琥珀色の戯言

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容疑者Xの献身

容疑者Xの献身

容疑者Xの献身

第134回直木賞受賞作品。
本当に読みごたえのある物語だったなあ、という感じで、けっこう厚い本なのですけど、本を閉じることができずに結局一晩で最後まで読み終えてしまいました。湯川と石神という2人の「天才」が、ひとつの事件の「出題者」と「解答者」として対決するわけなのですが、この2人の間には憎しみというよりは敬意と同じステージにいる稀有の人間としての共感があって、それがまたこの物語の悲劇性を増しているような気がします。その問題を解いたら、自分が敬愛している人を傷つけてしまうことがわかりきっているのに、解いてみせずにいられない。
僕はあんまりミステリは読まないのですが、最近読んだ小説のなかでも、最も時間を忘れて読めた本の一冊でした。途中何度か「ええっ?」と驚かされるような展開もあるし。
しかし、ミステリっていうのは内容が書けないのが辛いな。

というわけで、以下はこの作品で引っかかったところも含めて、ネタバレ感想を書きます。未読の人は読まないでください。でも、悪口もあるけど、本当に面白い小説ですよ!

ただね、僕はあの渡辺淳一の「人間が描けてない」には「またかよ!」と思ったのだけれど、この「容疑者Xの献身」に関しては、読み終えたあとも、石神の「動機」について「しかし、そんなことでここまでのことをするかね?」という気分が抜け切れなかったのは事実なんですよね。いや、そういうことだってあるかもしれない、というか、絶望の淵から自分を救ってくれたと彼は思ったから、という設定になってはいるんだろうけど、でも「それだけのことかよ!」と正直感じたんですよね。いや、それだったらむしろ、靖子たちに自首を勧めたほうがよっぽど良かったんじゃないか、とも思うし、あの状況であれば、過剰防衛で執行猶予にだってなるのではないかな、とかね。この小説のキーポイントというのは、「人はどこまで他人のために献身的になれるか?」であって、読者が先入観にとらわれてしまうのは、「まさか、いくら好きでも、他人のためにここまでのことはしないだろう」と思うからこそ、例の「死体のトリック」に唖然とさせられてしまうのですよね。だって、それをやることによって、石神の「罪」は、圧倒的に重くなってしまうわけだし、ネタバレコーナーだから書いてしまいますが、「他人の殺人を隠蔽するという目的のためだけに、無関係な人間を殺すことができるのか?」と考えたときに、それができてしまうほどの「動機」は、この小説からは伝わってこない気がするんですよ。むしろ、石神が完璧なストーカーだったら「説得力」があったのではないか、とか。そういう意味では、僕にとっては、「娯楽小説としては最上級だけど、確かに『人間は描ききれていない』」ような気もするのです。「読み手として理解できる動機」としてはあまりにも不十分だし、だからといって、快楽殺人者や知恵の勝負を挑んでいるわけでもない、という中途半端な感じがあるのですよ石神の第2の殺人には。「そこまでのことができるのか…」と素直に感動するというよりは、「そこまでのことはやらないだろ…」という疑問しかわいてこないのです。
そして、湯川というキャラクターの動きもよくわからない。彼はさまざまな方法でプレッシャーをかけていきますが、結局は思いついたことをあれこれ言っているだけだし、どう考えても靖子に「石神の献身」を話しに行くのは余計なお世話でしかないと思います。いや、どちらにしても罪の意識っていうのはあったんだろうけど、それで関係ない人が関係ない人を殺しちゃったりされたら、それはもう「献身」どころの騒ぎじゃないし、「それほどの愛情」なんて言われても発狂しますよそんなの。おまけに、この物語を完結させたのは、彼の「推理」ではなくて、美里の自殺未遂という「感情的な行動の影響」だったのだから、彼が何も言わなかったとしても、結論は同じだったわけです。「友達として」って、なんて役立たずな友達なんだ、と。それに、湯川の推理って、なんとなくプロセスがすっ飛ばされているというか、なんで突然そんなこと思いつくのかいまひとつよくわかんないんですよね。古畑任三郎的というか…
あと、トリックについては、「遺体を6つに分割して海に沈めた」とか言うけれど、解剖学の知識もない人間が(あっても難しいと思うけど)、そんな簡単に「6つに分割」なんてできるわけないし、それを自分で車の運転もせずに捨てにいくのは至難の業だと思われ。
そして、このラストって、もうちょっと上手く書けなかったのかなあ。なんかこう、「えっ?これで終わり?」って思ってしまいました。まあ、こういう素っ気無さが東野圭吾的なのかもしれないけれど。

でもまあ、これだけいろいろ言いたくなるくらい面白い小説だし、直木賞取れてよかったなあ、と思います。これぞまさに東野さんの「シンプルな純愛」の話なのでしょうね、きっと。
参考:http://www.enpitu.ne.jp/usr6/bin/day?id=60769&pg=20060121

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