琥珀色の戯言

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【読書感想】ジャックポット ☆☆☆☆

ジャックポット

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Kindle版もあります。

ジャックポット

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嗤え、歌え、踊れ、狂え。今日も世界中が〈大当たり〉! 読者の度肝を抜く超=私小説的短篇集。コロナ禍、 戦争、 ジャズ、 映画、 文学、嫌=民主主義、 そして息子の死――。かつてなく「筒井康隆の成り立ち方」を明かす最前衛にして超弩級の〈私小説爆誕! 亡き息子との〈再会〉を描いた感動の話題作「川のほとり」収録。


 高校生のときに、文化祭で売られていた『48億の妄想』を偶然手に取って以来、僕はずっと筒井康隆という作家の大ファンなのです。『48億の妄想』は、僕が読んだ時点で、もうかなり前の作品だったのに、歴史小説ばかり読んでいた僕にとっては、ものすごく新鮮で衝撃的だったんですよ。あのとき、筒井さんに出会わなかったら、ラテンアメリカ文学を読むこともなかった(あるいは、読むのがだいぶ後になってから)だったのではなかろうか。
 『虚構船団』での「書評に対する逆襲」や『残像に口紅を』の、「文字がひとつずつ消えていく世界」、『朝のガスパール』でのインターネットでの読者とのやりとりでストーリーを変えていく方法など、筒井さんは、常に新しい挑戦を続けている人でもあります。
 もし、自分以外の誰かになれるとしたら、僕がなりたい人として最初に思い浮かぶのは、筒井康隆、なんですよ。
 まあ、そんなことを思っている時点で、僕はモブキャラ確定、って感じですが。

 僕が学生時代から読んできて、もう亡くなってしまった作家も少なからずいるのだけれど、まだ、筒井康隆は健在だ、というのは、なんとなく、心の支え、みたいなところもあるのです。

 だから、少女像で筒井さんが「炎上」したときには、これが「老い」というものなのだろうか、なんて、ちょっと寂しいのと同時に、筒井さんのことだから、これも「老いを演じているだけ」なのかもしれないな、とも思っていました。


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 筒井さんは、長編執筆からは引退を宣言されたあとも、文芸誌などに短編をときおり執筆されており、小説以外のエッセイなども含めて、僕は読み続けているのです。
 筒井さんに関しては、「生きていて、書き続けてくれているだけで嬉しい」というのが僕の率直な気持ちではあるのです。

 この短編集『ジャックポット』は、読んでいて、相変わらずの文章のリズムと、織り込まれている、これまでの思い出や執筆してきた作品の裏話に感慨深いものがあったのですが、「ツツイスト補正」がないと、「文体とネームバリューに頼って、同じような昔話ばかりしている老人の話」なのかなあ、とも感じたんですよ。
 この短編集が、はじめての筒井作品という人は、「文体と知識量だけで押し切ろうとしている」と思うのではなかろうか。
 というか、筒井康隆という作家があまりにも偉大で、後世に影響を及ぼしてしまったがために、大勢の「筒井フォロワー」を生み出していて、多くの人は、そのフォロワーのほうを先に体験してしまっているのです。
 「こっちが本家なんだよ」と言われても、あの時代にリアルタイムで読んでいた僕と同じ気持ちでは読めないはずです。
 
 そもそも、これを書いている僕自身も、10代の頃は、筒井さんが書いたもの、話したもののなかで触れている作家や音楽家、アートに興味を持って追いかけていたのだけれど、今はもう、それほどの「教養への情熱」みたいなものを失っていることを自覚せざるをえませんでした。
 あの頃の筒井さんは、間違いなく、僕にとっての「教養への入り口」であり、「わからないけど面白そうなこと」をたくさん教えてもらったのです。

 ただ、こういう「難しいことがたくさん並んでいる、読むのに時間がかかる小説」は、もう流行らないのかもしれません。僕も昔は「教養」というよりは、「世間の常識や禁忌への反逆」として筒井作品を読んでいたような気がするし。
 その一方で、いま書かれている小説の「文体」であるとか、「中だるみしそうなところで、ちょっとした豆知識を仕込んで読者の興味をキープするやりかた」とか、「炎上商法」的な手法も含めて、筒井康隆という人は、ある意味偉大すぎる創造主であり、「アンタッチャブルな大家」になってしまったのかもしれません。

 正直、僕の感想は「筒井さんの新しい作品が読めるだけで嬉しい」以外の何物でもないし。

 ……というようなことを考えつつ、「似たような『筒井康隆らしい』短編集」を読み進めていったのです。
 
 でも、最後の作品、51歳の若さで亡くなられた長男・伸輔さんのことを描いた『川のほとり』を読んで、僕は「ああ、僕は筒井康隆という人を、もう80代半ばだし……と老人扱いして甘く見ていた」と思い知らされました。
 『川のほとり』は、もちろん素晴らしい短編なのですが(本当に短いです)、この短編集を最初からひとつずつ読み進め、リズムのなかに散りばめられた「筒井さんの半生」を拾い集めていった末に、『川のほとり』に辿り着くと、ワンパターンにも思えたそれまでの短編集の「意味」みたいなものが見えてきたのです。

 それまでの作品に比べると、あまりにも「直球」な『川のほとり』は、この短編集のこの場所にあるからこそ、よりいっそう「沁みる」。
 サザンオールスターズ桑田佳祐さんが、レコード会社を移籍した際に、前の会社が勝手に「バラード・ベスト」を出したことに激怒していた、という話を思い出しました。
 「アルバムのなかで、ひとつのバラードを活かすために構成や曲順を考え抜いてきたのに、『いいとこどり』をされたら、そんな努力が無駄になってしまう」

 老いたのは、筒井さんじゃなくて、僕のほうだった。
 そんなことを、気づかせてくれる短編集でした。

 それこそ、「ツツイストの贔屓目」なのかもしれないけれど。


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