琥珀色の戯言

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【読書感想】ミッシングワーカーの衝撃: 働くことを諦めた100万人の中高年 ☆☆☆

内容(「BOOK」データベースより)
労働問題を取材する中で、著者たちに見えてきたのは、雇用統計にすら反映されず、労働市場から“消えた”状態となっている中高年たちの存在だった。その数、100万人超。働き盛りのはずの40代・50代に、いま何が起きているのか?日本経済にまで負のインパクトをもたらす、労働市場の「落とし穴」とは?誰もが陥りかねない「消えた労働者」の実態と、その問題の背景、そして解決の糸口に、密着取材で多角的に迫る!


 「ミッシングワーカー」という言葉を知っていますか?
 中高年のひきこもりが可視化されてきているのですが、そんな中高年の増加には、本人や家族だけに原因や理由があるわけではないのです。

 高齢化社会で、親が長生きするようになり、誰かが介護しなくてはならなくなる。
 その一方で、いまの中年世代は「結婚しない(できない)人」がどんどん増えてきているし、非正規労働者の割合も増えてきて、収入も少ない。
 そこで、高齢の親と同居して生活している中年の子どもが、増えているのです。

 親と同居している独身中高年に、果たしてどのような問題があるのだろうか。仕事が順調で親も健康であれば、何ら問題はない。しかし、もし正社員ではなく、非正規労働に従事しているとしたら、問題はないがリスクはある。
 先に述べたように、非正規労働は短期間の有期雇用であり、期限がくれば転職をしなければならない。そして年をとればとるほど、次の仕事が見つかりにくくなる。しかも、同居している親が病気になったり、介護が必要になったりすれば、仕事を得て働くまでのハードルがより高くなってしまう。
 さらに、この問題を深刻化させてしまうのが親の「年金」だ。親世代は、一億総中流のサラリーマン世帯が主流だったため、多くの人はある程度の厚生年金をもらうことができる。そうすると子どもが無収入でも暮らしていけることができるたえ、周囲に問題が顕在化しにくくなるのだ。
 その結果、親の年金に依存しながら、介護に専念するような生活を続けた中高年が、働くことから長期間遠ざかってしまい、ハローワークに仕事を探しに行く気力さえ失ってしまうという問題が生じている。
 雇用統計上、求職活動している人は「失業者」と位置づけられ、データとして数えられる。40代、50代の失業者は、72万人に上る。しかし、求職活動をせず、長く働いていない人は「失業者」にも数えられない。
 そうした人たちが、40代、50代で103万人にも上ることが、今回の私たちの調査によって明らかになった。働き盛りの世代が雇用統計から消えたままになっている状態(=「ミッシングワーカー」)を放置しておいていいのだろうか。


 親の介護のために仕事をやめて同居し、年金でやりくりしていたけれど、親が亡くなってしまうと、年金はもらえなくなってしまう。
 いざ働こうと思っても、長い間仕事をしておらず、世間とも疎遠になっているなかで、再び若い人に混じって働くのは怖い。
 こうして、「ミッシングワーカー」が生まれるのです。
 そんな甘いこと言ってないで、働けよ!と言いたくなる人もいるでしょうけど、働いていない期間がしばらくあった僕には、その「怖い」という気持ちがわかるような気がします。
 仕事というのは、ルーチンワークになっているからこなせるところがあって、新卒ではじめて職場に行ったときのことを思い出してみれば、けっこうハードルが高いものですよね。
 仕事の現場というのは、「できない人」、とくにそれが高齢の人の場合には、けっこう居心地の悪いものでしょうし。
 それにしても、「職探しをする気力さえ失ってしまった人(=ミッシングワーカー)」が、「仕事を探しているけれど見つからない人(=失業者)」よりもずっと多いということには驚きました。


 実際、この「介護目的での離職をきっかけに、仕事ができなくなってしまう人」というのは、現場ではすでに大きな課題として認識されていて、この本のなかでは、介護者をサポートする組織の担当者が「介護をしていても、短時間、デイサービスに預けている時間だけでもいいから、仕事を続けたほうがいい」とアドバイスしています。
 仕事は一度離れてしまうと戻るのが不安になるし、外で働いていることによって、社会とつながっている安心感が持てるから、と。
 
 この本のなかでは、親を介護施設に預けることにして、自分の人生をやり直すことにした人や、両親を看取ったあと、また仕事をするきっかけを失って、切り詰めた生活をしている人など、さまざまな立場の人が取材にこたえています。

「在宅介護」という選択をして、父親を施設に預けずに自分で介護をする選択をしたことが、結局、佐々木さん(仮名)の人生を左右する分岐点になった。
「もう四六時中、昼間だろうが真夜中だろうが、時間を問わず呼び出されるんですよ。『オーイ、オーイ』とね。何かなと思って(下の階に)降りていくと、もうシーツが便でベトベトですよ。結局、おむつの中がもういっぱいになって、そこからあふれちゃって。それでシーツが濡れて気持ち悪いんで替えてくれと。自分では替えられなかったんで、替えてくれと言うんですけど、寝たきりの人のシーツを替えるっていうのが大変で。しかもそれが昼間ならいざ知らず、真夜中に言われちゃうと、僕のほうが怒りを感じちゃうんですよね。本当に大変でした」
 当時、父親を施設に入れるかとうかについて、きょうだい間で意見が分かれたという。弟と妹は、無理だから施設に入れるべきだと主張したが、佐々木さんは施設を嫌がる父の気持ちを尊重し、自分が在宅で面倒を見ることを決めた。
「でも、もし自分のことを優先して、父を見放していたら、父が亡くなった後、後悔していたとも思うんです。だから、在宅で介護したことを後悔していない、つもりです……」

 僕の個人的な意見としては、親を施設に入れることは「見放す」ことではないと思うし、自分の子どもを介護で犠牲にしたくはないのです。
 でも、こうして在宅で介護したことで、「後悔せずにすんだ」と考える人たちを否定することもできない。
 誰にでもあてはまる正解は存在しないのです。

 この本を読んでいて、少し気になったのは、取材班が、取材対象を「かわいそうな人たち」だと印象付けようとしているところでした。
 「ミッシングワーカー予備軍」として、原真由美さん(53歳・仮名)が取材されているのですが、派遣で手取り10万8000円、家賃46500円のシェアハウスで生活している原さんの項には、こんなやりとりが描かれています。

 原さんには、単純な事務作業などを続けてきた経験しかないため、何かやりたい仕事がないかと考えても思い浮かばないのだという。むしろ大変な責任をもって仕事に向き合うことが負担に感じられ、だったら今の状況でもいいやと現状を追認しながら生きてきた。そして、そのことに疑問を持つこともなかった。
「待遇のいい仕事が見つかるっていう気がしないですね。50代という年齢も年齢だし、『自分が能力を発揮できることって、この世の中である?』って考えても、見つかる気がしないです。50を過ぎちゃうと、なんか普通に(人生が)下り坂だと思ってしまいます」
 次の仕事が決まらず、先の見えない暮らしながらも、将来をなるべく考えないようにしながら生きているという原さんは、目標もなく、夢もなく、希望も持てない毎日を過ごしている。それでも、時折楽しそうな表情を浮かべ、話していると笑顔も見せる。強い人なのかもしれない。
「自分はいったいどこに向かっているんでしょうね。そこらへんは、わからないです。地図を持たずに生きているという感じでしょうかね。きっと目的地がないんですよ。たぶん目的地があれば地図を持っているし、その地図に沿って生きようと思うんじゃないかなあ」
 どこにたどり着くか分からない人生、そのことが不安ではないのかと問うと、原さんは、だからこそ自由だと、開き直ったようにきっぱりと言い切った。
「目的地は持っていなくてもいいんですけどね、別に。何でもありだという自由さがあるので。日々暮らしていくためのお金は必要なので、そのために、そのお金を得るために仕事をしている感じかな」
 自分の暮らしを豊かにしようと、いう願いもなく、今の暮らしで十分満足だと言う原さんは、その一方でワンランク上の理想を見ないようにすることで、自分を保っているようでもあった。
「なんかやっぱりこういう生活が、わりとここ何年か、当たり前の感覚になっているんだと思います。豊かな生活ができるって、思ってないかもしれないです。ちょっと自分が生きてく張り合いとか、何にもないような気持ちにたまになるんですよ」


 もちろん、すべての中高年が、「生きがい」を持って、キラキラとした人生を送っていれば、そのほうが良いには決まっています。
 でも、僕はこの原さんの人生を、ことさらに「不幸」に描こうとしているように感じて、なんだか不快でした。
 40代後半、50代の人間の人生観なんて、大概、こんなものじゃないのかなあ。
 
 これだけ人手不足が叫ばれているなかで、100万人以上もの「ミッシングワーカー」が存在している。
 働ける範囲で、うまく働ける仕組みをつくれれば、働く側にとっても、働いてもらう側にとっても、大きなメリットがあるはずです。
 しかし、いまの中年世代は、「親の介護をするのが当たり前」で、おそらく、自分たちが高齢になる頃には「親の介護を子どもがしないのが当たり前」の時代になりそうで、なんだか不運な気はしています。
 大きな戦争で戦場に送られる時代とかよりは、ずっとマシなのかもしれないけれど。


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中高年ひきこもり (幻冬舎新書)

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