琥珀色の戯言

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【読書感想】メディアのリアル ☆☆☆

メディアのリアル

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Kindle版もあります。

メディアのリアル

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内容紹介
笑う犬の生活』シリーズ、『夢であえたら』など、数々の伝説的番組を生みだした元フジテレビプロデューサー(現ワタナベエンターテインメント会長)の吉田正樹が、テレビ、映画、音楽、評論、WEBなどの新しい時代をつくり出す先駆者たちと、メディアの現状と未来について語り尽くす。


8人の登場人物は、以下の通り。
●プロデューサーの吉田正樹
サイバーエージェント社長の藤田晋
●映画監督の本広克行(『踊る大捜査線』)、
●独立系映画プロデューサーの小滝祥平(『山本五十六』『柘榴坂の仇討』)、
●メディアコンサルタントの境治、
●『PLANETS』編集長で評論家の宇野常寛
●ヒップホップアーティストのKダブシャイン、
●ユーチューバーの吉田ちか(『バイリンガール英会話』)。


ツイッター、ユーチューブ、LINEなど新興メディアの台頭が著しい中で、メディアの未来は今後、どうなっていくのか?
2014年に立教大学において展開された「クールジャパンとは何か~日本のメディアは何を「コンテンツ」として生み出しているのか」を基に、立教大学の300人の学生を熱狂の渦に巻き込んだ臨場感あふれる「伝説の授業」を再現!
メディア関係者、メディアを志望する人だけでなくビジネスパーソン必須の内容。刻々と変貌するメディアを理解すれば、日本の未来の「形」もわかる!


 元フジテレビの名プロデューサー・吉田正樹さんと、さまざまなメディアのトップランナーたちが
対話形式で行った講義を書籍化したものです。
 この講義、受講者はスマートフォン持ち込みを推奨され、Twitterでのつぶやきがリアルタイムに見える状態で行われたのだとか。

 学生からは「世界に通用するって何?」とか「意味わからん」「つまらん」「自己弁護だ」と講師が今話したことに対するツイートが次々と送られてくるので、講師もそれを見て「ここはもう少し詳しく説明しよう」「別の例で説明しよう」と進め方を調整することができます。その結果、学生は聞きたいことをちゃんと聞けるし、講師は伝えたいことをより正確に伝えることができるようになって、授業の密度は当初考えていた以上に濃くなりました。
 もちろん、初回からツイートは大荒れに荒れました。悪口雑言あり、下ネタありのカオスでしたが、すぐにひとつの方向に収斂していったのです。

「最初は罵声みたいなのも多くて大変だったけれど、リアルタイムの反応が見えるのは刺激的だった」と吉田さんは振り返っておられます。
 本来は、受講者が手を挙げて「質問」するようなのが理想なのかもしれませんが(外国の大学ではそういう感じになる、とのことです)、日本の場合は、こういう「ツイッター講義」が向いているのかもしれませんね。
 

 内容としては、もう少し裏話的なものを読みたかったような気がするのですが、大学の講義ということもあり、出演者の話は「ややおとなしめ」という印象を受けました。
 それでも、お金に関するけっこう生々しい話なども出てきます。


踊る大捜査線』シリーズの本広克行監督は、「監督料」について、こう仰っています。

吉田正樹今、映画のチケットは1800円くらいですね。このうち半分は映画館の収入で、残りの半分が映画配給会社の取り分となります。この配給会社の取り分から製作費を引いた残りが利益ですから、その一部ですね。もし通常の監督料だったら500万円くらいですか。



本広克行そうですね。そのくらいで三谷幸喜さんクラスだと言われました。


吉田:500万円と聞くとかなりもらっているような気がしますが、シナリオを書いて演出もするということを考えると、決して十分とは言えない気がします。


本広:しかも、ギャラは一年くらい先じゃないと入ってきません。だから、みんな食べていくために、テレビに出たり、講演をしたり、ワークショップで教えたり、あるいは本を書いたりしています。映画監督というのは、それくらい厳しい職業なのです。


 ハリウッドの著名映画監督はこんな金額ではないと思いますが、日本では、ヒットメーカーの三谷幸喜さんでも500万円くらいなんですね、監督料って。
 そりゃ、監督専業でやっていくのはけっこう厳しそう。
 この監督、なんかやたらといろんな映画撮ってるなあ、というのは、そのくらい撮らないと食べていけない、ということなのでしょう。
 ちなみに、吉田さんは、映画『踊る大捜査線』の監督をやるときに、それまで撮った2本の経験を踏まえて、「成功報酬として利益の何パーセントかをもらえる契約にした」そうです。
 これ、かなりもらえたのではないかなあ。


 また、評論家の宇野常寛さんが登壇した回には、こんなやりとりがありました。

吉田:『PLANETS』(宇野さんたちが創刊した紙の批評誌)をインターネットではなく雑誌にしたのはどうしてですか。


宇野:『PLANETS』を創刊した頃は、インターネットではブログがブームになっていました。当然、評論をブログでやることも可能だったし、自費出版に比べればブログのほうが、はるかに費用も手間隙も少なくて済んだのは間違いありません。
 でも、どうしても僕は紙に印刷する形にこだわりたかった。
 一番の理由は、ブログというメディアが僕にはどうも魅力的に見えなかったのです。
 お役立ち系はともかく、お金や思想について書いているブログで、ブックマークがたくさん付くようなものって、人間のコンプレックスを助長するか、目立っている人を叩くかのどちらかで、そんなの人々の興味は引いても、商品価値はほどんないに等しいし、僕には全然面白くなかった。


吉田:インターネットに絶望したということですか?


宇野:絶望したというわけではありません。それはそれでひとつの文化のあり方だと思います。ただ、僕はひとつの作品をじっくり掘り下げて、その魅力を理論的に語るような、もっと中身のあることを真面目にしたかったのです。それはブログじゃ絶対にできない。ネットと切り離したところで行わないとダメだと思ったのです。
 二号、三号とつくっていくうちに、その気持ちはますます強くなっていきましたね。インターネットで言論を流通させると、絶対に悪い方向に引きずられる、これは間違いありません。だから、ネットは宣伝には使いますが、文章を読ませるのは、紙でなければならないのです。


 宇野さんは1978年生まれで、70年代はじめの生まれの僕よりは、若い頃にネット文化に接してきているはずです。
「紙媒体」へのこだわりも、少し薄れている世代と思われます。
 にもかかわらず、宇野さんは、「インターネットで言論を流通させると、悪い方向に引きずられる」という感覚を持っていたのです。
 実際のところ、宇野さんが新しい世代の評論家として評価され、支持されているのには「インターネット世代」の理解が大きいと思うんですよ。
 彼らは、ネットが身近なもので、その利点と弱点を知り尽くしているからこそ、「文章を読ませるのは紙のほうがいい」と感じているのだろうか。
 たしかに、紙媒体にすると、ネットですぐに読めるより間口は狭くなるけれど、「本当に読みたい人だけが読んでくれる」面はありそうです。
 ネットの場合「茶々を入れたいだけの人」が、少なからず入ってきてしまいますし。

 テレビ、映画、ネットなど、さまざまな「メディア」のトップランナーたちの話は、なかなか面白い。
 それと同時に、こうして大学の講義に名前があがるような人というのは、けっこう大御所になってしまっていて、「今」を切り取っているとは言いがたくなってしまっているとも感じました。
 メディアの世界で「今」を切り取るというのは、本当に難しい。 
 
 メディアで働きたいとか、人に何かを伝えるような仕事をしたい、という人にとっては、参考になる言葉が詰まっている講義だと思います。


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