琥珀色の戯言

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【読書感想】13億人のトイレ 下から見た経済大国インド ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

トイレを見れば、丸わかり。
都市と農村、カーストイノベーション……
ありそうでなかった、「トイレから見た国家」。
海外特派員が地べたから徹底取材!!

インドはトイレなき経済成長だった!?
携帯電話の契約件数は11億件以上。
トイレのない生活を送っている人は、約6億人。
経済データという「上から」ではなく、トイレ事情という「下から」経済大国に海外特派員が迫る。
モディ政権の看板政策(トイレ建設)の成功は忖度の産物?
マニュアル・スカベンジャーだった女性がカーストを否定しない理由とは? 
差別される清掃労働者を救うためにベンチャーが作ったあるモノとは? 
ありそうでなかった、トイレから国家を斬るルポルタージュ

トイレを求めてインド全土をかけめぐる!
■家にトイレはないけれど、携帯電話ならある
■トイレに行くのも命がけ
■盗水と盗電で生きる人たち
■「乾式トイレ」清掃の過酷さはブラック企業を超える
■「差別」ではなく「区別」と強弁する僧
■アジア最大のスラムの実情 etc.


 約13億の人口を擁するインドは、国内総生産GDP)が世界5位で、近年はIT技術者を世界中に送り出していることでも知られています。
 その背景には、コンピュータという新しい仕事は、カースト制に縛られておらず、能力さえあれば、誰でも就けるため、多くの若者が技術者を目指すようになった、という事情もあるといわれています。

 カレーとタージマハールとガンジス川で沐浴をする人々、大勢の物乞い……世界の混沌を煮詰めたようなイメージを僕は長年インドに対して持っていたのですが、最近ではだいぶ様相が変わってきているようです。
 ヒンドゥー教カーストの影響が残っており、格差が激しい国であるのと同時に、国全体としては、急速に経済力を増してきているインド。著者は、そんなインドの発展と停滞を「トイレ」というテーマで描いています。

 世界のトイレといえば、中国のトイレは隣との敷居がない「ニーハオトイレ」なんて揶揄されることが多かったのですが、近年は急激に衛生観念が進歩してきているそうで、都市で生活している人たちは「キレイなトイレじゃないと、用を足せない」と考えるようになっているのです。

 著者は、インドの「トイレ事情」について、最初にこう述べています。

 誰もが毎日使っているトイレだが、インドでは地域(都会か地方か)、収入(富者か貧者か)だけではなく、ヒンズー教身分制度カースト」でどの位置にいるかによって、そのイメージが大きく異なっている。経済成長によって携帯電話の契約件数が11億件を超えながらも、5億人がトイレのない生活を送っているというのは、あまりにもいびつと言えるだろう。
 首相のナレンドラ・モディは、インド全土にトイレを普及させる運動を主要政策に掲げたが、成果には疑問符がつきまとい、農村部を中心に野外排せつの習慣は根強く残る。トイレ設置を進めても人口増加に下水道の設置は追いつかず、ヒンズー教徒にとって「聖なる川」であるガンジス川はひどく汚染されてしまった。排せつ物の処理や下水道の清掃にあたる低カーストの人たちが、劣悪な労働環境で死亡する事故も少なくない。一方で、トイレにビジネスの好機を見いだす経営者たちもいる。
 トイレを通じて「下から目線」で見つめたインドは、順風満帆な経済大国の姿とは異なる。矛盾や問題を抱え、それが放置されたままの側面もあれば、変化を遂げようとしているところもある。決してクリーンな話ばかりではない。だが、そこからは「経済大国」を目指す上で、避けては通ることのできない現実が見えてくる。


 2020年の日本で生活している僕の感覚では、「携帯電話よりも、トイレのほうが先だろう」なのです。
 でも、それは日本での普及の歴史が、トイレが先で、携帯電話が登場したのがずっと後だったからで、両方ともない状態で、「どちらを優先しますか?」と問われたら、「携帯電話!」と答える人は、けっこう多いのかもしれません。都会の真ん中でトイレ無し生活は難しいとしても、田舎で、みんなが外で適当に排せつするのが当たり前の世界で育ってきていればなおさらでしょう。
 しかしながら、インドの女性たちは、外で排せつするところを他人に見せないように日中はずっと我慢していたり、外に出たときを狙われてレイプされたり、というような状況でずっと生活しているのです。
 

 国際児童基金ユニセフ)と世界保健機構(WHO)が2015年に行った調査では、インドにおいて野外で用を足している人の数は約5億6425万人。ここでも人口の4割以上が、トイレとは縁のない生活を送っていることが示されている。
 ユニセフの調査では、全世界で野外排せつをしている人の数も示されており、その数は約9億6400万人。そのうちの約5億6425万人がインドの「野外排せつ人口」であるのだから、世界の「トイレなし人口」のうち、実に6割ほどがインドに集中していることになる。2位のインドネシア(5114万人)、3位のナイジェリア(4588万人)、4位のエチオピア(2869万人)などと比べても、その規模はケタが一つ違うのだ。


 野外排せつが多いことによって、衛生状態が悪化し、感染症が蔓延しやすくなってもいるのです。

 そこで、インドのナレンドラ・モディ首相は、2014年10月にヒンズー語で「クリーン・インディア(きれいなインド)」を意味する「スワッチ・バーラト」を重要な政策として打ち出し、5年間で、約1億2000万基のトイレを新たに設置し、屋外排せつをゼロにする、という方針を表明したのです。

 ここまでカネがかかる理由は、1億2000万基のトイレを新たに建設する目標を打ち立てたからだ。インド政府は、トイレ設置には一世帯につき1万2000ルピー(1万9200円)の補助金を出すことにしている。農村部では、3000ルピーから5000ルピー(4800円から8000円)程度の月収で暮らしている貧困家庭が少なくない。そうした家庭にとって、いくら政府から「トイレを設置しろ」と言われても無い袖は振れず、大きな経済的負担となってしまう。そのため、インド政府は建設費の補助という大盤振る舞いに打って出たのだった。


 トイレの設置に対して補助金を出すことになり、この政策はある程度の効果をあげ、2019年にモディ首相は「スワッチ・バーラト」は大成功した、と演説しました。
 しかしながら、実際に著者が各地で取材したところによると、田舎では、中央からの指導に対して、申し訳程度の数のトイレをつくって「衛生的になった」と報告していたり、補助金がつくった人の手に渡らなかったり、作られたトイレが利用されていなかったり、という状況が続いているのです。
 トイレを作るのにはけっこうなお金がかかるし、補助金も貰える保証がない。そして、下水道が完備されているわけではないインドでは、トイレを維持するための費用もかなりの負担になります。野外排せつに慣れていれば、トイレを掃除するのも面倒だというのも理解はできます。自宅にトイレがあるにもかかわらず、野外排せつを続けている、という人も多いそうです。


 まあ、こういう「偉い人のご機嫌をとるための成果の強調」みたいなものは、インドだけの話ではないのですけど。

 
 インドでは、野外での排せつ中にコブラなどの蛇に襲われるリスクもあります。インドでは毎年約280万人が蛇に襲われ、約4万6000人が命を落としているそうです。

 だが、襲ってくるのはヘビやサソリなどの動物だけではない。夜間にトイレへ向かう女性たちを狙ったレイプ犯罪も数多く発生しているのだ。
 2014年5月27日、ニューデリーから南東に約300キロ離れたウッタルブラデシュ州バダウン地区のカトラ村で、夕食後に用を足そうと近くの畑に向かった14歳と12歳の少女2人が男5人に集団レイプされ、殺害される事件が起きた。二人はいとこ同士で、外に出たまま戻ってこないことから、両親や村人たちが夜通し捜し回ったところ、翌朝になってマンゴーの木に吊り下げられて息絶えている二人が見つかったのだった。いずれもレイプされたあとに殺害されており、事件はインドだけでなく海外にも報じられ、大きな衝撃を与えることになった。
 また、イギリスのBBC放送も、2013年5月9日に「トイレがないことによって起きるインド・ビハール州でのレイプ」という興味深いレポートを記している。ビハール州はインド北東部に位置し、インド国内で最も貧しい州の一つとされている。レポートでは、2012年にビハール州で870件のレイプ事件が発生しており、州警察幹部はインタビューで「女性が用を足すため、深夜や早朝に家を出たときに犯行が行われている傾向がある。家にトイレがあれば、このうち約400人の女性はレイプを免れた」と話している。
 公衆衛生に関する国際機関の調査で、ビハール州では主婦の85%がトイレにアクセスできておらず、「インドで最も衛生状態が貧しい状態」になっていることも報告されているが、調査したトイレのない家庭のうち「健康のためにトイレがほしい」と回答したのは1%にすぎず、「安全のため」と答えた割合が49%と最も多かった。女性や子どもたちは、どこから降りかかってくるかもわからない危険と隣り合わせの中、野外で用を足す日々を送っていたのだ。


 どうなってるんだよ、インド……
 「家にトイレがない」というのは、「不便」なだけではなく、「危険」でもあるのです。
 それでも、これまでの習慣を変えて、わざわざお金をかけてトイレを作る、というのは、なかなか難しい。 
 携帯電話で「世界の常識」に触れた若い世代がインドの衛生観念を変えてしまうのを待つしかないのかもしれません。
 
 この本では、不衛生なだけではなく、危険を伴う、低カーストの人たちによる「トイレ清掃」の実態や、「盗電」や「盗水」が常態化していること、河川の水質汚染が改善されないことなどについても書かれています。


 日本や西欧の「常識」が世界の常識ではない、とは思うのだけれど、このトイレ問題については、「それがインドの伝統だから」と割り切るのは難しい。
 とはいえ、個々の状況を踏まえると、そう簡単にはインドの人々のトイレに対する考え方が変わるとも思えないのです。
 少しずつでも変化はみられているし、こういう状況だからこそ「インドでのトイレビジネス」を進めていこうとしている人たちもいるので、いずれは改善されるのだろうけど。

 読んでいると、「トイレ大国」日本に住んでいることのありがたさ、みたいなものを痛感してしまいます。
 トイレがあるのは当たり前ではないし、綺麗な水洗トイレや下水道の完備がもたらしているものは「快適な排せつ行為」だけではないんですね。


インドでわしも考えた

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