琥珀色の戯言

【読書感想】と【映画感想】のブログです。

【読書感想】黒牢城 ☆☆☆☆


信長を裏切った荒木村重と囚われの黒田官兵衛。二人の推理が歴史を動かす。

本能寺の変より四年前、天正六年の冬。織田信長に叛旗を翻して有岡城に立て籠った荒木村重は、城内で起きる難事件に翻弄される。動揺する人心を落ち着かせるため、村重は、土牢の囚人にして織田方の軍師・黒田官兵衛に謎を解くよう求めた。事件の裏には何が潜むのか。戦と推理の果てに村重は、官兵衛は何を企む。デビュー20周年の到達点。『満願』『王とサーカス』の著者が挑む戦国×ミステリの新王道


 僕はけっこう長い間、米澤穂信さんの作品を読み続けてきました。
 「人が死なないミステリ」「日常の謎を解くミステリ」の旗手として活躍されてきた米澤さんが、戦国時代を舞台にしたミステリを発表されたということで、「新境地」とも言われているんですよね、この『黒牢城』。
 歴史好きの僕としては、信長に反旗を翻した荒木村重と、村重に捕らえられた黒田官兵衛の「二人の推理が歴史を動かす」なんてオビに書かれているのをみて、「どんな話なんだ?」と楽しみだったのです。

 この『黒牢城』を読んでいて驚かされるのは、米澤さんが「籠城している武将の心境や籠城という環境」を、かなり緻密に描いていることなのです。
 以前、『硫黄島からの手紙』という映画をみて、「実際に戦闘をやっているわけではない時間の日本軍のやるせなさ」みたいなものを痛感したのを思い出しました。


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敵軍の爆撃の音が四六時中響いていては、夜も眠れずに精神的にボロボロになっていくだろうなあ、とか、もうすぐ敵軍が上陸してくる、という「決戦前」の時間のやるせなさがしみじみと伝わってくるところとか。この映画では、アメリカ軍は「なかなか攻めてこない」のですが、「いつ攻めてくるかわからない」という時間もまた、「戦争」のひとつなんですよね。


 「神は細部に宿る」と言いますが、米澤さんは、背景や状況の描き方が本当に上手い作家だなあ、と思うのです。

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 この小説とか、ありえないような設定なのに、登場人物の緊張感が伝わってきたものなあ。
(映画はひどかったけど)


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 かなり脱線してしまいましたが、この『黒牢城』、米澤さんにとっては実在の人物を登場させた歴史ミステリの異色作であり、「籠城ミステリ」とでも言うべき新たなジャンルを切り開いた、とも言えそうです。

 雑兵足軽の類をいくら討っても、手柄にはならない。矢戦、鉄砲戦で大将を討っても、誰の矢玉が当たったかなど検めようながないため、手柄と認められるのは難しい。戦で手柄を挙げるすべは、まずは一番鑓(やり)や一番乗りを果たすこと。そして何といっても、おのが手で兜首を取ることだ。よき兜は身分ある武士の持ち物であり、兜を被った首を取ることは、名のある敵を討ち取ったという何よりの証となる。
 首はまず、死化粧を施すために女房衆へと渡される。敵とはいえ戦って戦場に散った武士の首を無下に扱うのは心ないことであり、汚れを落として見目よく整えることが、心得のある振る舞いとされていた。夜がやや白みかける頃、首実検の仕度が整ったと首役が報せてくる。


 こんな感じで、戦国時代の籠城戦に関する知識満載、なんですよ。
 歴史小説ではスルーされがちな籠城中の城内の人々の様子が、けっこう詳しく紹介されているのです。

 ただ、正直なところ「ミステリ」として考えると、本当にうまくいくのか疑問な殺害方法や黒田官兵衛の存在感が意外に薄いこと(牢に囚われている状態なので、致し方ない、とも言えますが)、村重が官兵衛を殺さなかった「理由」があまりスッキリしないことなど、物足りなさも感じずにはいられないのです。ある章のトリックなど「『逆転裁判』かよ!」とツッコミを入れたくなるような、本当に可能なのか疑問になってしまいます。
 『逆転裁判』は、そういう強引さも含めて楽しむゲームだと僕は思っているのですが、この小説だと、「頭でイメージはできても、そんなにうまくいかないだろ……」と。

 連作短編で個々のエピソードが語られたあと、最後に「視点の転換(どんでん返し)」が起こって、読者を驚かせる、というのは、米澤さんの「十八番」なわけですが、最近はこのパターンが続いているので、読みながら「どうせ最後にまた『どんでん返し』なんだろうな」とか、つい、考えてしまうんですよ。
 まあ、黒田官兵衛荒木村重などの登場人物については、「史実というネタバレ」が既にあって、歴史好きは彼らの「その後」を知っているのですが。

 一時期、日本のミステリが「叙述トリック」と「どんでん返しの多さ競争」になっていて、それはそれで、読む側としては「どうせまた叙述トリックなんだろこれ」と、身構えながら読んでいたんですよね。
 で、あまりにもハードルが上がっている状態で読むと、「なんだこんなもんか」という気分になりがちです。
 
 「籠城ミステリ」としては「新しい」と思うけれど、ミステリとしては「ああ、やっぱり良くも悪くも米澤穂信……」という読後感でした。
 長年、人気作家をやり続けるというのは大変なことですよね。
 読者は「その人らしい作品」を求める一方で、「またこのパターン?」と不満を述べるものだから。
 逆に、まったく違う毛色のものを書くと「らしくない」って言われるだろうし。
 伊坂幸太郎さんも、「伊坂幸太郎らしさ」に苦しんでいるようにみえた時期がありました。

 歴史ものとして、これだけのディテールを描けるというのはすごいことだし、今度はミステリ抜きの歴史小説とか書いてみてほしいような気もします。
 むしろ、「米澤穂信さんの作品をあまり読んだことがない」という人に、「最初の一作」として、おすすめしたい作品です。


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