原作ファンとしては、やっぱり観ておかねばなるまい、と思っていた作品でもあり、昨日のレイトショーを観てきました。
でも、実際は直前まで『フラガール』とどっちを観ようかとさんざん悩んだ挙句、『フラガール』はもうちょっと上映されているだろうということでこっちを選んだのです。しかしながら、まだ公開されてから一週間も経っていないのに、館内は閑散としていてびっくり。うーん、やっぱり人気マンガとかと比べると知名度は落ちるし、プロモーションもいまひとつ力が入っていなかったし、出演している役者さんたちは知名度低いし(いちばん有名だったのは、嶋田久作さんと南果歩さんだったのではないでしょうか、うーん)、「どんな話?」って尋ねたら、「高校生が一晩中歩く話」なんて答えられたら、やっぱりそりゃあ食指が動かないのも致し方ないかな、と客観的には判断せざるをえないのですが。
しかしながら、観終わっての感想は、「予想よりはるかに良い映画だったなあ」というものでした。
というかですね、この「夜のピクニック」は、小説のときもそうだったのですけど、人が死んだり、大事件が起こったり、過激なラブシーンがあったりとか全然しない作品なんですよ。珍しい職業の人も出てこないし、特別な趣味についての薀蓄も語られません。本当に頑なにそういう「客寄せ的要素」を排しているのです。そして、そういう映画というのは、現在の映画界においては、ワシントン条約で守らなければならないくらいに貴重なのではないかと思います。そうしないと「わかりやすい勧善懲悪モノ」とか「過激なセックス描写があるもの」「サイコ系殺人モノ」みたいなものばかりになってしまうのではないかと。
そして、この「夜のピクニック」の最大の難点というのは、「あまりに大規模に公開しすぎた」という点にありそうです。当然制作費はかかっていたのでしょうが、ミニシアターでひっそりと公開されていたら「隠れた名作青春映画」として、評判になったかもしれないのに。
正直、この作品に関しては、気になることろもたくさんありました。
80キロも歩くというのは、いくら若い高校生でも最後のほうはズタボロになっているのが当然だと思われるのに、意外とみんな最後まで元気そうに見えることや原作でも違和感ありまくりだった杏奈の弟、順弥。本の中でも「こんな演劇のセリフみたいなこと言う高校生いない!」という感じだったのですが、映像化されるとさらに台詞の違和感が際立つ忍。映画『電車男』の失敗に学んでいないのか…と情けなくなってくるような作品の世界観をぶちこわすつまらないギャグの挿入。いくら友達でも、いきなりそんなこと話さないだろ、と引いてしまう杏奈の母親。そもそも、僕の感覚であれば、ああいう関係の2人というのは、「仲良くなりたい」なんていう気持ちにならないと思うんですよね。それこそ「もうすぐ卒業なのだから、このままスルーしてしまおう」というのがスタンダードなのではないかと。だって、仲良くなることに、何か「展望」があるのかといえば、「禁断の兄弟愛」になってしまいそうだし。
それでもね、僕はやっぱり、この映画、けっこう好きだったんですよね。大勢の生徒が、「ただ歩くこと」に身を任せている姿は、なんだかとても綺麗だなあ、って。いや、僕はマラソン大会が近づくと、なんとか風邪をひこうと水風呂に入ってクーラーをガンガンかけていたような人間なので、実際にこんなイベントに参加させられたら、「青春」どころか「生命の危機」しか実感できないと思うのですが、それでも、この映画でひたすら歩いている高校生たちを観ていると、なんだか「もっと青春すればよかった!」という気分になってくるんですよね。そして、この映画を観るっていうのは、全寮制男子校で勉強と読書と(こっそりと)テレビゲームに明け暮れていた僕にとっては、「自分に欠落していた青春のバーチャル体験」のような気がするのです。「本物の青春はなかったけど、『夜ピク』観たからまあいいや」みたいな。逆に、高校時代に本当に青春していた人たちにとっては、「淡々としていて何も起こらない」ことに耐えられない、あんまり意味のない映画なのではないかなあ。
ちなみに、僕がこの映画を観ようかどうか迷った理由のひとつに、主演の多部未華子さんに魅力を感じなかったことがありました。彼女が可愛くないとかそういうのではなくて、なんだか眼がキツくって、爬虫類系の顔というのは、単純に僕の好みじゃなかったんですよね。でも、この作品を観てみると、甲田貴子という役に、彼女は本当にピッタリ嵌っていたと思います。この映画の出演者のなかでは、数シーンしか出ていない加藤ローサさんの「華」がやたらと際立つなあ、と感じてしまったのも事実なのですけど。
そうそう、僕がいちばん印象に残ったのは、最後、目的を遂げ、ゴールした貴子が「涙を見せなかった」ことでした。あそこは当然「泣く」シーンだと思いながら観ていたのですが、それをあえてやらなかったところに、なんだかこの映画のポリシーが集約されているような気がしたのです。
誰でも映画を観ている間は18歳に戻れます ―恩田陸―
たぶん、この映画の中にあるのは、「僕が18歳だった頃」ではなくて、「僕がこうありたいと憧れていて果たせなかった18歳」なのです。
友情、恋、迷い、そして、希望と不安。
DVDで観ても世界に入り込みにくい作品だと思うので、原作ファンは、ぜひ劇場で観てもらいたいと思います。笑えませんし、泣けませんけど、なんだか、心の隙間がちょっとだけ埋まったような気がしてくる作品です。
- 作者: 恩田陸
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