琥珀色の戯言

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【読書感想】「空気」を読んでも従わない: 生き苦しさからラクになる ☆☆☆☆

内容紹介
「個性」が大事というけれど、集団の中であまり目立つと浮いてしまう、他人の視線を気にしながら、本当の自分は抑えつけていかないと……。この社会はどうしてこんなに息苦しいのだろう。もっと自分らしく、伸び伸びと生きていきたい! そんな悩みをかかえるアナタにとっておきのアドバイス。「空気」を読んでも従わない生き方のすすめ。


 鴻上尚史さんのオールナイトニッポン、聴いていたなあ、なんて思い出しながら読みました。
 鴻上さんは、演出家として経験してきた「身体性」を重視したコミュニケーション術を長年書いてこられていて、僕も以前、「生き苦しい若者」のひとりとして、著書に何度も感銘を受けました。
 この本は「岩波ジュニア新書」なのですが、10年前に鴻上さんが上梓された『「空気」と「世間」』という新書の中高生向け版、という感じです。
 『「空気」と「世間」』も、そんなに難しい本ではなかったのですが、今回、まさにこの「空気」の問題に帳面しているであろう若い人たち向けに、さらにわかりやすくなったものが刊行されたことは、素晴らしいことだと思うんですよ。
 それと同時に、10年経っても、日本における「空気」とか「同調圧力」の問題は存在し続けている、ということでもあります。
 鴻上さんも「少しずつ、風向きは変わってきている」とは仰っているのですけど。

 
fujipon.hatenadiary.com


 鴻上さんは、この『「空気」を読んでも従わない」のなかで、「世間」と「社会」について、こう述べています。

 日本人は、基本的に「世間」に生きています。
 自分に関係ある人達をとても大切にします。けれど、自分に関係のない「社会」に生きる人達は、無視して平気なのです。
 それは、冷たいとはいじわるとかではなく、生きる世界が違うと思っているからです。
 あなたも、街で知り合いに会うと、気兼ねなく声をかけるでしょう。
 「世間」に生きている人とは、普通に話せます。
 でも、知らない人にはなかなか声をかけられないはずです。それは「社会」に生きる人だからです。

cool japan』に出演しているブラジル人が、ある日、僕に言いました。
「日本人は本当に優しい人達だと思う。3・11の東日本大震災の時、みんなが助け合っていた。私の国だったら、コンビニが襲われたり、交通が乱れてパニックになっていただろう。でも、日本人は、そんなことはなかった。素晴らしい」
 ところが、数日後、彼は戸惑った顔をして僕に言いました。
 「今日、ベビーカーを抱えた女性が、駅の階段を上がろうとしていた。彼女は、ふうふう言いながら、ベビーカーを抱えていた。信じられない。私の国なら、すぐに彼女を助けて、ベビーカーを代わりに持ってあげるだろう。どうして日本人は彼女を助けないのか? 日本人は優しい人達じゃなかったのか?」

 どうして助けないのか、日本人のあなたになら、その理由は分かるでしょう。
 日本人は冷たいからか? 違いますよね。
 ベビーカーを抱えている女性は、あなたにとって「社会」に生きる人だからですよね。
 つまり、あなたと関係ない人でも、あなたは手を貸さないのです。いえ、貸せないと言ってもいいです。他人には声をかけにくいのです。
 もし、その女性が、あなたの知っている人なら、あなたは間違いなく、すぐに助けたでしょう。
 冷たいとか冷たくないとか、関係ないのです。
 私達日本人は、自分と関係のある「世間」の人達とは簡単に交流するけれど、自分と関係のない「社会」の人達とは、なるべく関わらないようにしているのです。
 というか、より正確に言えば、関わり方が分からないのです。


 この「世間」と「社会」については、本のなかでもっと詳細に語られているのですが、信じる「神」を持たない人が多い日本人にとっては、自分のまわりの「世間」が唯一の居場所になってしまいがちなのです。
 

 そうは言っても、「世間」なんてピンとこないなあろ、あなたは思いましたか?
 自分がどれぐらい「世間」に生きているか、簡単にテストできる方法があります。
 友達から「最近、おまえ、評判悪いよ」と言われたと想像して下さい。
 あなたは思わず、「誰が言ってるの?」と聞きます。すると、友達は、顔をしかめながら「みんな言ってるよ」と答えるのです。
 どうですか? ドキッとしますか?
 まったく何も感じない、という人は少ないんじゃないでしょうか。
 冷静に考えれば、「みんな言ってる」というのはおかしいのです。
 クラス35人だとして、あなたを除いた34人全員があなたの悪口を言うはずがないのです。
 たった一人をクラス全員がまとまっていじめる場合でも、全員が悪口を言うことはありません。必ず、黙っている人がいるはずです。そういう人は、みんなに従っていじめているふりをしながら、じっと黙っているのです。
 クラブ活動で、メンバーが20人いたとして、あなたを除いた19人全員があなたの悪口を言うはずがないのです。
 塾のいつものメンバーが10人だとして、あなたを除いた9人全員があなたの悪口を言うはずがないのです。
 ですから「みんな言っているよ」というのはおかしいのです。
 でも、私達は、友達から「みんな、あんたの悪口を言っているよ」と言われると、ドキッとしてしまうのです。
 それは、私達が「世間」に生きている証拠です。


 「みんな、あなたの悪口を言っているよ」って言う人に、「みんなって、誰と誰だよ?」って聞くと、「みんなって……みんなだよ」とか、「その人に迷惑がかかるから、名前は出せない」とか返されるんですよね。
 そういうのって、大概、その人が自分のことを嫌っているだけ、なのだとわかっていても、やっぱり、「みんなが」って言われると、僕は不安になります。
 実際に「みんな」ってことはありえないというのは、理屈でわかっていたとしても。
 そして、有効だからこそ、こういう表現が途切れないのでしょう。

 鴻上さんは、こういう「世間」のなかで生きづらい人たちに対して、さまざまな視点から、アドバイスをしています。
 なるべく早く外国に行ってみて、世の中には違う「常識」があるのに触れることや、「世間」のシステムを知ることによって、それを利用すること(たとえば、困った先輩に対しては、その先輩にうまく助けを求めることなど)、仲間外れをおそれて、やりたくないことをやるより、「ひとりでいる」という選択肢もあるということ。
 正直、鴻上さんのアドバイスを実践できるほどの「強さ」がある人であれば、この本を読まなくても、「空気」に負けずに自力で何とか生きていけるのではないか、とも思うのですけどね。
 それに、鴻上さんは、少しずつ「世間」の空気も変わってきている、ということにも触れています。
 一昔前は、仕事のあとの上司のお酒の誘いを断ることは難しかったのだけれど、今は、「ちょっと用事がありますので」と断ることができる空気になりつつあるのです。
 『わたし、定時に帰ります』なんて、考えてみれば、別にわざわざ宣言しなくても良いはずなんですよね。「早退します」ならともかく。
 

 僕が以前、エジプトに旅行に行った時のことです。
 現地のガイドに連れられて、ピラミッドに行くツアーに参加したら、途中でいきなり土産物店に案内されました。
 何も買うつもりがなかったので、店を出ようとしたらドアにカギがかかっていました。驚いてガイドに言うと、ガイドは、「一人一品、何かを買って下さい」と当然のように言いました。
 何人かの日本人は「えーっ」と困った声を上げましたが、なんとなく安そうな物を選び始めました。英語で「それはおかしい」と議論することが苦手なことと、ガイドがあまりにも当然という顔をしていたことが理由です。
 ところが、ツアーの中にいたアメリカ人が猛烈に抗議を始めました。「私は何も買うつもりがない。ただちにドアを開けろ。こんなことをして許されると思っているのか?」
 最初、ガイドはニヤニヤと笑って無視しようとしましたが、アメリカ人の怒りがあまりにも強いので、とうとうドアを開けました。そして、私達日本人もお店を出ることができました。
 僕は、アメリカ人の強烈な抗議の態度を見ながら「日本人はここまで強烈に主張できるだろうか」と考えてしまいました。
 間違った「社会」を変えるために、とことん戦うというアメリカ人の姿勢でした。
 日本人だと、まあ、とんでもないけど、「しょうがないか」と思うのではないかと感じました。
 私達は、どうしても、「身をまかす」ということが基本になるのです。

 僕もこの場にいたら、「しょうがないから」「旅先でトラブルを起こすのは怖いから」「そんなたいした金額じゃないし」と、安い土産物を買って、やりすごそうとしたと思います。
 これを読みながら、「そりゃ、アメリカ人と戦争をしたら、負けるよなあ」なんてことも考えたのです。
 でも、日本人がこうして、唯々諾々と受け入れてしまうからこそ、結果的に、こういうやり口が続いているんですよね。
 ただ、もしここで日本人が猛抗議して、その結果トラブルになって旅行のスケジュールが変更になったり、ツアーの参加者が嫌がらせをされたりしたら、日本人は、その抗議者を「お前がよけいなことをしたからだ」と白眼視するのではなかろうか。
 その人は、やるべきことをやっただけなのに。


 生きづらさを解消する「技術」を知るのと同時に、未来に「負の同調圧力」を受け継がないために、多くの人、とくに若い人達に、読んでみていただきたい本です。


孤独と不安のレッスン (だいわ文庫)

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