琥珀色の戯言

【読書感想】と【映画感想】のブログです。

【読書感想】悪役レスラーのやさしい素顔 ☆☆☆☆


悪役レスラーのやさしい素顔

悪役レスラーのやさしい素顔


Kindle版もあります。

内容紹介
昭和プロレス黄金時代、「金曜8時のゴールデンタイム」時代の名物レフェリーとして活躍したミスター高橋
来日する外国人選手の世話係でもあった著者が、悪役レスラーの知られざる素顔を明かす。
自宅アルバムに眠っていた悪役たちの秘蔵プライベートショットも多数掲載。
アンドレ、シン、ホーガン、ハンセン、ブロディ、キッド……
金曜8時の興奮が甦る!


 これはまさに「昭和のプロレスファン殺し」だ!
 ミスター高橋さんは、「プロレスは勝敗があらかじめ決まっている」という「みんながそうなのではないかと思ってはいたものの、そっとしておいてほしかった事実」をネタバレしてしまった人で、個人的には好きになれません。
 そもそも、それを「内部の人間」だった人が「告発」するのってどうなんだ、と。
 

 でも、あれからもうだいぶ時間も経ち、「それはそれで、プロレスという世界は、やっぱり面白かった」とようやく悟れた僕にとっては、高橋さんがこの本で紹介している、「昭和の新日本プロレスを支えた悪役外国人レスラーたちの素顔」は、とても懐かしく、そして、煌めいているのです。
 同窓会で、学生時代、ちょっとしっくりいっていなかった部活の同級生と「実はあのとき、あんなことがあったんだ」と話しながら、打ち解けていくような和やかさが、この本からは伝わってくるのです。
 ああ、アンドレ・ザ・ジャイアントは、こんな顔で笑うんだな、なんて、セピア色の写真をみて、なんとなく救われた気分になったりもして。


 アンドレ・ザ・ジャイアントの項より。

「あの巨体だからさぞかし大食漢だろう」と思われるだろうが、身体のわりには小食だったと私は思っている。
 もちろん、一般の体格の人よりは食べる。ラーメンやご飯に「大盛り」があることを教えてあげたら、それからは日本語で「オーモリ」と口にするように。焼肉屋に行けば、ロースやカルビなどを15〜20皿オーダーしてあげていた。
 どこかの地方でのことだった。一緒にテレビを見ていたらラーメンを20杯もおかわりする大食漢の女性が出演していた。アンドレは「Oh, my god!」を連発し、「俺もラーメンは大好きだが、4、5杯がいいとこかな」と珍しく気弱なことを言っていたが、彼の本音だったのだろう。

 巡業中に札幌で休みがあると、よく出かけたサッポロビール園のスナップ。ジンギスカンと作りたてのビールは他で味わえないおいしさで、ここに来ると外国人選手の誰もが子供のようにはしゃいでいた。
 この写真は”大巨人”アンドレ・ザ・ジャイアントが「大ジョッキ78杯」を飲み干して、今なお語り継がれる酒豪伝説を作った際のものである。この頃の私もビールは強かったほうで、確か19杯飲んだと記憶している。アンドレと張り合ったわけではないがかなり酔ってしまい、ホテルへ戻った途端にベッドに倒れ込んでしまった。
 気がつくと、開けっ放しにしていた部屋へアンドレが入り込み「これから飲みにいこう」と私の手を引いている。いくら誘われてもこちらは限界、「俺はもう飲めないよ〜」と、私はそのまま寝てしまった。
 翌日、アンドレに聞くと「あれから街(ススキノ)に出て、明け方まで飲んだ」とのこと。開いた口が塞がらなかったが、その酒量は名うての酒豪レスラーの中でも断トツだった。


 ああ、こういう「プロレス・スーパースター列伝」的な話、僕の大好物です。
 高橋さんは、野菜嫌いとアルコールの摂りすぎが、アンドレの寿命を縮めてしまったのではないか、と残念がってもおられるのですが……


 この本のなかでは、「悪役という自分のキャラクターを守るために」ファンが寄ってきても、サインも握手もせず、冷たく接するという「悪役の美学」を徹底的に貫いたレスラーたちが出てきます。

 1974年頃、新日本プロレス移動バスの前でタイガー・ジェット・シンとのツーショット。
 この時、シャッターを押してくれた外国人選手の背後から、無謀にも「狂虎」に近づいて握手を求めたファンがいた。必然的に(?)シンに蹴り倒され、彼は恐怖のあまり悲鳴をあげて逃げていった。
 場所も日時も覚えていないのだが、あの時のファンには申し訳ないことをした。ただ、シンは狂虎キャラクターを守るため、そうせざるを得なかったことを理解してほしい。
 バスが出発した後、しばらくは無口になっていたシンがふと私に顔を向けた。


シン:ピーター。さっきの彼、怪我はしなかっただろうな


高橋:大丈夫だよ。蹴った足が当たる前によろけて転んだだけだから。もし怪我をしていたら走って逃げられないじゃない


シン:そうだよな。

 いまは、「悪役を演じているんですよ」って、みんなわかっているし、リングを離れても「悪役」であり続ける人って、そんなにいないじゃないですか。
 でも、当時の悪役レスラーたちは、本当に怖かったんだよね。
 そう言いながら、僕も「タイガー・ジェット・シンは、なぜサーベルを持っているのに、柄のところで殴るだけなんだ? 突き刺さないのかよ!」とか思っていたんですよね。
 本当にやっていたら、とんでもないことになっていたでしょうけど。


 ブルーザー・ブロディが「とにかく扱いにくいレスラーだった」とか、来日していた外国人レスラーたちは、日本のメディアでの自分の記事をマメにチェックしていたというような話も出てきます。


 新日本プロレスファンにはお馴染みの、ディック・マードックのこんなエピソードも。

 彼は欲のないレスラーで、最高峰のNWAチャンピオンになるチャンスもあったが、ベルトというものにまったく興味を示さなかった。
「あんなベルトはいらねえ。チャンピオンになると試合が増えて忙しくなる。俺は忙しいのは嫌いだ」
 チャンピオンになって試合が増えたほうが、多くのカネを稼ぐことができる。だが、「カネなんかいらない」というのが彼のスタンス。カネに縛られるよりも、自由奔放に生きたい――それがマードックの人生観だったのだろう。
 マードックの実力を認めていた猪木さんがある時、私にこんなことを言った。
「一度でいいから、マードックの真剣な試合を見てみたいものだ。あいつが本気を出したら、ものすごい試合になるはずだ」
 その言葉をマードックに伝えたところ、「そうか、じゃあ、たまにはやってみよう」と、珍しく”その気”になった。
 ちょうどその日、藤波辰爾さんとのシングルが組まれていた。やる気になったマードックは、藤波さんの目の縁に黒たんができるほど生のパンチを繰り出す。関節技にしても、通常よりも深く締め上げ、文字どおり”すごい試合”をしたのだ。
 試合後、上機嫌のマードックが「ピーター、これでいいのかい?」と聞いてきたのだが、私は答えに困ってしまった。一方、藤波さんはワケがわからず、「高橋さん、何を焚きつけたんですか!」と口を尖らせているたが、無理もない。今思えば、本当に悪いことをしてしまったものだ。
 マードックにとっては、こうした試合はやろうと思えば、いつでもできるものだった。だが、彼の哲学では「そんなものはプロレスではない」。これも一つのプロ意識なのだ。


 「自分が強い」だけではなく、「対戦相手を強く、魅力的に見せられること」が一流レスラーの条件なのです。
 実力差を見せつけ、相手を一方的に叩きのめすような「試合」は、ヘタクソのやること、なんですね。
 新しく出て来た人の「顔見せ」ならともかく。
 アントニオ猪木さんは、全盛期「ホウキ(掃除用具の)が相手でも、すごい試合ができる」と言われていました。

 
 いま思い返してみると、ベビーフェイスの「善い人」っぷりは定型的なもので、あまり記憶に残っていないのだけれど、ヒール(悪役)たちはみんな個性的で、彼らがプロレスの「面白さ」を支えていたんですよね。


 新日本の記憶に残る外国人レスラー総出演、という一冊。
 彼らのプライベートショットを眺めながら、僕はずっと、ニヤニヤしつづけていたのではないかと思います。

アクセスカウンター