琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

「携帯小説」の現在

http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY200702100253.html

 携帯の画面に表示できるのは100字程度。そのため、携帯小説は一文が短くて情景描写も少なく、多くが会話と独白で構成されているのが特徴だ。
 プロの作家でも1万部を超えるのが難しい時代に、いとも簡単に数十万部を売り上げる携帯小説は、出版業界に衝撃を与えている。主人公の恋人が死ぬことが多いなどストーリーがワンパターンで、表現も稚拙だとして、「小説ではない」と批判する人もいる。
 「恋空」などを出したスターツ出版の山下勝也取締役は「一世一代の自伝的小説が、普段本をあまり読まない中学、高校生の心に刺さったのだろうが、作家の創作力という面ではまだまだかもしれない」と話す。

 僕もこの記事を読んで、『魔法のiらんどhttp://ip.tosp.co.jp/Portal/c.asp?i=BOK00MIL99)』という「ケータイ小説」の人気サイトで少しだけ読んでみたのですが、正直「これでランキング1位なのか……」と驚いてしまいました。これは「小説」というより「独白」かシナリオの「地の文」じゃないのだろうか。でも、↑のasahi.comの記事にあるように、ものすごく売れている作品もあるみたいなんですよね。ただ、書き手の多くは「小説家志望」ではなく、自分の体験を書き連ねているようなので、「作家としての応用力」には乏しいかもしれません。「自分が体験したことしか書けない」可能性は高そうです。
 こんなレベルの低い「小説」が流行るなんて!とクラシカルな「本好き」としては暗澹たる気持ちではあるのですが、反面、「活字離れ」が叫ばれている中高生が、電車の中でゲームやメールをするのではなく、こういう「ケータイ小説」を読んでいるというのは、明るい材料だと言えなくもないですよね。僕がこのasahi.comの記事を読んで考えたのは、いままでの「小説」というものの「閉鎖性」だったのです。「本好き、活字好き」が、「本好き、活字好き」の人に向かって書いていたものが既存の「小説」の多くを占めており、そういう作品を「あまり活字が好きでない人々」が読まないことを責めるというのは、本来は筋違いなことなのかもしれません。運動音痴な僕が、いくら「体にいいから」とスポーツマンの友人に勧められても、いきなりテニススクールに通ったりはしないのと同じで。今までの「本」の業界というのは、「愛好家」たちのなかで書かれて買われて循環してきただけなのではないでしょうか。
 そして、「今まで本なんて読んだこともない」ような若者たちが書いた「携帯小説」というのは、たぶん、同じように「今まで本なんて読んだこともない」読者にとっては、すごく読みやすい作品なのでしょう。
 僕は世の中が「ケータイ小説」みたいなのばっかりになったら悶死してしまいそうですが。だって、携帯小説って読んでて体中がムズムズするんだよ……

http://d.hatena.ne.jp/lovelovedog/20070214/honkai
しかし、↑の「なぜ中高年は本を買わないのか」というエントリを読んでいると、携帯小説でも読んでいるだけマシなのかもしれません。ほんと、僕の周りの大人も実用書はともかく、「物語」を読んでない。結局のところ、「本」のマーケットって、ひとりで何冊も本を買いまくる「コアな読書家」向けのものすごくレベルの高い作品と、日頃活字を読まない若者向けの「携帯小説」に二極化していくような気がします。

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