琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

ひとり日和 ☆☆☆

ひとり日和

ひとり日和

 第136回芥川賞受賞作。
http://d.hatena.ne.jp/fujipon/20070211
↑に選評の抄録をまとめてみたのですが、僕にはなんでこの作品が「圧倒的多数」の選考委員に支持されて芥川賞に選ばれたのか正直理解できません。
 僕の感想にいちばん近いのは山田詠美さんの

「『ひとり日和』。大人の域に一歩踏み出す手前のエアポケットのような日々が淡々描かれ……いや淡々とし過ぎて、思わず縁側でお茶を飲みながら、そのまま寝てしまいそう……日常に疲れた殿方にお勧め。私には、いささか退屈。」

 という選評でした。この小説、「どうでもいい人物のどうでもいい生活っぷりをさらりと描いた作品」だと思うのですが、これって「川端康成的な日本の伝統的私小説」の系譜に連なるもののようにも思えます。なんのかんの言っても最後まで読めたのでそんなにつまらない作品ではなのでしょうが、これが芥川賞受賞作でなければ、僕は途中で投げ出していたかもしれません。
 ただ、この小説には、確かに優れたところもあるのですよね。ひとつはさっき書いたことと逆の内容にはなりますが、この作品は、安易に人が死んだり、大きな事件に巻き込まれたりするのではなく、淡々と「どこにでもいる普通の若者の心情」を丁寧に描いているということ。そして、もうひとつは、この作品はひとつの段落が非常に短い、ということです。とくに後者はこの作品の大きなポイントで、「もう退屈だな、読むのやめようかな」という気分になってきたときに一つの段落が終わるようになっていて。「つまんないけど、とりあえず次の段落までは読んでみようかな、芥川賞だし」というのを繰り返しているうちに読み終わるんですよね。辛いマラソンをやっているときに、「とりあえず次の電柱のところまでがんばろう」とか思うじゃないですか、そんな感じです。もしこの作品が同じ内容で、もっと一つの段落が長かったら、絶対退屈で投げ出していたような気がしてなりません。そういう意味では、まさに「ケータイ小説的」なんですよねこの小説って。この作品を読んで、なんとなく、これからの小説は、どんどんひとつの段落が短くなって、次々に場面が切り替わるようなものが増えていくのではないかな、と思えてきました。

 僕自身は、この物語の終わりのところが特に大嫌いなんですよね。小説としての出来不出来というよりは、主人公の考え方に全く共感できないというか、結局この女は、どんどん捨て鉢になって、他人のことを思いやれない人間になっていっているだけじゃないか、という脱力感。人間ってそんなものじゃないか、と言われればそれまでなんですけど、僕は正直、そういう作品をわざわざ時間をつかって読む意味を感じません。まあ、そんなふうにムカついてしまったのは、この物語の世界に取り込まれてしまっているということでもあるので、☆3つにしました。

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