- 作者: 菊池直恵,城伊景季
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2019/05/25
- メディア: コミック
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Kindle版もあります。
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内容紹介
平凡な会社員シロイさんの前に現れたセキゼキさん。いつしか彼はウツを患ってーー死に向かおうとするセキゼキさんをあらゆる手を駆使して止めろ! 兆候を見抜け! 誰にだって起こりうる、日常の翳に潜むサバイバルゲーム!!
はてなブログ連載の「wHite_caKe」の日記から「鉄子の旅」の菊池直恵が描くウツの真実。単行本では、さらなるケアのポイント&重要な反省点を〈シロイの解説〉で教えます。「本人の闘病記」ではなく、ありそうでなかった「ウツ介護者」視点によるウツ克服(ウツ活!)の記録。
第1話 競馬場に連れてって
第2話 この人は誰?
第3話 私にできること
第4話 病院へ行こう
第5話 前を見てた
第6話 逃げないよ
第7話 次は誰の番?
※講談社さまから、本を贈っていただきました。
感謝とともに、明記しておきます。
ウツとウマ。
セキゼキさん、あなたは私ですか?
なんて思いながら読みました。
冒頭に、ウオッカが買った日本ダービーの話が出てくるのですが、僕にとってもあのダービーは衝撃的で、「牝馬が、しかも桜花賞でダイワスカーレットに負けた馬がダービー勝っちゃうのかよ……」と、しばらく落ち込んでいたのを記憶しています。
ウオッカに恨みがあったわけではないのだけれど、僕の発達障害的な性格のためか、競馬で予想外の結果になると、しばらくグッタリしちゃうんですよね。
あのウオッカが勝ったダービーで圧倒的1番人気だったのが、同年の皐月賞で怒涛の末脚をみせて3着に突っ込んできたフサイチホウオーで、あらためて考えてみると、あの年のホウオーは、今年のサートゥルナーリアの姿と重なってみえるところもあるのです。
競馬というのは、人々の過剰な期待や思い入れの上に成り立っている。
そしてそこには、多くの失望と、だからこそ光り輝く、ごくまれに起こる感動的なドラマがある。
個人的には、精神的な「ゆらぎ」が大きい人間は、スポーツ選手やチームの応援、ギャンブルなど、「自分の力ではどうにもならない要素を多く含んでいるもの」を自分の生存証明の杖にするべきではない、と思うのです。
その一方で、自分で自分のことをどうしようもない状態だからこそ、何かに頼らずにはいられないのも事実で、そういう底なし沼みたいなところから抜け出すには、誰か助けてくれる人が存在するか、自分で自分を救うしかないのかもしれません。
ただ、ほとんどの人は、そんなに運が良くないし、そんなに強くもない。
僕はこの作品、ネットで連載中から読んでいて、菊池直恵さんが描いたセキゼキさんをみて、「『鉄子の旅』の横見さんがなぜここに……とか思っていたのです。
そして、それなりに幸せそうなアラサーカップルに訪れた「ウツ」という非常事態に、これまでの自分自身のさまざまな体験を重ね合わせずにはいられませんでした。
シロイさんのセキゼキさんに対する献身をみていて、僕は自分がこれまで、「心を病んだ人たち」にとってきた態度を思い出し、ひどく落ち込んだのです。
僕はこんなに粘り強く接したり、自分のライフスタイルや仕事を犠牲にしてまで、「尽くす」ことはできなかった。
いや、むしろ、さっさと逃げ出したい、この状況から逃れたい、とばかり考えていた。実際に逃げてしまった、という負い目もある。
シロイさん、菩薩かよ。
多くの人は、自分自身が生きていくだけで精一杯ではあります。
毎晩、夜中に電話がかかってきて、つらい、死にたいと言われる、うまくいかない不満や不信に延々と付き合わされる、そのうえ、「あなたは私のことをわかっていない」と責められる。
このブログでも何度か書いているのですが、本格的に心を病んでしまった人にきちんと向き合っていくためには、自分の人生を捧げるくらいの覚悟が必要です。
僕は、共倒れするより、あなたは逃げてしまったほうがいい、と助言することもあります。
たぶん、この作品には描かれなかった葛藤とか恨みつらみ、みたいなところもあったと思うのです。
そこをシロイさんが丁寧に「とげぬき」して、菊池さんが「リアルではないけれど、リアリティが伝わってくる、ふわりとした世界」として作り上げている。
ネットで読んでいた作品を、紙の本として読み返しながら、「良い作品だとは思うけど、やっぱり、自分の過去の無力さを思い出してしまって、つらいな」と考えていたのです。
本当にこれ、「サポートする側からみた現実」が、けっこうありのままに描かれているんですよ。
ネットでは「心を病んでいることがうかがえるエントリ」に対して、「これをプリントアウトして精神科へ」なんてコメントが書かれることが多いのです。
でもね、そういう状況の人たちの多くは、そう簡単に精神科、あるいは病院にすら行ってくれないんですよ。僕が医者であっても、そうなんです。
本人は病識がなかったり、「そういう病院」に行くことを徹底的に拒絶する。おかしいのはあなたのほうだ、なんて言われることもある。
そして、病院の側も、希死念慮(死んでしまいたい、死ななければならない、という強迫観念)や自殺企図がないと、強制的に診療することはできない。
おまけに、せっかく受診しても薬を飲んでくれなかったり、ちょっと調子がよくなると、すぐに薬をやめてしまったりする。
患者はもちろん大変なのだけれど、サポートする側は、患者と本人の板挟みになって、つらい思いをすることが多いのです。
基本的に、「完治する」病気じゃなくて、再発、再燃のリスクもついてまわるし(そのあたりのことも、この本にはちゃんと書いてあります)。
「ウツ」というのは、誰が罹患するかわからない病気だからこそ、その病気に自分がなったら、というだけではなくて、自分が患者をサポートする側になる可能性も高いんですよね。
その「サポートのしかた」については、十分なコンセンサスが得られているわけではないのです。
「ウツの人は励まさないようにしましょう」というのがよく言われていますが、これも「人によって違う」と、棋士の先崎学さんは、著書『うつ病九段』に書いておられました。
このシロイさんとセキゼキさんのエピソードも「症例報告」でしかない。
ただし、そういう体験談をみんなが語っていくことによって、ある種の傾向とかノウハウ、みたいなものがつくられていくし、同じような状況に置かれた人も少し落ち着いて状況整理ができる。
患者さんのつらさを語ったものは多いのだけれど、サポートする側に寄り添った情報というのは、まだまだ少ないのです。
ネットで読んでいたときには、「ちょっとシロイさんが立派すぎるのではないか」と、自分と比べて気まずくなっていたのですが、この単行本には、シロイさん自身による「解説」がついています。
「解説」なんて、セルDVDのコメンタリーみたいなもので、「おまけ」なんだろ、と思っていたのですが、この「解説」が、すごくよかったんですよ。
マンガでは、読みやすいようにマイルドに(あるいは美化)されていたところについて、シロイさんの肉声で語られているのを読んで、僕はすごく「腑に落ちた」のです。
もともと私は、妄想というものについての知識を少し持っていました。不熱心な学生ではあったけれど一応心理学を専攻していましたし、知人の精神科医の話なんかもよく聞いていましたし。あくまで素人の半端な聞きかじりにすぎませんでしたが。
しかしながらたった一つ、あなたに、これだけはやっておいた方がいいと、おすすめできることがあります。
しっかり食べて、しっかり寝ること。できれば毎日、何かを楽しんで笑える時間を持つこと。
健康で元気な自分で居続けるのです。難しいことだとは思いますが。
少なくとも、私には難しかったです。親しい人間がすぐ傍らで眠れず食べれず笑顔なんて忘れて苦しんでいる時に、自分はしっかり食べて眠って笑っていられるなんて、すごく気がとがめました。
ですが、それは必要なことなのです。そもそも私が眠らず食べず笑わずにいたからって、セキゼキさんはよくなったりしませんからね。むしろ悪影響です。自分のせいで周りを苦しめていると感じてしまうだけ。
一心同体、異体同心。仲良く寄り添って心を一つにするというのは、人類の憧れの一つですし、そういう思いが人を救うことはあると思います。
ですが、親しい人間同士であっても心が分かたれていること、どれほど近くにいても二人が他人でいることも、時として人を救うのです。
親しい人が病気になったとしても、あなたは健康でいた方がいい。
病院に行きたがらない相手を説得するのは確かに容易ではありません。けれど、弱った人間が健康な人間を説得するのは、さらに困難なことでしょう。
二人の主張が平行線を辿れば、音を上げるのは弱っている方だと、私は思います。
不躾ではあるのですが、シロイさんは、このあまりにもキツイ状況に押し流されそうになりながらも、セキゼキさんという人間に起こっている「変化」や「現状」を冷静に観察し、試行錯誤しているように僕は感じたのです。
そういう「対象への興味」(ひどい言葉だけど)を持ち続け、心理学的な予備知識があったからこそ、シロイさんは、生き延びることができた。そして、シロイさんが生き延びたからこそ、セキゼキさんも、支えてもらう(あるいは、待ってもらう)ことができたのです。
もちろんこれが、絶対的な正解ではないのだろうけど。
「どれほど近くにいても二人が他人でいることも、時として人を救う」
この言葉に、僕も少しだけ、救われたような気がしました。
人と人の関係なんていうのは、永続的なものではないし、苦境に対して素晴らしい連携をみせて立ち向かっていったふたりが、成功して有名になったら、噛み合わなくなることもある。はっきりわかるような理由がなくても、うまくいかないときもある。
そんなことはわかっていても、人は人を愛したり、助け合ったりせずにはいられない。
『村上春樹 雑文集』(新潮社)のなかに、こんな言葉が収められています。
(安西水丸さんの娘さんの結婚式に、村上春樹さんが寄せたメッセージ)
かおりさん、ご結婚おめでとうございます。僕もいちどしか結婚したことがないので、くわしいことはよくわかりませんが、結婚というのは、いいときにはとてもいいものです。あまりよくないときには、僕はいつもなにかべつのことを考えるようにしています。でもいいときには、とてもいいものです。いいときがたくさんあることをお祈りしています。お幸せに。
いつかあなたにも来るかもしれない、人生の「あまりよくないとき」を乗りきるために、ぜひ、読んでみていただきたい。
役に立たないほうが良いのだろうけれど、たぶん、誰の人生にも、一度くらいは「あのとき、『むしろウツなので結婚かと』を読んでおいてよかった」と思うときがある、そんな気がするのです(これは第1巻で、物語はまだこれから、なんですけどね)。
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