- 作者: 村上信夫
- 出版社/メーカー: 日本経済新聞社
- 発売日: 2004/07
- メディア: 文庫
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帝国ホテルの名物料理長だった、村上信夫さんの一代記。僕はこういう「専門職モノ」が大好きなので、村上さんのバイタリティに圧倒されつつ楽しく読むことができました。その一方で、料理の世界でも「実力」だけではなく、「周囲に愛されるキャラクター」とか「運」なんていうのもけっこう大事なのだなあ、と愛想無し、運無しの自分がノーフューチャー中年であることにあらためて悲しくなったりもしましたが。
村上さんの人生には、本当にドラマティックな出来事が目白押しなのですが、この本のなかでは、普通の「伝記」であれば読者を泣かせにくるようなエピソードでも素っ気なく書いてあることが多くて、かえってそれが印象的でした。村上さんは一兵卒として太平洋戦争に従軍され、シベリア抑留も経験されているのですが、出征されたときのことについては、このように書かれています。
入隊の前の日まで普通に働いた。最後の担当は宴会だった。午後十時、仕事を終え、掃除をして、酒はご法度の調理場で一升びんをみんなで三本空けた。それが送別会だった。コック修行に未練があったが、もう二度とコックをやることはないという感慨がわいてきた。「お国のために死のう」という気持ちも強かった。そのまま、夜汽車で連隊がある千葉県佐倉に発った。昭和17年(1942年)1月のことだ。
帝国ホテルから東京駅まで、13、4人がタクシー3台に分乗して送ってくれた。華麗な料理を繰り出す「宴会の栗田」こと2番シェフの栗田千代吉親方が、汽車が出る間際にフライパンと一尺二寸(約36センチ)の牛刀をくれた。リュックサックに押し込んで、発車のベルを聞いた。
帝国ホテルの調理場から出征したのは私を入れて13人。生きて帰ったのは3人だった。
抑えた筆致で、事実が淡々と述べられているだけなのですが、なんだか、とても心に残る場面でした。
あと、こんな豆知識も。
ちなみに、「バイキング」というネーミングは帝国ホテルの社内公募で決めた。当時、ホテルの近くの映画館でカーク・ダグラス主演の海賊映画「バイキング」が上演されていて、船上で食べ放題、飲み放題のシーンがあり、その豪快さが話題を呼んだ。それをヒントに、ボーイをしていた大井英治さんら3人が同じ名称で応募して当選した。そのころとしては破格の賞金も出た。
読むと元気が出る本だし、仕事や仕事仲間に対する接しかたなど、これから社会に出る、というような人には、とくにオススメしたいと思います。僕自身にとっては、正直、「だから僕はダメなのだなあ……」と思い知らされる本でもあるのですけど。