琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

「ロリコン狩り」について考える。

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 あの宮崎勤事件でさんざん社会から叩かれた「オタク」たちにとっては、今回の奈良の事件というのは、ようやく塞がりかけた傷のかさぶたを剥がされたような感じなのかもしれません。確かに、幼女趣味の「ロリコン」と、今回の事件を引き起こした犯人のような「病的な人格障害」というのには、大きな隔たりがあるような気もしますし。

 しかし、こういう事件が起こるたびに「何にハマるか?」というのは、その人の人生を大きく変えるものだよなあ、とか考えてしまいます。歴史にハマって学者になるのも、野球にハマってプロ野球選手になるのも、幼女趣味にハマってその手のビデオをコレクションしまくるのも(もちろん、直接的な「行為」に及ぶのは全然別の話)、「生産性」というか「社会的認知度・貢献度」が違うだけで、「何かに夢中になる、依存してしまう」という点では、ベクトルの大きさというのは同じなんですよね。極論すれば、その対象が「歴史」か「野球」か「ロリコン趣味」か、というだけのことで。だから、彼らの多くは反社会的行為をしようという意図があって「ロリコン趣味」に走ってしまったわけではなくて(いやむしろ、普通の人間なら、そういう「世間から後ろ指を差されるような性癖」から脱出したいと思うはずでしょう)、やめたいのだけれど、どうしてもやめられない、という状況の人も多いはずです。
 
 僕は幸いにして、ロリコン趣味ではありませんから(その代わり、「勉強中毒」とか「スポーツ依存」みたいなメリットのある性癖も持っていませんが)、そういう趣味が今回の事件と結びつくのなら、規制もやむをえないのではないかな、とも感じています。「この犯人と一般的な『少女趣味』の人とは、危険度のレベルが違う」というのは理解できるのだけれど、その見分け方がわからない以上、「違うんだから関係ない」と悟りきれないんですよね。
 例えば、外見上同じように見える蛇100匹がいて、猛毒があるのはその中の1匹だけだとしたら、この蛇の集団をどうするか?
 もちろん、「危険な可能性は全排除」という思想は危険です。でも、もうちょっとなんとかなるのではないかなあ、とも思うし、それこそ病気であれば、何らかの方法で「治療」できないものなのでしょうか(カリフォルニアでは、性犯罪を繰り返す男性には、本人の同意のもとで「去勢」するということがあるそうです。実行例は2例だけだそうですが)。

 でもね、こういう「特殊性癖への偏見」って、「マイノリティの悲哀」という一面もあるのかも。一昔前は、親を殺した子どもが「バイオハザード」をやっていたというだけで「危険なゲームの影響!」とか、報道されていたくらいなのに、最近はあんまりそんなふうに言われなくもなったしね。ゲームの内容からすれば「GTA(グランド・セフト・オート」なんて、バイオハザードより格段に危険なはず。ゲームは比較的「メジャー」になって、「共感できる」人が多くなったから、昔ほどはエイリアン扱いされなくなっているのです。

 幼い女の子が変態の犠牲になる、というのが、全くもって理解不能で赦し難い行為である一方で、「金のために人殺しをする」という「理由」に対して、世間の人々がけっこう納得してしまうということを考えると、結局、僕も含めて多くの人の「自分が理解できないことに対する恐怖」を払拭するのは難しいと思います。それは、いくら「データ上の安全性」を示されたとしても。

 「津波で15万人の人が犠牲になった」ということと、同じくらいの時間を割かれてこのニュースが報道されていることには、なんとなく違和感もあるのですが。

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