琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

「ネットを手段にする」という幻想

 世間には勘違いしている人が多いみたいなんだけど、「ネットを足がかりに作家デビュー」なんていうのは、全然「近道」でもなんでもない。本当に作家デビューしたければ、ネットに自作の小説をアップして感想待ちとかするよりも、世間にたくさんある文学賞に片っ端から応募したほうがいいに決まっている。「文学賞は狭き門」なんていうけれど、そこにはネットよりもはるかに高い確率で「良い作品を探している人たち」がいるのだし、うまくいけばプロへの道だって開けるはずだし、その程度の狭き門をクリアできないようなら、プロとしてやっていくのは所詮厳しいのではなかろうか。もちろん、それが最初から一発でうまくいく可能性は希少だけれど、少なくとも「なんとなくプロ目指してるんです」とか言いながら、馴れ合いのような環境で「自作を発表」して、手ぬるい「批評」なんて貰って喜んでいるようでは、いつまで経ってもどこからも声なんてかからない。そういう「王道」で、何度も無視されたり罵倒されたりして、ようやく這い上がってこられるというのが、当たり前じゃないか。よっぽど才能があるやつでもないと、出版社だってまずは自分から売り込みに来ているヤツの作品を先に読むに決まっている。はっきり言って、ネット経由でプロになろうというのは、遠回りなこと極まりないというのを知っておくべきだ。世間には、才能があって、しかも自分から一生懸命売り込もうとしている人間が、たくさんいるのだ。
 同じように、お金が貰える映画評論家になりたければ、ネットで罵倒しか芸のない映画評論ばかり書いているよりも、映画雑誌編集者になるために勉強したほうがいいに決まっているし、ゲーム評論のカリスマになりたければ、ブログに書くよりも「ファミ通」の編集部に入るために努力したほうが手っ取り早い。
 ネットを表現媒体にして、自分の夢を実現するためのプロセスにするというのは、実は、ものすごく非効率的なことなのだ。でも、「あまり罵倒されたり無視されることもなく、夢に向かっているような気分になれる」から、ネットを何かの手段にしようとする人たちは後を絶たない。実は、ゴムボートで太平洋を横断するようなものなのに。
 ぬるい環境で、そんなにたやすく何かが得られるわけがないじゃないか。「間口が広い」からといって「ゴールが近い」わけじゃない。真面目に考えれば、そんなことわかりそうなものなのにさ。
 「ネットでしかできないことをやりたい、またはやっている」という人以外にとっては、「ネットを足がかりにする」というのは、ものすごく遠回りなんですよ。
 みんな、わかっているくせにわかってないふりをしているだけなのかもしれないけど。

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