素晴らしい春鮭に出会っても、すでに卸のルートが決まっていたら直接ホテルオークラには売ってくれません。そういうときは、その春鮭が出荷される札幌中央卸売市場の業者の名前を確かめて、札幌にとって返して業者と交渉する。
 そんな複雑で面倒な手順を踏みながら、よりよい食材を求めてスタッフが走り回ってスタッフが走り回っていたのです。

 いまは以前に比べると、かなり「コスト意識」が高くなっているそうなのですが、「そこまでやっていたのか!」と驚くようなこだわりが、この本ではたくさん紹介されています。


 また、この本のなかでは、ホテルオークラを「贔屓」にしてきた、さまざまな有名人のエピソードも紹介されています。
 なかでも、皇族の方々への接遇は、ホテルオークラのやりかたがスタンダードになっている、のだとか。
 オークラの「皇族担当」の鈴木さんは、こんなふうに仰っておられます。

 鈴木氏をはじめとするサービスのスタッフは、皇族方のスープの飲み方、パンの食べ方、水の飲み方等、全てに細心の注意を払っていました。見える現象は必ず何かのシグナルだと徹底して、そこからこの日の体調等をも推察していたのです。
 晩餐会の前に皇族方がご到着されると、鈴木氏は警護の担当者に「オークラのまえにはどこにどのくらいいらっしゃいましたか?」と訊ねていました。ひとたび晩餐会が始めると約2時間半の間、皇族方はトイレに立つことができません。あまり長時間トイレに行かれていないようならば、テーブルにお出しするお水の量も控えめにしなければなりません。
 そもそも皇族方は、日本国の威信を背負って皇室外交を展開されているわけですから、出されたものを綺麗に召し上がりたいというお気持ちが強い方々です。出されたものを残すのは相手国に対して失礼なこと。そうなると、そのお気持ちを私たちスタッフがくみ取って、苦手な食材は最初から出さない、適量を適温で用意する、トイレが近そうなら水分を控えめにする、といった細かな配慮をしなければいけません。


 僕は「皇族の人たちって、晩餐会の間は、トイレにも行けないのか!」と驚いてしまいました。
 「2時間半、絶対にトイレに立てない」って、それだけでけっこうなプレッシャーですよね。
 そんな皇族たちを支えるスタッフの気配りもすごいな、と。
 先日退位された上皇上皇后両陛下は、常に毒見がすんだあと料理を召し上がるために、「熱いものが苦手」だったそうです。
(そもそも「熱いもの」を食べる機会がほとんどないため)
 また、ノルウェー国王の晩餐会で、「トナカイ肉のロースト」が出されたときの話なども紹介されています。
 「食べ物」というのは、誰にとっても「欠かせないもの」であるがゆえに、さまざまなトラブルも生じてくるのです。
 「美味しくて、事故がないのが当たり前」というのは、とても気を遣う環境ですよね……
 ましてや、皇族や世界のVIPが相手となれば。


 著者は、「ホテルオークラのフランス料理の使命」について、こんなふうに仰っておられます。

 私は、その最大の使命は「半世紀を越えても変わらない味と質を維持する」ということだと思っています。
 町場のレストランの宿命は、どうしても短命なことです。もちろん中には20年を越す長寿を誇る店がありますが、経済的な事情やオーナーの病気等で店を閉めなければならないことがあります。オーナーは不変でも、料理人が変われば味も変わります。一世を風靡した店でも、時代の流れの中で火が消えるように人気が落ちて、衰退したケースもいくつも見てきました。料理人が年月を重ねることで、以前のような仕事ができなくなることもありえます。調理場にシェフが一人の店だと、どうしても短命になることは否めません。

 ホテルのレストランには、「大勢の料理人を抱えていて、昔からのレシピを継承していく」という使命があるんですね。
 小回りがきかず、それぞれの料理人が「個性」を出すのは難しいけれど、「料理文化を後世に伝える」という、町場のレストランにはできない「役割」がある。
 

 「ホテルのレストランの魅力」をあらためて考えさせられました。
 僕の懐具合としては、「どんなに素晴らしい料理でも、あの値段は、やっぱりなかなか出せない」のは事実ではあるのですけど。


歴史の証人 ホテル・リッツ 生と死、そして裏切り

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