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【読書感想】観光亡国論 ☆☆☆☆

観光亡国論 (中公新書ラクレ)

観光亡国論 (中公新書ラクレ)


Kindle版もあります。

観光亡国論 (中公新書ラクレ)

観光亡国論 (中公新書ラクレ)

内容(「BOOK」データベースより)
右肩上がりで増加する訪日外国人観光客。京都をはじめとする観光地へキャパシティを超える観光客が殺到し、交通や景観、住環境などでトラブルが続発する状況を前に、東洋文化研究者のアレックス・カー氏は「かつての工業公害と同じ」と指摘する。本書はその危機感を起点に世界の事例を盛り込み、ジャーナリスト・清野由美氏とともに建設的な解決策を検討する一冊。真の観光立国を果たすべく、目の前の観光公害を乗り越えよ!


 日本を訪れる外国人観光客は、どんどん増えてきています。
 日本の魅力が再発見された、とか、政府の努力のおかげ、というのもあるのでしょうけど、中国をはじめとするアジアの国々の経済力が上昇してきたことにより、日本が彼らにとっての「行きやすい外国」になったのが大きいのです。
 2011年の訪日外国人(インバウンド)の数が622万人だったのが、2018年は3000万人を突破することが確実視されているというのですから、これはもう「激増」ですよね。
 観光客の増加は経済的な効果を生み出しますし、観光業というのは、これから人口減にさらされ、国内消費が落ち込むことが予想される日本にとっては、重要な産業となっていくはずです。
 その一方で、急激な観光客の増加で、地元の人たちの生活が脅かされたり、儲かるのはツアー会社だけ、というような状況もみられているのです。

 著者は「観光公害」の例として、まず、京都をあげているのですが、僕も何年か前に仕事で京都を訪れた際に、あまりの人の多さに辟易したことがあります。道も観光地も人であふれていて、常に花火大会の帰り道のような混雑で、それこそ、お寺や神社を観に来たのか、人を見に来たのかわからない。僕が子どもの頃(といっても、30年くらい前ですが)に修学旅行で来たときの京都は、もっとのんびり銀閣寺を眺めることができたのに……
 それでも、観光客が多いほうが良いだろう、と考えがちなのですが、必ずしもそうではないみたいなんですよね。

 観光公害は京都だけでなく、世界中で問題になっている、きわめて今日的な社会課題でもあります。
「観光立国」の先駆けヨーロッパでは、バルセロナフィレンツェアムステルダムといった、世界の観光をリードしてきた街を中心に、「オーバーツーリズム(観光過剰)」という言葉が盛んにいわれるようになり、メディアでは「ツーリズモフォビア(観光恐怖症)」という造語も登場するようになりました。
 ちなみに「オーバーツーリズム」という言葉は、2012年にツイッターハッシュタグ「#overtourism」で認知されるようになったものですが、現在では国連世界観光機関UNWTO)が、「ホストやゲスト、住民や旅行客が、その土地への訪問者を多すぎるように感じ、地域生活や観光体験の質が、看過できないほど悪化している状態」と、定義を決めています。
 この定義では数値ではなく、住民と旅行者の「感じ方」を重視しているところが特徴です。すなわち、多くの人が「観光のために周辺の環境が悪くなった」と思う状況が、オーバーツーリズムなのです。
 観光による地域活性の”優等生”であったバルセロナフィレンツェですが、今では世界中からやってくる観光客が、京都以上に住民の生活を脅かすようになっています。
 中でも、現代ならではの課題の筆頭が「民泊」です。有名な観光地では、民泊として運用することをあてこんでマンションが乱造され、相場よりもさらに高い価格で取り引きされます。民泊バブルが起こった結果、周辺の地価・家賃が上がり、もとからいた住民が住めなくなってしまっているのです。
 民泊に泊まる客の中には一部、道端で飲食をする、隣の敷地内に入る、ゴミを始末しないといった近隣への迷惑行為を行う人が見られます。しかもそのような旅行者が短期間滞在してトラブルを起こしても、持ち主が不在で連絡の取りようがなく、問題は未解決のまま悪循環に陥りがちです。
 また、世界中どこでも、観光客は大きなスーツケースを持って移動します。それによって電車やバスが混み合うことに加え、彼らがガラガラと引きずるスーツケースの車輪は、案内サインが書かれている駅構内の床やプラットフォーム、舗装路、そして車両を傷めます。それらのメンテナンスは受け入れ側が担うしかなく、住民にとっては、税金などによるコストを負担させられるとともに普段の足も邪魔されるという、何重もの理不尽状態を生み出しています。


 地元の人たちにとっては、観光客が押し寄せてくる状況というのは、けっしてプラスの面ばかりではないのです。
 観光地だからといって、みんなが観光客相手に商売をしているわけではないでしょうし。
 プラスの面ばかりではない、どころか、家賃が上がったり、道がずっと混雑していたり、観光客に対するインフラのコスト負担を求められたりもします。
 とはいえ、今の日本で「観光税」的なものを主張すると「そんなことをしたら、観光客が減るじゃないか!」という業界からの反発が強いし、観光客からも反対の声があがります。
 著者は、「観光資源を守り、本当に興味がある人たちに満足してもらうためには、ある程度の負担を観光客に求めるほうが、合理的ではないか」という提言をこの本のなかで何度も繰り返しているのです。

 また、観光地へのアクセスを良くするために、「道の駅」などをすぐに作ってしまう「整備」にも疑問を呈しています。

 観光名所から遠いところに車やバスを停めさせると、不便さが増して、不満が噴出するイメージがあります。しかし実はその土地に、以下のような「商売」「生活」「景観」「分化」に関するメリットが生じるようになります。


・商売:町の活気が守られる。またそれが商売繁盛につながる。
・生活:町が交通渋滞や排気ガス汚染から守られる。
・景観:駐車場や大型バスの停留所を町中から遠ざけると、美観が守られる。
・文化:古い町や遺跡の持つ価値を損なわずに、本来の文化的・歴史的環境を健全に維持できる。


 日本の観光が未だ車誘導型であるのに対し、世界の観光では「歩かせる」ことこそが、マネージメントの常識となっています。
 実際、ローマ、パリ、マドリッドと、世界の観光をリードしている都市の多くは、旧市街への車の乗り入れを規制しています。大都市だけではありません。スペインの最近の法律では、2025年までに低排気量の車以外は、5万人以上の町からすべてシャットアウトされることになりました。この車規制は、すでに約100の市や町に適用されています。
 イギリス南部のウィンチェスターは、ローマ時代に起源がある小さな町です。旧市街の商店街であるハイ・ストリートやその周辺では、通行パスを持つ地元の業者にのみ、車の使用が許可されていますが、それ以外まったく乗り入れできないようになっています。
 イギリス国内での車の規制はウィンチェスターのみならず、ヨーク、リーズ、カーディフなど、多くの地方都市で実行されています。そして住民たちや観光客の多くがそれを歓迎し、「車をもっと規制しよう」という運動さえ起きています。


 目的となる観光地まで、歩く時間が長くなるというのは、「不便」だと僕も思います。
 しかしながら、それによって、地元の商店が潤ったり、環境が改善されたり、混雑が緩和される、というメリットのほうを重視するのが、いまの世界の趨勢になってきているのです。
 やたらと土産物屋に寄らなくてはならない観光なんて、僕はごめんこうむりたいのですが、地元の人たちのモチベーションを維持する、というのも大事なことなんですよね。
 有名な場所をみて、そこで写真を撮ってインスタグラムに上げればいい、という観光客は、そんなにお金を落としてはくれない。
 それなら、観光客全体の人数は減ったとしても、その土地に泊まって、地元の人たちの生活にも興味を持ち、お金を使ってくれる人を増やしていったほうがプラスになる、という計算もあるのです。


 日本では、京都のように多くの人を集め続けている観光地もあれば、世界遺産への認定などで、一過性のブームになった「その後」に苦労しているところも存在しています。

 観光振興をテーマにしたある集まりで、群馬県から来た人と話す機会がありました。
 群馬にある世界遺産といえば、2014年に登録された「富岡製糸場と絹産業遺産群」が有名です。そのときに、観光客が大勢並んでいるニュースを私は見ていましたので、「世界遺産に登録されたらされたで、大変なことですね」と、話しかけたところ、相手の方からは「いや、もう熱は冷めました」という返事が返ってきました。
 事実、『読売新聞』の記事(2018年6月25日朝刊)によると、富岡製糸場世界遺産に登録された2014年、年間133万7720人もの来場者がありましたが、2年後の16年度にはそこから4割減少し、17年にはついに半数以下に落ち込んでしまっています。
 人口約5万人の富岡市にとって、富岡製糸場が持つ観光的な価値は財政面でも地域維持の面でも大変に重要です。一方で世界遺産登録を維持するため、その修復・管理にかかる費用はこの先10年で100億円にも上るとされています。それなのに、その原資となる入場者数が下降線を描いていることで、目算が大きく狂い始めているのです。


 「世界遺産に登録された」というのは大きなニュースになるのですが、それだけでは、一時的なブームで終わってしまうことが多いのです。日本の場合、1~2年に1か所くらいのペースで、次の世界遺産が登録されていますし。
 この富岡製糸場の例をみると、こんなに「世界遺産効果」というのは短いものなのか……とも思いますし、瞬間最大風速を基準にしてお金をかけて整備すると、過剰投資になってしまう可能性が高そうです。

 観光というのが21世紀の重要な産業であることは、間違いありません。
 だからこそ、「ただ人を集めるだけの観光」の先を見据えて行動していくことが、これからの課題になっていくのではないかと思います。
 

ゲンロン0 観光客の哲学

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